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退役魔法騎士は辺境で宿屋を営業中  作者: ユーコ
楡の木荘の秋と冬

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05.マロニエと青いブラウニー

 マロニエの実の収穫も秋である。

 マロニエの花は蜂が好むので、我が家も植えてあるし、街路樹としても美しいので、公園や道によく植えられている。


「君達、マロニエの実を見つけたら私に売ってくれないか?」

 そう少年達に頼んでおいたので、彼らはこの実をたくさん持ってきてくれた。


 マロニエの実は栗に良く似ているが毒があり、食べられない。

 じゃあ何に使うかというと、実の中にある白い種子が石けんの代わりになるのだ。

 実の中の種子を砕いて水に溶かして半日以上置くと洗剤になる。

 洗浄力は石けんに比べるといまいちで、これ単体で汚れをすべて落としきるのは無理なんだが、食器を付け込んでおくと油汚れのひどいやつ以外は大体綺麗になる。

 同様に洗濯も溶かした液と洗濯物をしばらくたらいに付け込んでおいた後、洗うと石けんをかなり節約出来る。

 石けんはオリーブオイルをふんだんに使って作るので高価なのだ。


 ただし人体に使うのは止めた方がいい。

 手に触れる程度では問題ないが、口に入ると有毒だし、試しにシャンプー代わりに使ってみたら目にしみて痛かった。


 その話を少年達にすると、彼らは微妙そうな顔でこっちを見た後、円陣を囲み、

「リーディアさんてちょっと……」

「うん、ちょっと」

「大人なのに」

「俺達がついていてやらないとな」

 とひそひそ話していた。

 子供でもしない所業だったらしい。



 栗拾いとクルミ拾いは妖精達に手伝ってもらった。

「…………」

 やっぱり知らない妖精がわらわら出てきて作業している。

 どうも彼らは隠れているつもりのようなので、横目で見るだけにしている。


 栗料理は色々あるが、焼き栗が一番好きだ。

 栗を一晩水にひたし、その後縦に切り込みを入れ、予熱したオーブンで二十分ほど焼くだけ。

 ほっくりと美味しい焼き栗が出来上がった。


「ブラウニー達、いるかい? 焼き栗が出来たよ」

 呼ぶとブラウニーが三人ともやってきた。

「はい、熱いから気をつけて」

 彼らの皿に焼き栗を置く。

「あー、君達の友達は元気かい?」

 一番大きいブラウニーに尋ねると、彼は眉を動かして、「元気だ」と答えた。

「友達も焼き栗は好きかな?」

 ブラウニーはコクンと頷く。

「焼き栗を彼らにも持って行ってくれるかな。それとこれも」

 まだ温かい焼き栗とアーモンドの粉を混ぜて作ったクッキーをバスケットに入れてブラウニーに渡した。

 クルミは冬の間ずっと保管出来るので今食べてしまうのはもったいない。

 栗も冷所で一、二ヶ月持つし、妖精達のおかけでしばらく秋の味覚を楽しめそうだ。







 ***


 秋も中盤になり、フースの町では収穫祭が開催された。

 春の祭りと同じくらい、みんな楽しみにしている大きな祭りなのだが、私は参加しなかった。

 曲がりなりにも宿屋なのであまり長い時間家を開けられないのと、冬が来る前にしなければならない仕事が満載なのだ。

 収穫したクランベリーを乾燥させてドライフルーツにしないといけないし、ミツバチの越冬準備もある。

 特に生まれて初めてするミツバチの越冬は本と近隣の農家に聞きながらの試行錯誤だ。

 巣箱に布を巻くなどして温めて、密封性を高め、蜜や花粉が十分にあるか確認し、虫がつかないように巣の中を片付けたりするのだ。さらに翌年の春に収穫するニンニクやエンドウ豆やソラマメの種まきもこの時期で、私はかなり忙しかった。


 収穫祭の十日後に開かれた貸本屋のポットラックパーティーも参加出来なかった。

 貸本屋の会員達が集まり、持ち寄った料理を食べながら、読んだ本の感想を言い合ったり、近隣の翻訳家を招いて原書と翻訳本の違いを聞いたり、ボードゲームをしたりと結構楽しそうな会なんだが、残念だ。


 参加は出来ないが、パーティーの日の昼間のうちに貸本屋に立ち寄った。

「残念だよ」

 と言うのは貸本屋の主ジェリーだ。

 以前彼にクッキーや簡単なお菓子をふるまったことがあり、それが気に入ったジェリーから「代金は支払うから」とお菓子を作るよう頼まれたのだ。

 作ったのは、今が旬のカボチャのパイ。

 それと皆で食べて貰えるよう、ポトフの入った大鍋も渡した。

「私も残念です。次回は是非」

 冬にもパーティーを開く予定だそうだ。その頃になればもうちょっといろんな作業に慣れて出かけることも可能だろう。……多分。

「ああ、来年は是非来てくれ」


 ジェリーと別れ、私は道具屋に向かう。

 打ち直して貰った布団を受け取り、さらにまた次の羽毛を買おうとして、私は道具屋の前で考えた。


「…………」


 私は羽毛を洗う作業をうちにいる妖精にやってもらって自分では一度もしていない。

 おそらく今回の羽毛もいつの間にか洗われるのだろう。

 汚れた羽根を一枚一枚丁寧に洗うのは、かなり根気のいる作業だ。


「すみません、『中』を下さい」

 なんか悪いなと思い、私はあまり汚れていない『中』の羽毛を買った。



 ・

 ・

 ・


 その晩、私はキッチンの片付けを済ませた後、いつものように家中を戸締まりして回っていた。

 廊下を歩いている時、私の目の前に一番大きなブラウニーが出てきて声を掛けてきた。

「おい」

 夜とはいえまだ早い時間で、客の一部は眠っていない。そんな中で彼が私に話しかけるのは珍しい。

「何かあったか?」


「しっ」

 彼は小さい指を自分の唇に当てそう言うと、「ついてこい」と小声で私を促す。

 私は言われたとおり彼についていった。

 向かった先は家の裏手の洗濯場で、こんな時間には誰もいない。


「そんな……」

 いや、何者かの声がする。

 月が雲に隠れて薄暗く、はっきり見えないが、震えるような夜風が吹く中、小さな子が洗い桶をのぞき込んでいた。


 その子は悲しげに呟いた。

「羽根があまり汚れてないわ」

 その子の言うとおり、洗い桶の中身は今日買ってきた羽毛だ。

 すごく汚くはないが、そこそこ汚れているので家の中には入れられず、ネットを掛けて洗い桶に入れてある。


 今日は子供のお客はいないし、迷子にしては様子がおかしい。

 何者だろうかと思いながら、私はその子に見つからないようにそっと気配を殺し、近づいた。


 その時、風が雲を晴らし月光が裏庭を照らす。

 私は息を呑んだ。

 その子は全身真っ青だったのだ。


 その子はしょんぼりと言う。

「私、ここにいちゃ駄目なのかしら」


「え? どうして?」

 驚いて思わず声を出してしまった。



「きゃっ」

 その子はとっさに逃げだそうとした。あわてて私はその背中に呼びかける。


「いや、待ってくれ」

「……っ」

 その子は足を止めて立ち止まり、そーっと振り返った。


 白いワンピース姿で、青い髪で見えるところは全部青い。

 肌が青いのをのぞけば五、六歳の少女のような外見だ。

 この子がブラウニーが言った『青いの』だろう。

 人間が怖いのか、ブルブルと震えている。


 私はなだめるように出来るだけそっと声を掛けた。

「何もしないよ、約束する。私はこの家の主でリーディア・ヴェネスカだ。はじめまして」

「はっ、はじめまして」

 その子はおずおずと返事する。

「君は妖精か?」

「えっ、ええ」

「この前から羽毛を洗ってくれているのは君だね」

 そう尋ねると、青い妖精はますます震えて大きく頭を下げた。

「ごめんなさい」

「いや、謝ることはない。ありがとう」

 ってなんで謝る?


「怒らないの?」

 と青いブラウニーは言った。

「怒る理由はないよ。なんでそう思ったんだい?」

「だって羽毛が汚れたやつじゃないから……私の仕事、なくなっちゃった」

 と青いブラウニーはうなだれる。

「なくなったわけじゃないよ。羽毛が汚れてないのは君に少し楽をしてもらいたかっただけだ」


「……私のこと、要らないんじゃないの?」

「そんなことはないよ」


 気を遣ったつもりだったんだが、ブラウニーにとっては仕事を取り上げられたように感じたらしい。

 今までのブラウニー達とあまりに異なる反応に、私は少し戸惑った。

 彼女は仕事がないとここを追い出されてしまうと思っているようだ。


「ここにいたいならずっといてくれて構わない。そりゃ働いてくれるとありがたいけどね」

「いいの?」

「ああ、君は洗濯がとても上手いね。キッチンの食器も洗ってくれた?」

 汚れた食器がいつの間にか片付いていたことがある。このブラウニーが手伝ってくれていたようだ。

「ええ、でも他はあんまり上手じゃないの」

 青いブラウニーは少し寂しそうに言った。


「洗濯物が得意だと、とても助かるよ。ここは宿屋で洗い物はいくらでもあるから」

 青いブラウニーは私を見上げる。

「本当? 私、ここにいてもいいの?」

「ああ、良かったら朝、キッチンにおいで。他のブラウニーも食事しに来るからね」

 そう言うと青いブラウニーは嬉しそうに笑った。

「ありがとう。ずっとあなたの料理を食べてみたかったの」


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