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襲撃者

 冥府の王城、それは由緒正しいものであり、荘厳な雰囲気に包まれた聖域でもある。

 そして、その王の間、それは何者にも侵されぬ冥府の王のために存在する空間。

 しかし、今その空間は襲撃してきた何者かの手によって空間を凍結されていた。

 そしてその凍結の術式を使用しているのは冥王を上回るであろう術師であり、容易に冥王も戦闘中に手を出すことのできない状況にあった。

 そう、何を隠そう城を襲撃した張本人と戦闘状態に陥っているのである。



「くッ……そォ!!予想したとおりタイミングを見計らってきたようにきやがって!!!」

「いえいえ、この世界でも有数の信仰を持ってる冥王とやらが唯一弱体化する、という日があるとちょっとそこらで聞きましてねぇ。少しばかり冥王様にはここいらで退場していただこうか、という次第です」



 対峙するのは女性と男性。

 片や、黒髪の長い髪にでグラマラスな肢体を紫のドレスで包んだ女性。

 片や、果てしなく漆黒の色に染まった燕尾服に身を包む灰色の長髪の男。

 女の正体は冥王、この【アンダー=ノート】における冥府の王、冥王ラヴィである。

 残る片方、男の正体は依然として不明。

 この魂の移行日という寝首を掻くには機会を狙ってきた侵入者。

 しかしながら、双方にはたった一つの共通点がある。

 それは、二人が神と呼ばれる存在である、という事。

 ただその一点のみである。

 そう、何を隠そうこの二人は今、神の英知を懸けた殺し合いを行っているのだ。



「しゃあしゃあと……!……その話……誰に聞いた?」



 襲撃者の手元に次々と現れる術式をパリィしていく冥王。

 中々に鋭い攻撃に弱体化している今現在では攻撃を受け流すのに精一杯の冥王。

 他の事に対して考える余地など一寸すらも無かったはずであったが。

 先程の襲撃者が口にした言葉に冥王は疑問を覚えた。

 そして、襲撃者の男はスラスラと、いとも容易く、その疑問に対する回答を教えてくれる。



「カサコーラとかいう北の辺境の地の極々小さな土地を治めていた神に少し平和的話し合いで……少し、ね」



 知り合いの名が出てきて冥王の体が少しばかり身じろぐ。

 其れを見て、元々歪んでいた口元を益々歪める襲撃者。



「……奴は未だ壮健であったか?」

「ああ……壮健でした、よ?」



 襲撃者の意味深な回答。

 それは、冥王を激昂させるには非常に十分な要因であった。



「貴様ァ何をしたッ!!!」

「おや、どうしたんですか。貴方程の方が大声を上げて……はしたない」



 いかに弱体化しているというが、激昂状態にある冥王の断罪の一撃をいとも簡単に片手でひょいと受け止めてみせる襲撃者。

 さすがにこれはいかに力を持った神でも、普通の神としての領域を明らかに逸脱している行為。

 ここで冥王少しばかり冷静になって、悟る。



「貴様……、その逸脱した力、この私の肌にすら焼け付く様な神力……」



 冥王の導き出していく解答に襲撃者は何度も頷く。

 ニヤついたその顔で。



「ええ、ご想像の通りですね」

「やはり……主神かッ!!」

「ええ、ええ、ええ、全くもってその通り。こことは別次元に当たる上位界【ドイル=ライ】という世界にて主神をしておりまッッッ!?」



 外界の主神を名乗るその男の台詞は最後まで発せられることは無かった。

 それは、台詞の途中に鳴り響いた大音量で台詞を中断せざるを得ない状況に陥った為。

 何事か、と音の鳴り響いた音源へと顔を向ける両者。

 そこには冥王が死んだ一流大工達の魂を引っ張ってきて造らせた豪華な扉があった。

 あったはずだ。

 しかし、そこには粉々になったそれと2人組の男女が立っていた。

 その2人組の顔を襲撃者が見やると、素顔が見られないような格好をしている。

 深めにフードを被っている方、体格から推測するに男だろう、が扉を吹き飛ばしたのだろうと襲撃者は推測する。

 少なくとも、男の方はあの術式を突破できる実力程度はある、ということであろう。

 が、これを何というのか、と問われたのならば何とでもない、だろう。

 あの術式を破ったとはいえ、それが自らを貫く刃とは成り得ない、そう襲撃者は考える。

 それよりも。

 さらにその後方に控えているのはメイド服の女。

 これもまた体格から推測するに間違いは無いだろう。

 そもそも、相手の性別など関係なく潰すつもりなのだ。

 襲撃者にとって相手の性別など些事に過ぎない。

 そして、メイド服の女は顔に薄いヴェールが掛かっていた。

 顔の認識を阻害する術式なのだろうと襲撃者はその術式を解析する。

 そうやって新たな乱入者達に、それまで戦っていた筈の2人が釘付けにされていると、その2人組のうち深くフードを被った男のほうが軽く辺りを見回した後、襲撃者を一瞥し口を開いた。



「どうやら間に合ったようだな」

「……これは失礼、」

「ああ、ああ、お前の自己紹介やら御託なんざ聞かせてもらわなくとも結構。いまからお前という存在は俺によって消し飛ばされるのだから」



 襲撃者がようやく我にかえり、自己紹介をしようとするが、それは男の台詞によって阻まれる。

 そして、それと同時、男から溢れる力を感じ取り、襲撃者の男は軽く身を引いて質問する。



「貴方……何者ですか?」



 否、襲撃者は理解していた。

 否が応でも、本能で、もっとも魂の中心に近しい部分で理解させられた。



(あの力は……あの男から流れ出ている神力は!!)



「その疑問は聞かずとも己で自己完結できる内容、だろ?」

「ふ、ふふ、これは失礼。……貴方がこの世界における主神で御座いますか。聞くところによると、貴方は随分と前にこの世界より退場させられッ!!」



 襲撃者がその台詞を言い切る前に、男の目の前に展開する術式、術式、術式。

 開いた片手で顔を覆い隠して男は続ける。



「ああ、そして俺はお前に名乗る義理もない。死ね」

「せっかちなお人だ!!」



 襲撃者は確実に、絶対に、本当に、主神である目の前の男に対して気後れしていた。

 その膨大なる神力に、その不遜な態度に、全てに畏怖していた。

 しかし、襲撃者はプライドの高さからか、それを認めないかのように声を大にし奮い立たせる。

 それを目の前に居る男は、鼻で其れを嗤い眼を伏せた。

 一笑に付された、と激昂しそうになる襲撃者はそこでふと気づいた。

 男の真正面の術式が唐突に消失し、男の足元に無数の術式が広がってゆくのを。



(まさかッ!!)



 そう、あの術式は囮であった。

 それを主神たる襲撃者にも気づかせぬ技巧といい正に相手は主神。

 囮であることを看破した襲撃者は瞬時に其れを迎撃する術式を指で宙に書き上げる。

 それを見た男はまたもや一笑、襲撃者に忠告する。



「声を大にしても、大きく開いた地力の差は縮まることはないぞ」

「随分と舐められたものです……独創的な術式ですが、独創的であることイコールが強いということではない!!」

「それはそうだ、独創的であるだけというならな!」

「!」



 襲撃者は男の術式の奇異さに眼を剥いた。

 そこには、槍、剣、槌、数々もの武具が宙を舞っていた。

 いままで見たことの無い術式、何を基盤としているのか到底考えの及ばない領域。

 だがしかし、奇異だから強い等とこの神々の戦いは其れほどまでに甘くは無い。

 襲撃者は、彼奴は独特な式を使用するだけ、地力は、神力はこちらの方が上だ、と、そう考えていた。

 忘れていた、否、本能が現実逃避しようとしていたのだろう。

 先程、襲撃者は何を恐れてしまったのか。



 襲撃者が恐れたのは――男の膨大な神力――ではなかったのか。



 冷静にその武具達を観察すれば、気づいたであろうものを。



―――その武具一つ一つに神殺しを成す絶大なる神力を宿しているという事実に。



 襲撃者が余裕を持った瞬間、男の足元から鎖が無数に飛び出し襲撃者に絡み付く。



(よくもまあ、これ程まで馬鹿正直にッ!!)



 馬鹿正直に真正面から絡みつく鎖に襲撃者は対抗の術式を発動させようとする。

 そんな襲撃者に対し、男はまたもや忠告する。


「反撃しようとするのはいいんだけどな、それ逆効果だぞ」



 その男の忠告はただの戯言に過ぎないと判断した襲撃者はあまりに稚拙な攻撃にこんなものか、と早合点し回避する。

 そして襲撃者はこの機会を逃すものか、と自分の手札から速効性のある術式を選択し発動した―――のだが。

 本来であれば、国をも滅ぼすであろう神の雷が迸る筈、であったがその術式からは、無数の鎖。

 そしてその術式を発動した襲撃者本人へと襲い掛かった。



 (術式は強制的に書き換えられていた……ッ!!?)


 

 自らの絶対の自信を誇る術式の腕を易々と超えられた事に対する衝撃と、咄嗟の攻撃に反応しきれず、無数の鎖に全身を巻きつかれることとなってしまう。

―――触れた瞬間、襲撃者の頭の中は強制的に真白に包まれた。



「かっ……はっ……」

「どうだ?独創的なだけじゃあなかったろ?」



 男の問いに襲撃者は燕尾服の襟元に指をかけ、息絶え絶えに呟いた。



「頭の中を強制的にリフレッシュさせられた気分ですね……この鎖のせいか……」



 襲撃者は忌々しそうに腕にも巻きついている鎖をジャラジャラと鳴らしながら、鎖についてよく観察する。

 男は宙に手を広げると襲撃者へと問いかける。



「ご明察、さあ動き難くなったからってここで易々とゲームオーバーなんてしないよな?」



(噂に聞いていた通り、白の神の強さは本物ですか……なんにせよ、一転回って頭の中が冷静になりました……これ以上は相手の力量を見誤りませんよ)



 攻撃ををくらったことでむしろ頭の中をクールダウンさせた襲撃者は次なる一手を選択する。

 襲撃者はその手を気取られないように佇まいをなおし、口を開く。



「ふ、ふふ。とんだ神にちょっかいをかけてしまったようです」

「触らぬ神に祟り無し。触れなければこちらもお前を害すことなんてなかったというのになあ」



 フードで顔は見えないが、男の声からして襲撃者を殺すことに関して何も思っていないのだろう。

 襲撃者は冷や汗をたらりと流す。

 が、平静に、極めて平静に事を運ぶ。



「ですが、ここで死ぬわけにもいきませんので」

「あん?…………ッ!」



 唐突に襲撃者の目にギラつくものと嫌な予感を感じ、一歩後ろへ引いてフードを深く被りなおす男。

 それを見て口元を歪めるは襲撃者。



「一度、引かせていただきます」

「引かせると、思うか?」

「それでも引きますので、どうぞご安心を」

「死ね」



 淡々とした応酬の後、男は襲撃者に一気に詰め寄り自らの間合いに入れると、自らの手元に長剣を顕現させ真横に薙いだ。

 が、その瞬間には既に襲撃者は居なかった。



「……逃げたられたな、とこっちが思っている、とでも思っているのかね……」

「直に追跡いたしましょうか」

「いや、いいレイヤ。どうせ自分の統治界にでも逃げ込んだんだろう、深追いは禁物だ。それに既に楔は打った。後は放置しても動向はいつでも把握できる」

「仰せのままに」



 顔にうっすらとした紫のヴェールのかかったメイドが男に深くお辞儀をしたところでようやく男に話しかける存在があった。



「お、お前!もしかして!!」



 会話する2人に横から話しかけるのは冥王、それも、話しかけたその声は戸惑った声だった。

 冥王の側近がもしこの場に居合わせたのなら、フードを深く被っている男の正体が直に分かったであろう。

 冥王がこんな反応を示す相手などこの世界見渡したとてたった1人、否、たった1柱しかいないのだから。



「何を白々しい、冥王。貴方も本能でこの方の正体を察しているのでしょう?」

「お前は……!!」



 ヴェールを解いたメイドに冥王は目を見開く。



「久しぶりですね、この年増婆様」

「……本当に、本当に、相変わらずお前は人をイラつかせる天才だな!!クソレイヤァ!」



 久しぶりの再開であろうに、開幕の罵倒。

 当然、冥王もこれには負の感情が出てしまいその喧嘩を買ってしまう。

 が、冥王はかつてキャットファイトに明け暮れた仇敵との再開を確かに喜んでいた。



「この喧嘩も久しぶりに見るな……」

「ってそんなことよりその声といい、お前やっぱり!!」



 その様子を遠巻きに見ていた男は深く被っていたフードを後ろへ乱暴に脱ぎ捨てて笑った。



「ああ、久しぶりだなラヴィ」

「お前―――白神の!!」



 白神と冥府の王は再び邂逅する。

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