03.ダンジョンに行ってみよう1
アルヴィンから近くにダンジョンがあると聞いて私は行ってみたくなった。
アルヴィンは「一緒に行く」とほざいていたが、多忙なアルヴィンに暇が出来るのはいつのことか。
そんなものを悠長に待つつもりはなかった。
アルヴィン自身が「それほど危険なダンジョンではない」と言っていたのだ。
衰えたとはいえ、私は元騎士。何とかなるだろう。
そう考えた私は一人でダンジョンに行くことにした。
場所はここから半日ほどに離れた山の中で、ダンジョンの中を探索することを考えると日帰りでは難しい。
後を託す人間や妖精にダンジョン行きを伝えると、
「リーディアさん、僕も行きたい」
とノアが同行を申し出て来た。
キャシーが「あら、良かったわね、行ってらっしゃい」と気軽に許したので、私はノアと二人でそのダンションに行くことにした。
そうと決まれば、準備を整えなければならない。
***
フースの町の冒険者ギルドのスイングドアを私は少しばかり緊張しながら押し開いた。
同行するノアはこれ以上となく緊張した様子である。
彼もこういう場所に慣れておいた方が良いだろうと連れてきたのだ。
冒険者ギルドは騎士団の詰め所を目いっぱい柄を悪くしたような雰囲気だった。
一画に待合スペースがあり、依頼者なのか冒険者なのか私にはどちらとも区別のつかない男達がたむろしていた。
好奇に満ちた彼らの目が一斉に私とノアに注がれるが、女性騎士だった私は奇異な視線を向けられることに慣れている。かつては慣れ親しんだ空気だった
あまり気にせず受付に向かうと、受付嬢の方から声を掛けてきた。
「あっ、リーディアさん、どうなさったんですか?」
冒険者ギルドの受付嬢は月に二、三度カップルでスイーツを食べにやってくるうちの常連さんだ。
伴っている男が毎回違う、可愛い肉食系お嬢さんである。
「こんにちは、依頼をお願いしたくてね。きのこダンジョンの道案内をしてくれる人物を探している」
そのダンジョン、通称きのこダンジョンは、山の中にあり、地元の者以外は迷いやすい。そのため道案内を雇うつもりだった。
ダンジョン近くの村に行き、村人に手間賃を渡すと案内してくれるそうだが、一帯を取り仕切る町の冒険者ギルトはその斡旋も取り扱っている。
だが、受付嬢は眉をひそめて「うーん」と唸った。
「ちょっと難しいかもしれません」
と彼女は言った。
「難しい?」
「ええ、今は農繁期なので、どの村も本業で手一杯で道案内は受け付けてくれないかもです。そういうばあいー、該当ダンジョン踏破の経験がある冒険者を雇うのをおすすめしているんですが、あいにく今ギルドは人が出払ってまして……」
「そうなのか?」
「はい、最近ギルドに依頼が多いんです。登録の冒険者も増えてまして、新人研修で上の人も忙しくて」
「ああ、ゴーラン領は景気がいいから」
地方の冒険者ギルドでは人材斡旋業も兼務している。
冒険者のみならず、一般人も職が欲しかったらまず訪れるのが冒険者ギルドだ。
新人研修というのは、まず冒険者ギルドに入ったら受けさせられるもので、一通りの身体能力やその他の特技を試され、ランク付けののち、晴れて冒険者となる。
冒険者としては対象外でも、適性にあった職を斡旋してくれる。
きのこダンジョンは危険が少ない分、案内の手間賃もそれほど高額にはならない。冒険者からみればメリットが薄い依頼だ。
「そうか、ありがとう。じゃあ依頼は難しいな」
話を聞いて私は依頼を取りやめることにした。
魔素を辿れば、ダンジョンに行き着ける。道案内がなくとも何とかなるはずだ。
「ハイ、申し訳ないですー」
「いや、こちらこそお手間を取らせました。よろしければまた店にいらして下さい」
「はい、是非!」
と受付嬢との会話を和やかに終え、帰ろうとした私に声を掛けてくる者がいた。
「あの、ちょっとよろしいでしょうか」
振り返った先にいたのは、目の覚めるような美青年だった。
男はゴーラン騎士団の制服を着ていた。
王都では考えられないことだが、地方では騎士団と冒険者ギルドは密接な繋がりがある。
時には共闘して戦うこともあるらしい。
冒険者ギルド中の女性陣から嫉妬の視線を浴びつつ、私はその人物に返事する。
「何か?」
「きのこダンジョンの案内人をお捜しなのですか?」
声を聞いて気付いた。
この人、女性だ。
しかし彼女は女性には見えなかった。
元騎士で平均身長より少し大柄な私が見上げるほどである。
アルヴィンよりは低いが、デニスよりは背が高い。
並の男性より長身で、細身ながらも鍛え上げた筋肉の持ち主だった。珍しい赤い瞳と相まって野性味溢れる雰囲気である。
よく見ると栗色の髪を長く伸ばしている。
だが、それでも「長髪の美青年」にしか見えず、性別を表す記号としてはまったく役に立っていない。
声も余程注意深くないと気付けないくらい女性にしてはハスキーだ。
年齢は二十代半ばといったところだろうか。
「ああ、探しておりましたが、依頼は取りやめることにしました」
「あの、案内人として、私を雇って頂けませんか? 怪しい者ではありません。わたくし、ゴーラン騎士団の騎士で、レファ・ローリエと申します。こう見えて女性です」
名乗られたので私も名乗りを返す。
「リーディアです、町外れで宿屋をしております。ですが、ローリエ卿、あなたのような立派な騎士を必要とする危険なダンジョンではないと聞きました。案内人なしで行ってみようと思います」
私が彼女の申し出を即座に断ったのは、ゴーラン騎士団の団長であるアルヴィンの手の者かもしれないという疑念からだった。
私とアルヴィンの仲は、我々が関係を表沙汰にしていないのもあり、人には知られていない。
だが騎士団はアルヴィンのお膝元だ。
彼と関係の深い私が危険な真似を仕出かす時は止めるように監視がついている可能性があった。
ちなみにゴーラン騎士団は副業を限定的に認めている。休みの日に冒険者として依頼を受ける分には問題はない。
レファは同性と分かっていても、見惚れるような魅力的な笑みを振りまいた。
キャーと遠くで黄色い悲鳴が上がる。
「レファで構いませんよ。あの辺りは今、少々物騒なのです。女性一人で行くのは危険です」
「レファさん、ご忠告はありがたいんですが、私も少々腕に覚えがあります。何とかなりますのでお気になさらず」
「依頼金のことを心配なさっているなら、無料でも構いません。お一人ならともかくお隣の少年も一緒に行かれるのでしょう。念のために同行させて下さい」
「…………」
ノアのことを言われると弱い。私は黙り込んだ。
私一人では何とでもなるが、有事の際にノアを庇って戦えるか自信がない。
そして、レファに対し少々疑問を持った。
彼女はアルヴィンの任を受けた者ではないかも知れない。もしアルヴィンの手の者なら、ここは引いて彼に報告すればいいだけだ。
それに。
と私はチラリと周囲を伺った。
彼女は隠密に動くには人目を引きすぎる。
彼女は別の目的で私達に同行したがっている。
それが私達自身なのか、きのこダンジョンかはまだ判断できないが……。
無言になった私にレファは食い下がる。
「私もちょうど魔豚を倒しにきのこダンジョンに行きたいと思っていた最中なのです。ついでですから、ご一緒しましょう」
正直どうやって断ろうとそればかり考えていた私だが、その一言で気が変わった。
「魔豚ですか?」
豚のような魔物、魔豚こそ、私のダンジョン行きの目的なのだ。
「はい。魔豚はとても美味しいので定期的に食べたくなるんです。魔豚退治なら幾度も経験しています。行きましょう」
結局、レファと共にダンジョンに行くことになった。
とはいえ世話になるのだから無給は気が引ける。
魔豚が見つかった場合は魔豚料理をご馳走することに、魔豚が見つからなかった場合は銀貨二枚と取り決めた。
きのこダンジョンはその名の通りきのこがたくさん採れるので、万一魔豚が見つからない時はその分きのこを持って帰る予定だ。
当日は宿屋を休みにするつもりだったのだが、キャシーとブラウニー達は店を開けるという。
「リーディアさんのいつもの食事という訳にはいかないから、その分料金を安くして泊まって貰うわ」
とキャシーはやる気で、
「魔豚ときのこを狩りに行くんだな」
とブラウニー達は分け前目当てで手伝う気満々だ。
限定メニューで宿を営業して貰うことにした。
ダンジョンには馬で向かう。
まだ子供のノアとは相乗りが出来るので私とノアは愛馬のオリビアに乗って町の入り口でレファを待つ。
レファは時間通りにやって来て、我々はすぐに出立した。






