14.冬至の夜のお客様1
冬至は一年で一番昼が短い日だ。
太陽の光が一番弱る時だと考えられており、ゴーラン地方では冬至の日にかがり火を焚いて太陽の力を呼び戻し、冬の暗闇を追い払う冬至祭りというお祭りが行われる。
天まで届くような大きなかがり火を焚くことで、太陽を再生させ、悪霊や邪気を追い払うという。
こうした祭りは我が国のみならず、世界的に行われているので珍しいものではないが、ゴーランではどんな小さな村でも必ずこの祭りは執り行われる。
村とは呼べない小さな集落などでも人々は集まって夜通し火を焚く。
木こり達もこの日は山に入らないしきたりだ。
どうしてもという時は教会がくれる聖水やお守りを持って山に入るという。
何故なら太陽の力が弱まるこの日、悪霊や邪気などは力を増すと言い伝えられていて、闇属性の魔物達が跳梁するダンジョンを持つゴーランにとってそれは現実の脅威だった。
闇属性の魔物達は、闇が濃ければ濃いほど行動が活発化し、凶暴化する。
そのためゴーランでは冬至の日にダンジョンへの立ち入ることは厳重に禁じられていた。
フースの町でももちろんこの冬至祭りが行われる。
その際出される肉やパン、スープや酒などのご馳走はすべて町から提供されるそうだ。
つまり無料である。
冬は食べるものが少なくなる時期なので、この時に沢山食べて精をつけてもらおうという心遣いらしい。
町の役場の料理人も料理を作るが、それだけでは手が足りないので、町とその近辺の料理人が手分けして作る。
私にも声が掛かり、「さて何を作ろうか」と考えていたら、祭りの実行委員会の委員である貸本屋のジェリーに、相談を受けた。
「リーディアさん、出来たらアンタさんには菓子を作って欲しいんだよ」
「菓子ですか?」
「ああ、あんまり予算はないが、子供達が喜びそうなヤツを作ってくれんか」
「それでしたら……」
私はフルーツとナッツが入ったパンプディングを作ることにした。
一言で言うと具入りのプリンである。
パンとフルーツとナッツを入れることでかさ増しが出来るので満腹感があり、フルーツの甘みで砂糖の利用も抑えられるという一石二鳥のお菓子だ。
材料はパンとミルクと卵と砂糖の代わりに梨のシロップ、バター。フルーツはお好みで。今回はクルミとアーモンド、林檎のコンポート、レーズン、クランベリーにした。
角切りにしたパンをミルクに入れて浸しておく。
別のボウルに卵、梨のシロップ、バターとミルク。ナツメグ、クローブもほんの少し加えてよく混ぜる。
刻んだアーモンドとクルミ、レーズン、林檎のコンポート、クランベリー、ローズマリーをボウルに加え、混ぜる。ミルクに浸したパンを入れて、更に混ぜると生地が出来上がる。
材料を順番に混ぜていけばいいので、素人でも失敗せずに出来る菓子だ。
出来上がった生地はバターを塗ったオーブン用の皿に流し込み、四十分ほどオーブンで焼く。表面が固まり黄金色になると完成だ。
冬至祭りのご馳走にはすべてハーブとほんのちょっぴりのスパイスが入っている。
ハーブとスパイスは悪霊が苦手な食べ物でこれらの食べ物を食べると悪霊が近づいてこないという。
悪霊うんぬんは別にしても、日が短くなると人間の体の具合は悪くなりがちだ。
寒くなり空気が乾燥すると風邪など引きやすくなる。肌あれもするし、関節は痛むし、さらに冬の長い夜や寒さによって気分が落ち込みやすくなる。
スパイスやハーブはそれらの症状を改善する効果があるので、理にはかなっている。
スパイスがほんの少しなのは、スパイスのほとんどが外国からの輸入品で非常に高価だからだ。
飲み物にもスパイスが入っている。
祭りの一番人気はワインを温めハーブやスパイスや果物やジャムを入れたホットワインである。
当日は私とノア一家も祭りに参加した。
子供達のお目当ては、町のそばの溜め池の一つを凍らせて作るスケート場で、ノアとミレイは木こりの客達が作ってくれたスケート靴を履いて大はしゃぎだ。
スケート靴は滑りやすい皮や木の板を靴の底に貼り付けたもので、子供達はキャッキャッとはしゃいで氷の池を滑っている。
大人のお目当てはご馳走とダンス。
若者達が町の広場に作られたかがり火を囲んで輪になって踊っている。
ここでラブロマンスが生まれることもあるそうで、若者達の参加率は高い。
数少ない冬の娯楽なのだ。
祭りはかなり盛況で、パンプディングは子供だけでなく大人も喜んで食べてもらえた。
ジェリーはホッとした様子で、胸をなで下ろす。
「ああ、これなら『魔女様』も祭りに来てくれるじゃろう」
「魔女様?」
「おや、アンタさんは知らんかな? 賑やかに祭りをしていると何事かと『魔女様』がやってくることがある。彼らは妙薬を使って太陽の力を強めてくれる」
ゴーランではそう語り継がれているそうだ。
この場合の『魔女様』は私のような「ちょっと魔法が使える女性」ではなく、魔法使いの極。
魔法を極め、人の理から外れたいにしえの魔法使い達のことだ。
彼らは『元人間』と呼ぶべき者で、人というより精霊に近い存在だ。
いるかいないかっていうと、多分いないだろうと魔法研究所などでは結論付けられているが、辺境ではいまだに信じられている。
彼らは恐れられながらも親しまれ、頼りにされている。
この冬至祭りも彼女達魔女を呼び出すためのものらしい。
「…………」
私はちょっとばかり疑いの目でジェリーを見たのだろう。
「おや、その顔は信じてないな? だが『魔女様』が来たらすぐ分かるよ」
とジェリーは楽しそうに笑って言った。
「すぐ分かる?」
その時、かがり火からスパイスの匂いがした。
「――え?」
しかもこの香りはシナモンだ。
シナモンは甘いがピリリとどこか刺激的な風味がある。
そんな独特の香りを持つシナモンはスパイスの王とも呼ばれ、入れると味が全然違うので私もごくごく少量使うが、シナモンはとても高い。
具体的に言うと金と同じくらいというとてつもなく高いスパイスだが、癒やしの効果があり、邪気を払うと言われている。
さらにインスピレーションを高めるといわれ、魔女が好む香りだという……。
私は呆気にとられたが、周囲の人はあまり驚いていない。
わっと歓声が沸き、
「良かったなぁ」
「祭りは成功だ」
彼らは口々にそう言って喜んでいるが、驚いているのは私を含め新参者らしい数名だけ。
「ああ、『魔女様』がいらしたんだな」
ジェリーもごくごく普通のことのように言う。
「え、本当に来たんですか?」
私は思わず周囲を見回した。
「ああ、この香りが証拠だ。でも『魔女様』を探しちゃいかんよ。『魔女様』は騒がれるのが嫌いだからね」
とジェリーに止められた。
「はい」
確かに彼らはどんな姿にでもなれると言い伝えられている。
だから探しても無駄だが、しつこく探すと魔女はうんざりして二度とその町には来てくれなくなるそうだ。






