11.鹿肉のステーキサンドと木こり風ビーフシチュー
楡の木荘に冬が来た。
近隣の町フースの人々の話では、ここはあまり雪は降らない地域らしいが、山沿いの我が家は少々事情が違い、夜が明けると辺りは白銀に染まっているなんてことが一月に二度あった。
寒さは苦手な私だが、雪に覆われた一面の野原が白く輝く光景は目を奪われるほど美しい。
これから冬の間、この光景はよく見られるようになるのだろう。
嬉しい気もするが、寒い。
そんな私のこのところの日課は、朝食が終わり、少し日が昇った頃、屋根や樋に出来たつららを落とす作業だ。
このつららは雪が降った後はもちろん、雪が降らなくても出来る。
この辺りは山が近く湿度が高いので、夜間の寒さで水分が凝結し、屋根に水滴がつく。その水滴が夜の間に凍り、つららになるのだ。
太陽の光で少し柔らかくなったつららを長い柄の付いたアイスチッパーという道具を使ってはたき落とす。
放っておくとつららはどんどん大きくなり、落下して思わぬ事故が起きたり、窓を割ったり、重さで屋根が倒壊するなど、とんでもない被害をもたらすことがあるという。
そのため、毎日こまめにつららを落とす必要がある。
こういう作業も慣れていないと大変で、最初は上手くつららを落とせなかったが、何度かやるうちに手際よく出来るようになった。
そして私の担当するのは家の表側だけだ。
家の裏側では魔法かかしのジャック・オー・ランタンと仲間のよく分からない生き物達が、尻尾や前脚を使って楽しそうにつららを落として遊んでいる。
彼らの見かけと仕草は犬や猫、狐やテンやフィッチといった森や林で見かける生き物に似ているが、ジャンプ力が段違いだ。
八メートル近い屋根の高さまで飛び上がり、つららを器用にはたき落としていく。
この時間は宿屋の客は退室して誰もいないので、彼らもこうして家の近くでくつろいでいる。
よく分からない生き物達は、群れからはぐれた魔獣やまだ力の弱い精霊が主なのだが、総じて好戦的といわれる魔獣にも個体差があるらしく、ここでは皆、仲良く暮らしている。
彼らは森や畑で暮らしているため、私も正確なところを把握してないが、近隣で放牧されている牛や豚や羊が襲われたという話が聞かないので、我が家のルールである「妖精や家畜は襲わない」は守って暮らしているようだ。
***
隣国に続く我が家の目の前の街道は霜や凍結で滑りやすくなっており、こうなると少しの傾斜も危ないので、道を行き交う馬車はめっきりと減った。
では道に全く人や馬車がなくなったかいうと、そうではない。
薬や食料などの生活に必須の品物は冬でもこの道を通り、運ばれていく。
背中にたくさんの荷を背負って山越えする者や馬の蹄にスパイク付きの蹄鉄を付けた冬用装備の特製馬車が走っている。
朝一番の客は彼らで、日のあるうちに目的地までたどり着こうと、先を急いでいる。
彼らは手早く食べられるオーツ麦を牛乳で煮込んだ温かいミルク粥がお気に入りだ。
そして彼ら行商人から少し遅れてやって来るのは木こり達だ。
全然知らなかったが、山仕事はこれからが最盛期だそうだ。
この辺りは林業が盛んで、木を運んで建築資材にしたり、炭焼き小屋で炭を焼いてタールを作ったりするそうだ。
なんで、こんな寒い冬の季節にわざわざ木を運ぶのか?
「夏じゃ駄目なんですか?」
と客の木こりに聞いてみると、
「駄目だねぇ」
という返事だった。
「どうして?」
「色々あるんだが、一番は木の重さだな」
「重さ?」
夏だと木がたっぷり水を吸って種類によっては倍くらい重量が違うそうだ。
倍はすごいな。
もっと川が近い地域はやり方が違うらしいが、この辺りでは木は切り倒してすぐに運ばず、数ヶ月そこで放置して乾かしてから運ぶそうだ。
その方が軽く、しっかりと乾燥した良い木材になるらしい。
だがどの木を伐採すればいいのか、そしていつ倒せば良いのかは一本一本違っていて、その辺りを見極めるのも木こりの腕前だ。
地面が凍結しているのも、木材を運ぶには好条件らしい。凍っているので、むしろ泥濘んだり地面が柔らかい時より効率的に運搬出来るそうだ。
この辺りでは農家と兼業の木こりも多く、農閑期で畑の仕事が休みの間を利用し、様々な山仕事に従事する。
これから力仕事が待っている彼らが頼むのは、パンとベーコンエッグ、豚肉のパテやポテトサラダに具沢山のスープといった朝からガッツリとボリュームのある朝食セットだ。
「リーディアさん、いつもの昼食作ってくれるか?」
彼らは大抵、朝食と一緒にテイクアウトの昼食も一緒にオーダーする。
「今日は鹿肉のステーキサンドイッチですがそれでよろしいでしょうか?」
「ああ、鹿肉かぁ、そいつはいい」
と客は嬉しそうに笑う。
鹿は冬の厳しい環境に備えて体脂肪を蓄える。この時期の鹿肉は脂肪が適度に乗り、風味も良く、一番美味しいそうだ。
肉質はやや硬いので、一晩、酒、オリーブオイル、ハーブ、にんにく、塩胡椒に付け込む。
その後、肉はやや低温で焼く。高温で焼くと肉が硬くなりやすいので、低温でゆっくり焼くのがポイントだ。
そして筋が多いので、切り方はやや薄めに、筋に対して垂直に肉を切ると良い。その薄切り肉をたっぷり挟んだサンドイッチを作って渡した。
肉はその時々の備蓄により、鶏だったり豚だったり羊だったりするのだが、とにかく肉のサンドイッチである。
「ありがとさん」
木こりのお客はサンドイッチを受け取り、ふんふんとキッチンから漂ってくる匂いを嗅ぎながら、言った。
「リーディアさん、スープはあるかい?」
「ちょうど良かった、ビーフシチューがありますよ」
「おっ、運がいいな。じゃあ、ちょっと分けてくれ」
「はい、ただいま」
客が持参した鍋にビーフシチューをよそう。
蓋付きとはいえ、鍋いっぱいだと危ないので、六割程度の盛りだ。
大体二、三人前ってところだろうか、
彼らはこれを山の木こり小屋に持って行って食べると聞いた。
「こいつがあるといいんだよ。持って行く間も暖かいし、食べると温まるし」
料金を払い、彼はほくほく顔で鍋を抱えて出て行く。
夜の冬山で、彼らはこれにひと味加えて食べるそうだ。
彼らが入れるのは、どんぐりから作った酒、どんぐり酒である。
隠し味と彼らは言うが、カップ一杯分入れるので全然隠れてない。
それを聞いて私は「美味しいのか?」と思い、ものは試しとやってみたが、どんぐりの酒はこの辺りでよく作る地酒で、クセは強いがナッツの風味が香ばしい酒だ。
意外とビーフシチューに合う。
アルコールのおかげで芯から温まるので、寒い中で食べるこれは、とっておきのご馳走だろう。
他に彼らはクリームシチューにも酒をぶち込む。
こちらも意外と美味しい。
寒い冬ならではの、とっておきの味わい方だ。






