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魔法使いの水梨さんは、赤嶺小百合を殺したか  作者: 貴堂水樹
第一篇 魔法使いの水梨さんは、赤嶺小百合を殺したか

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8/12

最終話『それでもやっぱりきみだった』

 智詩は学校を辞めた。


 命の続く限り、魔法を使って人助けをする旅に出るんだそうだ。〝人助け〟というところがいかにも彼らしく、自分ではない誰かのために尽くすことが彼なりの罪滅ぼしのやり方なのだろう。『たまには遊んでくれよな!』と、僕の携帯に届いた彼からのメッセージにはそう綴られていて、『もちろんだよ』と僕も返した。

 どれだけ僕の中の秩序に反したことであっても、次は絶対、彼からの誘いを断らないと決めていた。それが、あの日の彼の凶行を止められなかった僕の贖罪しょくざいだ。


 金曜日の放課後というのは、どこか浮ついた空気の流れる独特な時間だ。翌日が休みであるという気持ちの余裕が、生徒たちの足取りを三割増しで軽くしている。

 そんな中、僕は帰り支度をしている水梨さんを捕まえ、例のごとく四階の西渡り廊下へと連れ出した。


「やっぱりきみだったんだね」


 開口一番、僕は水梨さんの目を見てそう言った。水梨さんはほんの少しだけ眉をひそめる。


「智詩くんから聞いたわ。あなたに犯行を暴かれたって」

「へぇ、聞いたんだ。でも、やっぱり犯人はきみだったよ」

「……意味がわからないわね」


 長い黒髪を耳にかける。見慣れた仕草も、今日の彼女からはいつもの優雅さが感じられない。


「ユリの花だよ」


 水梨さんの瞳がわずかに揺れた。


「事件当日の朝、赤嶺さんの席にユリの花を飾ったのはきみだ」


 はっきりと言い切ると、水梨さんは小さく笑った。


「その根拠は?」

「うん、実は智詩がユリの花を飾った犯人じゃないと知った時、僕、真っ先にきみとの会話を思い出したんだ」

「……というと?」

「あの日……赤嶺さんが転落死した直後、僕はきみをここへ呼び出したよね? その時、赤嶺さんの机に置かれた花の話をしたでしょ」

「えぇ、覚えているわ」

「あの時僕は、確かこう言ったはずなんだ――『今朝、赤嶺さんの机の上に花が飾られていたんだよ』って」

「そうね、確かに。けれど、それが何か?」

「きみはあの時、その小さな事件については知らなかったと言っていたよね? でも、そうするとおかしいんだ。僕の記憶が正しければ、きみはこうつぶやいていたからね――『赤嶺小百合さんの机にユリの(・・・)なんて』って」


 ようやく水梨さんは僕の言いたいことに気がついたようで、その表情から一切の余裕が消え去った。

 そう。本当に彼女があの日の朝の出来事であるユリの花騒動について知らなかったというのなら、今僕が指摘したセリフを彼女は言えたはずがないのだ。だって僕は飾られた花が〝ユリ〟であったことには少しも言及していないのだから。僕から話を聞いてはじめて騒動について知ったのだとしたら、彼女の口から〝ユリ〟という単語が飛び出すなんていうことは起こり得ない。


 彼女ははじめから知っていたのだ。赤嶺さんの机の上に飾られた花がユリであったということを。

 なぜなら、彼女こそがあの悪趣味なイタズラをした張本人だから。


 ふっ、と水梨さんは綺麗に笑った。


「降参よ。さすがは学年トップクラスの秀才くんね」

「……そういうのいいから。それより、どうしてあんなことを? 智詩が赤嶺さんの殺害を企てていたことは知らなかったんでしょ?」

「えぇ、直接聞かされたことはないわ。でも、彼ならいつかやるだろうと思っていたの。そして私も、それを強く願っていた」


 やっぱり、と僕は思った。

 あのユリの花は、被害者である赤嶺さん本人が口にしたとおり〝赤嶺小百合に死んでほしい〟という犯人の意思表示だった。

 水梨さんが自殺した藍川さんとは親友同士だったこと、智詩が水梨さんとつながっていたこと、そして藍川さんは赤嶺さんへの復讐を望まず、水梨さんは『自分のためには一切魔法を使わない』と決めている……これらを総合して考えれば、あのユリの花騒動の犯人は水梨さんだとおおよそ見当がつけられる。

 智詩くん、どうか私の代わりに赤嶺さんを殺してください……あれは水梨さんから智詩へのメッセージであり、智詩の言ったとおり赤嶺さんへの〝殺害予告〟でもあったのだ。

 当の智詩はあの花を見て不安に思ったらしいけれど、きっと水梨さんも内心驚いていたことだろう。まさか本当に、あの花を置いた直後に赤嶺さんが殺されるとは思ってもみなかっただろうから。


「私が智詩くんと知り合ったのは、ひよりの葬儀の時だった」


 訥々と、水梨さんは真相を語り始めた。


「まさか彼女の葬儀で同じ明神学園の制服を着た人に出会うとは思わなかったわ。気づいた時には声をかけていた。その時彼、こう言ったの……『どうして人を生き返らせる魔法は使えないのか』って」


 ひどく納得して、僕はつい口もとを緩めてしまった。もしも智詩にそんな魔法が使えていたら、たとえ自らの命が尽きようとも、藍川さんをこの世界に呼び戻していただろう。


「彼が私と同じ魔法使いだと知って驚いたけれど、ひよりの自殺の原因をきちんと理解してくれる人が自分の他にもいたことがわかってとても嬉しかったわ。彼も私と同じように、ひよりを死に追いやった赤嶺小百合を恨んでいた。けれどひよりは、私たちに赤嶺さんへの復讐をさせることを望んでいなかった。私は自分のために魔法を使うことを自分自身で禁じていたから、赤嶺小百合を殺すには〝ひよりのため〟という大義名分が必要だった。けれどひよりはそれを許さない……魔法を使えば何の証拠も残すことなくあの女を地獄の底へと叩き落とせたというのに、私にはそれができなかった。魔法を使ってあの女を殺しても、それは自分のためにしたこと以外の何物でもないのだから」


 智詩も同じ事を言っていた。復讐ではなく、自己満足なのだと。

 けれど彼の場合、水梨さんと違って積極的に魔法を使うことを厭わなかった。だから智詩には赤嶺さんを殺すことができたのだ。証拠を残さず、死に際の彼女の心に最上級の恐怖を植えつけて。


「花を飾った一番の理由は、彼が決心できるよう後押しをするためだったの。……まぁ、必要なかったみたいだけれどね。私が動いた時には、すでに彼の気持ちは固まっていたんだもの」


 水梨さんは苦笑を浮かべる。智詩があの花を見てむしろ不安に駆られてしまったことは、黙っておいたほうがよさそうだ。


「ユリを選んだのは、冠婚葬祭に選ばれる花の中でいちばん綺麗な花だと思ったからよ。でも、買ってから気がついたわ。彼女のファーストネームが〝小百合〟だってことに。ふふっ、ダジャレもいいところよね」

「……この間は『ユーモアのセンスがある』って言ってなかった?」

「そうだったかしら」


 忘れたわ、と彼女は笑った。僕は肩をすくめるしかない。


「責めなかったそうね? 智詩くんのことを」


 水梨さんは、意外なことを口にした。僕が黙っていると、彼女はお決まりの長い黒髪を耳にかける仕草をする。


「実際に赤嶺小百合を殺してくれたのは智詩くんだけれど、彼の背中を押した私も立派な共犯よ。責めを負うべき立場にある。そして、真実を知ったあなたには、私を叱責する権利があるわ」


 そうでしょう? と彼女は言う。けれど僕は、やっぱり首を横に振った。

 部外者である僕はただ、自分自身のために真相を突き止めただけだ。確かに智詩や水梨さんの犯した罪は重いけれど、ひとりの同級生を死に追いやった赤嶺さんには殺されるだけの理由があった。


 正直、僕にはわからない。

 何が正しくて、誰が間違っていたのか。


 もしかしたらこの世界には、絶対的な正しさなんてないのかもしれない。


「よかったわね、すべての真実が明らかになって」


 答えに迷ってしまった僕に、水梨さんはしなやかに笑った。


「これであなたは、平穏で秩序的な日常に戻れる」

「……まぁ、そうだね。よかった」


 口ではそう答えながらも、胸の中では灰色の感情がぐるぐると渦を巻いていた。


 これで、よかったのだろうか。

 智詩の罪を暴いて、彼を学校から追い出して。

 そして僕だけが、いつもと変わらぬ日常を取り戻す。

 本当に、それでいいのだろうか。


「智詩くんのことなら心配ないわ」


 僕の揺れ動く心を察し、水梨さんは穏やかに微笑みながらそう言ってくれた。


「彼はとても強い人よ。死を恐れず、魔法使いであるという自らの運命をきちんと受け入れ、魔法使いとしての人生をまっとうしようとしている……彼ほど魔法と真摯に向き合っている人は他にいないわ。結局ね、みんな死ぬのが怖いのよ。ひとたび魔法を使えば、いつ死んでしまうかと常に怯えながら生きていかなくてはならない。だから大多数の魔法使いは自分が魔法使いであることをひた隠しにして、ほとんど魔法を使わないまま一生を終えていくの。魔法に対してどこまでも前向きでいられる彼は、きっと誰よりも幸せ者よ」


 だから大丈夫、と彼女は力強く繰り返した。智詩と同じ魔法使いである水梨さんの言葉には、何にも代えがたい絶対的な説得力があった。


「そうだね」


 僕もうなずき、遠く広がる街の景色に目を向けた。


「少しでも長く、あいつの人生が続くといいな」

「えぇ、そうね」


 沈み始めたオレンジの夕陽が、今日という日の終わりを静かに告げる。

 そしてまた、新たな夜明けがやってくる。


 願わくは、遠く離れてしまった彼のもとにも、新しい明日の光が降り注ぎますように。


 茜色の空に、僕は心からの祈りを捧げた。

 隣で佇む彼女もまた、同じことを思っているに違いない。


「ねぇ」


 唐突に、水梨さんが僕の顔を覗き込んできた。

 

「おなかがすいたわ」

「は?」


 何を言い出すのかと思えば。僕はこういう突拍子もないことを言う人がすこぶる苦手だ。


「駅裏においしいケーキが食べられる喫茶店があるの。騒動に巻き込んでしまったお詫びに、ぜひ奢らせてくれないかしら?」

「えっ!? ……い、いいよそんな! 僕、まっすぐ家に帰りたいし……」

「いいじゃない、今日一日くらい。あなたの平穏で秩序的な日々は明日から再スタートよ」

「えぇ……」


 ほら早く、と水梨さんは僕の手を引いて走り出した。

 僕の愛して止まない平穏で秩序的な日々を取り戻すための闘いは、どうやらまだ終わっていないらしい。



【魔法使いの水梨さんは、赤嶺小百合を殺したか/了】

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