10.肉団子の塩スープ煮と、魔獣肉とジャガイモの炒め物
「手伝ってくれるならありがたい。はいどうぞ」
私はラズロとジェームズにクッキーを手渡した。
「はい、シェインにも」
「あっ、ありがとうございます」
ラズロとジェームズは「旨い旨い」とあっという間にクッキーを平らげたが、シェインには少し大きかったようだ。
半分だけ食べて後は持っていた肩掛け鞄の中に入れた。
一方、クッキーを食べ終えたラズロとジェームズは、張り切って言った。
「さあ、何をしましょう? リーディア様」
「では厨房に案内してくれ」
「はい、こちらです」
騎士達は私を厨房に案内してくれた。
厨房はとても大きく、領主館の厨房にも匹敵するほどの広さがあった。
中央にはどどーんと円形の大きな暖炉が据えられている。
暖炉の上部は煙突につながっており、そこからは丈夫な鉄のフックが何本もぶら下がっていた。
このフックは鍋を吊るすもので、同時にいくつもの鍋を調理出来る。
暖炉から少し離れた場所には、巨大な調理台があり、端の方にはパン焼き用のかまども見える。
大小さまざまなサイズの鍋があって、フライパンがあって、包丁も揃っている。
手押しポンプを押すと、澄んだ水が勢いよく流れ出てくる。
「うん、アルヴィン達が来たら、お茶くらいは出せそうだな。ところで……」
私は調理台の上にある、白い塊と赤い塊を指さした。
「あれはなんだ?」
「あれはトルクの脂肪と肉です」
「トルク? トルクってさっき君達が戦っていた海の魔獣か?」
「はい。ここの明かりは全てトルクの脂肪を燃料にしてます」
「へー、そうなんだ」
私は感心した。
トルクは丸々とした体つきだ。四メートルの巨体からはさぞかしたくさん脂肪が取れるだろう。
「ここにあるってことは、この肉は食べられるのか?」
赤身のかたまり肉は腐敗防止に凍り漬けされていた。
ラズロはあっさり頷いた。
「はい、食べられますよ。焚き火で炙って食べました」
「……食べたんだ」
「このところの食事はずっと携帯食だったんで、新鮮な肉、食べたかったんです」
「硬くて獣臭いですけど、まあまあでした」
とジェームズが言った。
「ふうん、あの肉、私が使ってもいいのか?」
「はい、もちろんです。材料はいくらでもありますんでバンバン使ってください」
「じゃあ使わせてもらう」
許可が下りたので、私は巨大な肉のかたまりを前に考えた。
「うーん、何を作ろうかな。硬いっていうことは、そのまま焼いて食べるより少し調理した方がいいな」
季節は夏だが、夜になると少し冷える。
温かい食事がいいだろう。
「じゃあ、肉団子にしよう」と私は決めた。
「ジェームズ、この辺で、スベリヒユは見なかったか? イワダレソウでもいい」
どちらもよく見かける食べられる野草っていうか、雑草である。
だがジェームズは怪訝そうに首を傾げる。
「どっちも知らないので分かりません」
「パースレインというのは、このくらいのすべすべのちっこい葉っぱで、よくある感じの緑色をしている、分かるか?」
「いや全然」
私は一生懸命説明したが、いまいち伝わらない。
「リーディアさん! わしは分かりますぞ」
声を上げたのは、クロックだ。
「クロック」
振り返るとそこにクロックが立っていた。
「パースレインを探して来れば良いのですね」
「そうだ。ジェームズと一緒に行ってくれ」
「分かりました。探して来ますから、わしにもクッキー下さい」
と彼は小さな両手を私に差し出す。
屋敷妖精ブラウニーは甘い物が大好物なのだ。
クッキーを見て我慢が出来なくなったらしい。
「はいどうぞ」
と私はクロックにクッキーを手渡した。
ふと顔を上げると、ラズロもジェームズもぽかんとした表情でこちらを見ていた。
「あのー、リーディア様、誰と話してるんですか?」
おそるおそるといった具合に問いかけられる。
「ラズロ達にはクロックが見えないのか?」
逆に私から質問すると、ラズロもジェームズも頭を掻いた。
「なんかキラキラしているものはうっすら見えるんですが……」
「うん」
二人は困惑している。
「そうか、見えないなら、一緒に行ってもらうのは無理だな」
「あの、私がクロックと一緒に行きます」
とシェインが名乗りを上げた。
「シェインが?」
「私はクロックが見えますから」
と彼は意気込んだ。
確かにシェインはクロックが見えるから丁度いいが。
「うーん、危険じゃないか?」
「俺も一緒に行きますから大丈夫でしょう。旅籠の敷地外には出ないようにします」
とジェームズが言った。
「それじゃあ、頼む」
残ったラズロと私はトルク肉の調理だ。
「挽肉にするからこれで叩いてくれ、はい、肉切り包丁」
と私はラズロに包丁を二本、手渡す。
ラズロは包丁を見つめ、戸惑っている。
「あの、俺、やったことないんですが」
「刃物の使い方を分かっている人間には難しくないよ。適当に叩き切っていると挽肉になる。でも皆で食べるからたくさん挽かないといけない。手伝ってくれ」
「はい、もちろんです」
私が包丁で肉を細かく切り、その肉をラズロが両手に握る包丁で叩いてさらに細かくする。
そうこうしているうちにシェイン達が戻ってきた。
「リーディア様、これでいいですか?」
「おー、いいね。パースレインにイワダレソウ、タンポポもある。よく洗って湯がいてくれ」
「湯がく?」
「えーと、沸騰させたお湯で三分から五分くらいかな、煮るんだ。そうするとあくが抜ける」
湯がいた野草を水にさらして荒く刻み、挽肉と一緒に包丁で叩く。
野草と挽肉が混ざったら肉団子のタネが完成だ。
そのタネを丸めて沸騰したお湯に入れて煮る。
シンプルに味付けは塩のみ。それしかないから。
しばらく煮込むと肉団子のスープ煮が出来上がった。
早速皆で試食したが。
「あ、意外と」
「旨い」
トルクの肉は硬くて独特の臭みはあるものの、野草がにおい消しになったようで、「野趣あふれる」と言えなくもない味に仕上がっている。
「なんとか食べられそうだな」
私が安堵の息をつくと、ラズロ達が大きく頷いた。
「全然ありです。昨日の焼き肉に比べたら雲泥の差です」
「すげぇ、旨いです」
二人ともそう言ってモリモリ食べている。
まず一品出来上がったが、これだけでは寂しい。
「もう一品欲しいなぁ」
その時、ラズロが厨房の隅に置かれた籠を指さして言った。
「リーディア様、ここに食料があります。使ってください」
「えっ、いいのか?」
「はい、団長は明日ルツに戻る予定でした。交代要員と追加の物資が来るはずなんで、使っちゃってください」
「じゃあ、遠慮なく」
野菜入れの籠を覗き込むとジャガイモがあった。
ラッキーだ。
焼いてよし、揚げてよし、煮込んでよし。
ジャガイモは全てを解決する。
ちょっと変わった形をした陶器の器を開けると、バターが入っていた。
これはバターベルといってバターを常温で保管出来る入れ物だ。
「リーディア様、食材をお探しなら、これも使ってください」
そう言って、シェインは自分の腰に下げた皮袋を差し出して来た。
「これは?」
「ケフィールっていう北方で飲むヨーグルトです」
「ああ、聞いたことがある」
山羊皮で作った袋に牛乳や山羊乳とケフィール粒を入れて発酵させて作る。
携帯し攪拌することで発酵が均一に進み、美味しく出来るそうだ。
「これはシデデュラから伝わったものです。昔の両国には文化的な交流があって、仲が悪くなかったそうです」
シェインは寂しそうに呟いた。
「ありがとう、もらっておくよ」
先にジャガイモの炒め物を作ろう。
トルクの肉を厚めに切り、肉叩きで叩いて柔らかくする。そこに塩をすり込む。
総出で洗ったジャガイモは軽く茹でておく。
下ごしらえはこれで完了だ。
備蓄にあったバターだけでは大量のジャガイモを炒めるのに油が足りない。
私はラズロ達に聞いた。
「トルクの油は食用出来るか知っているか?」
動物の油の中には、比較的低い温度で固まる性質を持つものがある。こうした蝋のような成分が混じる油は、食用に適さない。
だが、「この油は大丈夫です」という返事だった。
大鍋にトルクの脂を入れ、トルク肉を炒める。トルク自体が脂肪が多い肉なので、最初に引く油は少しで良い。
次に茹でたジャガイモを入れ、さらにバターと塩、そしてシェイン達が摘んできてくれたローズマリーも加える。
裏庭にはハーブが植えられていたらしい。
肉とジャガイモに火が通ったらトルク肉とジャガイモ炒めの出来上がりだ。
味見をすると、トルクの匂いが前に出てしまっている。
栄養豊富な獣の肉にありがちな金臭さがする。健康に良さそうではあるが、苦手な人は多そうな味だ。
だが、ラズロ達は大いに感心してくれた。
「リーディア様、すげぇ、あのトルクの肉が旨い」
「うん、旨い」
ともかく精は付きそうな一品が出来上がった。







