18.はじめてのチーズフォンデュ1
冬編ラストはこの人の話。
数日の間、ひどい吹雪が続き、家に閉じ込められていたが、ようやく青空が顔を出した。
外に出てみると、辺りは一メートル以上の雪が積もっていた。
これは雪かきをしないといけない。
まずは家の周りや車道を開け、安全な通路を確保するところからだ。
幸い、家の裏手に住む家畜達に被害はない。
鶏小屋と馬小屋と牛小屋はブラウニーとノアに任せて、私は家の表側の雪かきを始めた。
我が家の前庭は馬車がゆうゆう入れる広さがある。
日当たりもいいため、雪が溶けやすい。この前庭の半分を雪置き場にする。
雪かきをしていると、ピョーンと変な音がして魔法かかし、ジャック・オー・ランタンがやってきた。
「大変だったね、皆無事かい?」
ジャック・オー・ランタンはカランと一度だけ頭を振る。
多分、『イエス』の合図だ。
我が家の畑や森に住む同居獣、変な生き物達にも被害はないようだ。
「そうか、そりゃ良かった」
さて、雪かきをしよう。
ジャック・オー・ランタンは私の手伝いをしに来たらしい。
かかしの体ではさすがにスコップは持てないが、荷車に雪を乗せるとそれをひいて雪捨て場に捨ててくれる。
「ありがとう、助かるよ」
一人と一匹でせっせと雪を運び、八割方片付いた時、ふと顔を上げると町の方から馬に乗った人物がこちらに近づいて来るのが見えた。
作業に夢中で気付くのが遅れた上、私達は雪かき作業で敷地内でも街道のすぐ近くにいた。
街道にも雪がたんまり積もっている。
雪をかき分けながら走るので、馬の速度は速くないが、今からではジャック・オー・ランタンを隠す時間がない。
マズいな。
「ジャック・オー・ランタン、動くな」
私が命令に従い、ジャック・オー・ランタンはピタリと動きを止めた。
だが、雪の中、畑でもない場所でかかしが立っている姿はすごく変だ。
目立たないように、私はジャック・オー・ランタンの前に立つ。
……雪の中、かかしを背に立っている女性もおかしいが、おそらく山の方に行く者だろう。通り過ぎるのは一瞬だ。
体で隠してやり過ごそう。
と思ったら、馬は我が家の門をくぐった。
馬上の男は私に呼びかけた。
「主人ではないか」
「あ、お客さん」
時折来る客の黒髪男だった。
「どうしたんだ?」
と彼は尋ねてきたが、それはこちらのセリフである。
こんな寒さの中、どうしてここに?
一応客相手なので、そうは言わず、私は彼に返事をした。
「雪かきですよ」
「雪崩は大丈夫だったか?」
「雪崩?」
「ああ、『砦』から近くで雪崩があったと鳥を使って知らせが来たんだ」
黒髪男とその愛馬は白い息を吐き出しながら、そう言った。
「雪崩があったんですか」
「……その様子ではここは無事なようだな」
「はい、大丈夫ですかね、雪崩」
「こちら側が無事なら、人家がない場所で起こったはずだ。それほどの人的被害はないだろう」
と黒髪男が言ったので、安心した。
「わざわざありがとうございます。お客さん、『砦』に行かれるんですか?」
と聞くと黒髪男は頭を横に振る。
「いいや、私が『砦』に行ってはデニスを行かせた意味がなくなるからな。この宿より先には行かない」
もうすぐ冬も終わりだ。
今のところ冬の流行病が発生する気配はないが、念のためというところだろう。
さりとて雪崩と聞いてデニス達が心配になってやってきたらしい。
多分、領都から。
用心深い上、部下思いな黒髪男である。
「それはそれは。中に入って茶でも飲んでいってください」
「泊めてはもらえないのか?」
「もちろんお泊まり頂けますよ。ですが家にある備蓄でやりくりしておりますので、新鮮な肉などはご用意出来ません」
町に行けば肉屋もあるし、時折猟師が立ち寄って捕らえた鳥獣を売ってくれる。
おかげで冬の最中でも案外保存肉以外のものを食べられるのだが、この雪ですっかり食べ切ってしまい、用意がないのだ。
「それで構わない」
と黒髪男は言った。
「だが、主人、雪かきの途中じゃなかったか? 手伝おう」
「いやぁ、お客さんに雪かきをさせるなんてとんでも……」
『ない』と言おうとして、私は雪に足を取られ、黒髪男の目の前で転びそうになる。
「うわっ」
「主人!」
すんでところで私の体を支えてくれたのは、後ろに立っていたジャック・オー・ランタンだった。
ハッとして黒髪男を振り返ると彼はバッチリ見ていたようだ。
唖然とした顔でジャック・オー・ランタンを指さした。
「それ、今、動いたな」
「気のせいじゃないですか?」
私は空とぼけようとしたのだが。
「気のせいってことはないだろう。よく見ると魔法の匂いがする。魔法生物か」
言い当てられたので、私はため息をついて白状した。
「おっしゃっる通りです。私が作った魔法かかしのジャック・オー・ランタンです」
「君が作ったのか?」
と驚かれた。
「はあ、ゴーレム作りは得意な方でして」
「召喚魔法はかなり高度な魔法と聞くが」
「私はあまり修得に苦労しなかったですね」
魔法は感覚が重要なので、不得意な魔法はいつまで経っても上達しないが、得意な魔法は割合簡単に唱えることが出来るのだ。
「君は器用だな」
と黒髪男は言い、
「はあ……」
私は頭を掻いた。
自分ではどちらかというと不器用な方だと思う。
「人には言わないから心配するな」
「ありがとうございます」
下手に人に知られると騒ぎになりそうだから、そうしてもらえるとありがたい。
黒髪男は周囲を見回した。
「地面の雪かきはあらかたすんだようだな。後は屋根の雪下ろしか。それは私がやろう」
「いや、お客さんにさせる仕事じゃありませんから」
私は固持したのだが、黒髪男は私の手からスコップを取り上げ、代わりに彼の馬の手綱を渡した。
「私がやった方が安全だ。はしごが欲しい、ジャック・オー・ランタン、案内してくれ」
ジャック・オー・ランタンは一瞬ためらった様子だが、ピョンと飛んではしごがある納屋の方角に向かう。黒髪男を案内する気らしい。
「お客さん」
私はあわてて後を追おうとしたが、黒髪男は笑って振り返る。
「馬を頼む。無理をさせたので疲れているんだ」
そう聞くと断れない。
「じゃあ行くか」
と傍らの黒馬に声を掛けると、馬は「ぶるる」と返事するように鳴いた。
私は黒馬を馬小屋に連れて行き、小屋にいた私の馬のオリビアは私を見て、待ちかねた様子で、「ぷるるっ」と鳴く。
毎日一回は世話していたものの、雪のせいでオリビアも馬小屋に閉じ込められ、外から出られずにいた。
外に出たいと催促している。
「それじゃあ、少し歩くといい」
オリビアは喜んで外に出て行こうとする。
すると黒髪男の馬も外に出たがった。
「休まなくてもいいのか?」
オリビアについて行く気満々なので、馬の自由にさせた。
オリビアはしばらく牧草地を歩き回った後、帰ってきて、「ヒヒヒン!《寒いんだけど》」と声を上げた。
「はいはい、お帰りなさい。お水をどうぞ」
二頭に消化に良いように少し温めた水と、おやつの人参をやり、体を冷やさないよう、二頭の背中に毛布をかける。
まず最初に黒馬の体についた泥や雪などの汚れを払ってやる。
その後、軽くブラッシングをした。
オリビアにも同じようにブラッシングしてやり、食欲がありそうなので、飼い葉を与えた。
黒髪男の馬は牡馬で、美人のオリビアが気になる様子だ。
一方オリビアは黒馬を警戒している。
独身を謳歌するオリビアは牡馬が嫌いなのだ。
あまり仲が良いという感じはしないが、黒馬に無理矢理オリビアに近づこうとする気配はないので、二頭だけにしても大丈夫だろう。
馬の世話で少々時間が経ってしまったので私はあわてて玄関に向かう。
「ああ、主人、終わったぞ」
ちょうど黒髪男が作業を終えて屋根からはしごを下りてくるところだった。
「どうもありがとうございます。お疲れ様です、助かりました」
屋根は積もっていた雪が下ろされ、綺麗になっていた。
「中に入っていてください」と言ったのだが、「次は納屋だな」と黒髪男ははしごとスコップを抱え納屋に向かって歩き出す。
「お客さん!」
「君は少年と雪の後始末をしてくれ。かかしは私が借りる」
家の裏側の片付けが終わり、駆けつけたノアに向かって黒髪男は顎をしゃくる。
「リーディアさん……」
ノアはいきなり現れた黒髪男に戸惑っている。
私も驚いているが。
「ここはご厚意に甘えさせてもらおう」
黒髪男は手際よく納屋の雪を下ろし、私とノアで落ちた雪を片付ける。
私一人では今日中に終わるか怪しい作業だが、おかげさまで日のあるうちに終えることが出来た。
作業を終え家に入ると、さすがの黒髪男も疲れたらしく、「ふう」と息を吐く。
「どうもありがとうございます。火に当たっていてください。今、お茶の準備をします」
私は彼に食堂の暖炉の側にある安楽椅子をすすめ、お茶を入れるためにキッチンに向かった。
作るのはカモミールミルクティー。
濃い目に入れたカモミールティーにホットミルクを注ぐ。
ストレートで飲むことが多いハーブティーだが、案外ミルクが合う。
ノアの分には蜂蜜を垂らし、黒髪男の分にはブランデーを入れる。
リラックス出来て温まるお茶だ。
「どうぞ」
「ああ、いい香りだ。ありがとう」
黒髪男は顔をほころばせてお茶を飲んだ。
なんと今日は『退役魔法騎士は辺境で宿屋を営業中』の発売日です!
皆様のおかげで書籍化出来ました。ありがとうございます。
冬編最終話は週明けになります。少々お待ち下さい。






