02.戦いを終わらせる者2
「…………」
私は、アルヴィンを見つめた。
この男なら南部を平定することが出来る。王太子殿下はその功績を持って凱旋。そして王太子殿下の暗殺の件で王妃を糾弾する。
そうなれば、王も王妃を庇いきれない。
彼を盤上に乗せることが出来れば、戦いが終わる。
「なんだ?リーディア」
視線に気付いたアルヴィンが優しく問いかけてきた。
私が胸の内でどんなに邪なことを考えているか知らず、彼は私に笑いかけた。
今、私はゴーランを関係のない戦いに引きずり込もうとしている。
アルヴィンは領主として、ゴーランの益にならないことはしない。
そのアルヴィンが多少の犠牲と多額の金を払っても、乗り出す『益』を用意しなければならない。
考えろ、考えろ、考えろ。
今この瞬間に、私の、フィリップ様の、南部の、セントラルの騎士団の、そして我が国の運命が掛かっている。
「……アルヴィン、あなたが今動かせる軍隊はどれくらいですか?」
私の問いにアルヴィンは答えた。
「今すぐなら、騎馬兵二千、歩兵八千で一万。それと傭兵を三千というところだな」
冒険者は金次第で傭兵業もやる。
「一万三千……」
この回答にフィリップ様が呻いた。
通常なら、南部平定に動員される兵力は五千だ。
王太子軍として多めに動員されても六千程度。
ゴーランは領主の一声で倍以上の兵が動く。
「だが、リーディア、南部平定にはそんなに兵はいらんだろう。五千もいれば十分だ」
アルヴィンは確信を持ってそう言った。
やはり、アルヴィンには南部を救う策がある。
私は内心の歓喜を抑えて、慎重に尋ねた。
「……あなたならどうします?」
「どうと言われてもな、王太子殿下がどうしたいかでやるべき仕事が変わる」
この答えにフィリップ様が戸惑った様子で目を見張る。
「私か?」
アルヴィンはフィリップ様をその青い瞳を向ける。
「そうです、殿下、あなたがどうなさりたいかにつきます。南部から隣国の兵を追い出したいのか、厄介な隣国を滅ぼしたいのか……」
フィリップ様は首を横に振る。
「かの国を滅ぼしたいとは思わない。疲弊した南部に加えて、賠償金で困窮するのが分かりきっている国はいらない。私はただ、南部に平和が欲しい。可能ならば私の治世の間、南部には平和であって欲しい」
アルヴィンは満足げに微笑む。
「賢明な判断ですな」
逆にフィリップ様は苦笑する。
「難しいことは理解しているよ」
「そうですか? あの弱軍相手に負ける方が難しいと思いますが。勝つのは簡単です」
アルヴィンの強気の発言にサーマスが面食らう。
「簡単て……どういうことです?」
「南部では今、長く紛争が続いている。向こうだって兵力は有限で、さらに疲れ切っている。既に投入出来る軍隊は存在しない。そこに五千の兵が突っ込めば、赤子の手をひねるくらい簡単に勝てる。そう見込んで王は中央軍を派兵した」
フィリップ様が同意する。
「その通りだ、伯爵」
「だが、その後が問題なのです。中央軍はいつでも隣国を完膚なきまでに叩き潰したりはしない。国境まで押し返し、そこで進軍を止める」
聞いていた私は唇をかんだ。
隣国は我が国に毎回負けているが、大敗したことはない。
「隣国の国王は、我が国に勝てるかも知れないという希望を煽っている。実際にはただの幻想に過ぎないが、盲信している者達がいる。同時に、そうではない者もいる。例えば、王太子だ。彼は疲弊した国を憂い、和平への道を開こうとしている。ただ残念ながら、金と力が足りない」
ゴーランの諜報部は優秀だな。
アルヴィンは的確に情勢を掴んでいる。
アルヴィンの言葉に、フィリップ様は目を輝かせた。
「彼と話し合えれば、事態は変わる?」
「そういうことです」
「ではそうすれば、ううん、そうしよう。私が隣国に使者を出し話してみよう」
フィリップ様がそう宣言し、サーマスも同意する。
「そうですね、騎士団長に相談して……」
だが、私はこれを即座に否定した。
「無理なのです、殿下」
「無理ってどういう意味だろう? リーディア」
フィリップ様は自制的な少年だが、珍しく不満げな表情を隠そうとしない。
「やれるならとっくにそうしているということです。この戦争を終わらせたくない者が中央にいる。前回も、前々回もそうでした。勝利を目前して、いきなり撤収命令が出る」
私の言葉をアルヴィンが継ぐ。
「リーディアの言う通りです。王妃派、反王妃派に関わりなく、ここのところの総大将は勝ちすぎることがない」
「今は私が総大将だ。私が最後まで隣国と話し合う」
フィリップ様はキッパリと断言した。
「ですか……」
私は反論しかけ、そして沈黙した。
年若い少年に告げるにはあまりにも残酷な言葉だったからだ。
アルヴィンは私が飲み込んだ言葉を、無情にフィリップ様に投げかける。
「ですが、その軍は一枚岩ではない。現にあなたは殺されかけた」
フィリップ様では軍の統制は取れない。
騎士団長でも無理だったのだ。
「……そうだった」
フィリップ様はそう呟くと、まるで泣くのを堪えるように唇を引き結んだ。
「じゃあ一体どうしろって言うんだ、リーディア。何も出来ないってことか?」
サーマスがたまりかねたように叫んだ。
「そうではない。策はある。信用ならない中央軍ではなく、ゴーラン騎士団が王太子軍の中核となる」
これが、私の計画だ。
アルヴィンは私の計画などとっくにお見通しだ。
彼は子供をたしなめるような口調で言った。
「リーディア、ゴーラン騎士団はこのゴーランと隣国の国境を守る軍だ。関係のない場所に地方軍が従軍することを王は禁じている」
アルヴィンの言うのは間違いではないが、あくまでも原則。
裏道があるのは、アルヴィンも知っている。
「王太子殿下が御名の下に命令を発し、ゴーラン軍を一時的に徴集すれば可能です」
フィリップ様はただの第一王子ではない。次の国王に約束されている特別な王子、王太子だ。
南部平定の全権を担った総大将フィリップ王太子は王の代理として南部平定に必要なすべての命令を発することが出来る。
問題は。
「我が領に益のない戦いなど出来ないよ」
アルヴィンはそう断言した。
サーマスが不服そうに反論する。
「伯爵閣下とあろうお方の発言とは思えない。殿下のご下命を断るおつもりか?」
「卿、先程申し上げたように、我が騎士団はこのゴーランを守るためにある。現在我が騎士団は南部からの流民に対処するため四苦八苦している。まことに残念だが、この地の安寧を守るために、余分な兵力は割けないのです」
アルヴィンはまったく残念そうでない口ぶりで言った。
「アルヴィン、ダンジョン経営というのは随分儲かるようですね」
突然関係のないことを言い出した私にアルヴィンはいぶかしげな視線を投げる。
「……あれはあれで危険と隣り合わせ。苦労が多いものだぞ」
アルヴィンは少し面白がっているようだ。
からかうように私に言った。
「ですが、このゴーランは随分栄えているじゃないですか。ダンジョン産の稀少な鉱石や魔物から取れる素材。それらを狩る冒険者達、冒険者を支える武器屋や防具を作る者達。そして彼らが住む町……。多くの人々がダンジョンで生計を立てている」
ダンジョン経営は主要産業になり得るのだ。
「条件に合うダンジョンは少ない。これ以上は頭打ちだ」
それも事実だ。
ダンジョンが多くなりすぎると今度は土地が荒れるため、必要のないダンジョンはダンジョンコアを抜き破壊する。
アルヴィンは領を第一に考えている。必要以上の危険は犯さない。
低リスクで大儲け。
私が彼の興味を引けるとしたら、この一点なのだ。
「アルヴィン、もし、南部のダンジョンをあちらの領と共同で経営するとしたら、どうです?」
アルヴィンが身を乗り出す。
「ほう――」






