【閑話】オレンジピールチョコレート
ゴーラン騎士レファ・ローリエに捕らえられた山賊達はその後、軽犯罪を犯した者達が収容される作業場に移送され、刑に服することになった。
場所はダンジョン近くにあるゴーラン領直轄の果樹園である。
果樹園では様々な果物を作っているが、男達の担当はオレンジになった。
そこでの生活は男達が驚くほど快適だった。
三食の食事に、朝食後から適時に休憩を挟み日が落ちるまでと労働条件もしっかり守られている。
個室ではないが、一人に一つずつのベッドが割り当てられている。
簡素なものだが、しばらく野宿で過ごしていた男達にとっては天国のような寝心地だ。
当然看守はいるが、こちらに威張り散らすようなこともない。
あの時の女が言った通り、山賊より余程良い暮らしだった。
男達はこの国の南部の出である。
南部で始まった徴兵を逃れるためにゴーランに流れ着いたのだ。
南部は国境を接する国と戦いが続いており、兵力が足りない。
南方辺境伯はついに領内の一般市民達からも徴兵することになった。
それまでも南部では数年の徴兵が義務付けられていたが、今度はその務めを終えた者も対象だ。
領内で年寄りから少年まで、片っ端から集められている。
男手を取られた村や町がますます疲弊することは、辺境伯も十分に理解していた。苦渋の決断である。
それが南部のためなら仕方ないと思える。
だが、徴兵されてもろくな装備もなく、すぐに前線に向かわされる。死に行くようなものだと分かりきっていたので、男達は逃げたのだ。
家族もこれしかないと送り出してくれたが、残された彼らがどうなっているのか、男達には知る術もない。
服役中ではあるが、働くと給料が支払われる。子供の小遣い程度の金だが、それで施設内にある売店で買い物をするのが多くの収容者の娯楽だった。
だが男達はそれをほとんど使わず貯めている。
いずれ服役が終わり、家族と会える日のために。
男達が働き出して一月が経った頃、妙なことが起こった。
受刑者も看守も、何だか果樹園中が揃ってそわそわと落ち着かない。
「今日はリーディアさんが来るらしい」
「今日は何かな?」
まるで祭りの時の子供のように彼らはワクワクしている。
男の一人は『リーディア』という名に聞き覚えがあった。
金色の髪で空のように薄い青色の瞳をしたあの女の名だ。
肝の据わった女性で、レファとかいう若い滅法綺麗な顔した旦那を尻に敷いていた……と思ったが、レファは女性だそうだ。
一体彼らはどういう関係なのか?
二度と彼らと会うことはないだろうし、真相は闇の中だなと男は思う。
果樹園の入り口のベルが鳴り、看守が応対に出る。
「おお、リーディアさん」
たまたま入り口付近で作業していた男は、彼らの会話を聞くともなしに聞いた。
いや、『リーディアさん』とは一体何者なのかと自分から聞き耳を立てた。
「お勤めご苦労様です。慰問品です。どうぞお受け取り下さい」
声はあの時の女に似ていた。
女性にしては少し低めで、何より落ち着いている。
覗き込んでみたが、男からはリーディアの姿はどう頑張っても見えなかった。
「こりゃ、ご丁寧に。いつもありがとうございます」
リーディアは看守に何かの箱を渡すと、
「では失礼します。看守さんもお体に気を付けて」
すぐにさっさと帰って行く。
箱の中身は夕食の時に分かった。
いつもの食事に小さな小皿が付いた。
砂糖漬けしたオレンジの皮だ。端っこにちんまりと黒い塊が付いていた。
男達は訳が分からなかったが、他の連中は「今日はオレンジピールのチョコレート掛けか」と喜んでいる。
オレンジは自分達で作っているから、分かる。
だが、この黒いのは何だろう?
男達が不思議そうな顔をしていたのに気付いたのだろう。
看守が教えてくれた。
「慰問品だよ。旨いぞ。食べてみなさい」
勧められて男達はおそるおそる口にする。
それはとても美味しかった。
砂糖は甘く、オレンジの酸味は爽やかで、それからチョコレートと呼ばれた黒いのは初めて食べたが、とても不思議な食べ物だった。
今まで食べたものに当てはめることが出来ない。甘くて旨い謎のなにかだ。
「一月に一度、慰問の品を差し入れしてくれる人がいるんだ。自分達がどんなものを作っているのか、分かった方が励みになるだろうと言ってね。お前達は旨いオレンジを作っているだろう?」
「ああ……」
男は頷いた。
南部でもオレンジの果樹園はある。
だがそこで作るオレンジは、大事な収入なので、南部の人間は口に出来ない。中央に売られていくだけだ。
果樹園に連れてこられ、男は初めてオレンジを食べた。
「彼女はこの仕事をね、大地から恵みを頂く、立派な仕事だと言ってくれるよ」
看守は誇らしげに言った。
「この黒いのは?」
「別の作業場で作っているチョコレートというものだ」
「そんな作業場があるのか……」
「色んな作業場があるのさ。罪を償ったら、ここで覚えたことを生かして働いてみるといい」
「働けるのか? ここで」
「もちろんだ。ここの隣は刑期が明けた者達の作業場だし、まったく違う別の作業場を斡旋することも出来る」
「随分、好待遇だな。俺達みたいな犯罪者も雇ってくれるなんて」
男が言うと、看守はきょとんとする。
「ここはダンジョンに近いからなぁ。絶対に安心という訳じゃない。それに少しでも腕に覚えがある奴らはダンジョンに潜りに行く冒険者になっちまう。こういう地味な仕事はあまり人気がないんだよ」
「そうなのか」
南部にダンジョンはない。
知らない話ばかりだ。
「冒険者は儲けは良いが、不安定な職業だからな。長く働きたいなら、こういう仕事もいいぞ」
と誘いを掛けられた。
「そうだな。時々、旨いものも食べられるし」
『リーディアさん』はどこの誰なのだろう。
指に付いた砂糖を舐めとりながら、男は思った。行儀は悪いが甘い物は貴重なのだ。
どこかで料理屋でも営んでいるのだろうか?
あの時食べた食事も旨かった。
いつか、また彼女の作った料理が食べたい。
出来れば家族にも食わせてやりたい。
出来ることから少しずつ、やっていこうと男は思った。
まずは真面目に働いて、刑期を無事に終えよう。
旨いオレンジを作れば、きっとリーディアは喜ぶだろう。
男達は家族を置いて逃げ出した。それは生き延びるためなのに、生きる意味を忘れ、生きているだけの山賊になった。
あのままなら、落ちるところまで落ちて人を殺めてしまったかも知れない。
最低の『化け物』に成り果てるところだった。
レファはそんな自分達を救ってくれた。
男は少し晴れ晴れした気分で、あの時、男達にきのこ入りのスープを配りながら、リーディアが言った言葉を思い出した。
「人はな、腹が減るとろくなコトを考えない。だからまず食え!」






