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粗忽その2 彼女もインディゴグレイの巻毛をしていた

 鱗が硬くなるまで、フリージアは出会った森でレーを守ってあげることにした。


「龍なんて珍ちい生き物なんだから、お屋(ちき)の魔法使(ちゅか)いに見つかったら大変よ」

「なんでだよ?龍は魔法使いに守ってもらうもんなんだがなぁ?」

「そりゃそうなのかも知えないけど。だけど、お屋敷の魔法使いは、すぐいろんなものを調べたがるよ?」

「ふうん。そいつぁちっとばかし、危険かも知れねぇな」

「でしょう?わたちもそう思うの!お屋敷の魔法使いとは、会わないのがいちばんよ!」


 フリージアは言い聞かせるような口調で話すのだった。フリージアのお母さんも領主館の魔法護衛団員なのだが、そのあたりは頭から抜け落ちていた。



「レーは鱗が硬くなるまで、森で隠れているといいわ」

「そうするよ。ここにはあんまり人や猛獣が来ないからな」

「そうね!それがいいわよ」


 フリージアはにこにこと頷く。


「まあでも、なんだ。フリージアは来るんだろ?」

「くるよ」

「そんで、隠れてるより他には、どうやって守ってくれるんだよ?」

「え?どうやって?んーとね?んー?どうしよっか?」


 フリージアは、どうやって守ってあげるのかは、ちっとも考えていなかったのだ。


「レー、守るって、どうしたらいいかな?」

「なんだよ!考えてねぇのかよ!」


 レーは呆れてしまった。



「次来る時までに考えとくね!じゃあ、もう行くわ!」

「あっ、おい」


 フリージアが来た道を引き返そうとしたので、レーは慌てて引き留めた。レーは、フリージアがどちらから来たのかを知っていた。蕾に擬態していた間も、周囲のことを魔法の力で感じ取っていたのだ。


「そっちでいいのかよ?」

「何が?」

「何がって、お前。お使いじゃねぇのか?来た道引き返していいのかよ?」


 フリージアはぴょんと飛び上がった。


「ああっ、そうだったあー!レー、ありがとうね!」

「まったく、大丈夫かよ?途中までついてってやろうか?」


 レーは、フリージアがまた何かに気を取られてお使いを忘れるのではないか、と心配だったのだ。


「ほんと?じゃあ、一緒に行来ましょう。ひとりで行くより楽しそう!」

「そうと決まれば、出発だ。で、どっちに行くんだ?」

「こっちよ!森番小屋!」




 お使いがある時も、そうでない時も、フリージアは森に通った。そうして時は流れ、フリージアはもう舌足らずではなくなった。


 髪を結い上げる歳には早いが、すらりと伸びた健康的な手足はやがて娘盛りに花開く美しさを予感させる。インディゴグレイの巻毛は少し深みを帯びて艶めき、アクアマリンの瞳は益々澄んで神秘的に輝いた。


「レー、今度も大丈夫だったね」


 出会った場所でのんびりしているレーを見つけると、フリージアはいつもほっとして頬を緩めるのだった。


「まあな。この森は安全だからよ」

「なあに?レー。まるで私なんか用無しみたいなこと言って」


 フリージアは、インディゴグレイの細い眉を寄せた。


「そこまでは言ってねぇよ」


 レーは慌ててご機嫌をとる。


「フリージアのおかげさんで、もうすぐ脱皮できそうなんだぜ」

「脱皮?ヘビみたいに皮をぬぐの?脱いだら、皮、くれる?」


 ヘビの脱ぎ捨てた皮は、お屋敷の魔法使いたちが帽子を作る材料になるのだ。まして龍なら、さぞかし立派な帽子になることだろう。



 フリージアが住むデュラム領ウィート地方の領主館では、護衛魔法団に入団する時、帽子を作るテストがあった。


「いい材料を持っていけたら、きっとすぐにでも入団できるわ!」

「母さんみてぇに魔法団員になんのか?」

「うん。デザートは下手なの。他に出来ることもないしね」

「そっかあ。でもなあ」


 レーは心底申し訳なさそうに目を伏せた。


「森龍の脱皮は、ぼろぼろ少しずつ剥がれ落ちてくんだよ」

「ええっ、そうなの?残念だなぁ」

「まあでも、脱皮が済んだら山向こうの滝龍(たきりゅう)んとこまで飛べるようになるから」

「滝龍はヘビみたいに形が残る?」

「ああ、残るぜ。けど、仲良くなんねぇと貰えるかどうかわかんねぇな」

「ふうん」

「ま、行ってみる価値はあんだろ」

「そうね!」



 しばらくして、レーは身体のあちこちを痒そうに木や岩に擦り付けるようになった。薄緑の皮が首や背中から千切れて落ちる。


「あっ、やめろ。無理に引っ張んな」

「ごめん、痛かった?」


 出来立ての新しい鱗はまだ柔らかい。フリージアが剥げかけの皮をむしろうとしたら、レーの足から血が滲んでしまった。


「痛ぇよ」


 レーは大きな口をへの字に曲げる。


「森龍レーの契約者フリージアの名の元に命ず。血よ、止まれ」


 フリージアがレーの小さな傷に人差し指を向けると、淡い藍色の光が注がれた。光は傷を柔らかに包み、見る間に血も傷口も消えてしまった。


「ほうー。もう盟約の構文を使えんのか。てぇしたもんだな」


 小さな子供でも使える簡単な呪文にくらべて、盟約の構文は威力が桁違いだ。


「へへっ、すごいでしょ?私より大きいお兄さんでも、まだ失敗することのほうが多いんだよ!」

「ああ、知ってる。普通はもう少し大人になってからだよな」



 気が遠くなるほど昔のこと。精霊王と魔法使いの始祖が約定を結んだという。その時に定められた、自然界のあらゆる物事に命令出来る言葉の決まりごとがある。それが、盟約の構文だ。


 昔、邪霊に取り憑かれた猛獣が精霊を襲った。そこへひとりの男が通りかかった。彼は剣と槍を巧みに振るって奮闘した。猛獣を見事に倒したものの、邪霊は鳥や獣に乗り移っては攻撃の手を止めない。男は善戦した。しかし、所詮は人間の力に過ぎない。実体の無い者を相手にするには分が悪かった。


 そこへ駆けつけた精霊王は、手こずる男に力を貸した。こうして男と精霊王は、見事に邪霊を退けたのだ。その時、互いに手を貸し邪霊と戦う盟約を締結したのである。



 レーの古い鱗は、やがてすっかり剥がれ落ちた。翼も分厚くなった。身体も少し大きくなった。


「よし、乗ってみな」

「うん」


 フリージアは、風の魔法でひらりとレーの背中に飛び乗った。


「しっかり捕まってろよ」

「落ちない魔法があるから平気よ」


 レーは疑わしそうに目を細めた。


「なに?」

「いや、なんでもねぇ。じゃ、行くか」

「うん!」


 フリージアはまだ見ぬ龍の抜け殻に思いを馳せて、水宝玉(アクアマリン)の瞳を輝かせた。



 レーは森の隠れ家から這い出すと、開けた場所まで移動した。それから、大地を蹴って翼を広げた。厚く積もった枯葉が舞い上がる。ぐるぐるとふたりの周りを枯葉は巡る。黄色や茶色のドレスを纏った妖精がダンスをしているようだ。


 今日は遠くまで飛ぶために、レーは角度を鋭くして上を目指す。


「あっ」

「ん?なんだ?」


 間抜けな声にレーが振り向く。薄紫の(たてがみ)を靡かせて、太い首を後ろに捻る。


「おわっ?フリージアー??」


 まんまるに見開いた葡萄色の目の端を、藍鼠(あいねず)の巻毛が掠める。


「だから言ったのに!」

「きゃーっ!忘れてたーっ!」


 フリージアは、レーが心配した通り、落ちない魔法をかけ忘れていたようだ。


「ほらさっさと戻れ」


 レーは細長い尻尾を器用に丸めてフリージアを受け止めた。


「ありがとう、レー」


 フリージアは恥ずかしそうな半笑いを見せた。


「ったく、しょうがねぇ魔法使いだぜ」


 レーはため息を吐いて、フリージアを背中にひょいと戻した。


「今度は落ちない魔法、忘れんなよ?」

「分かってるわよ」

「はー、どうだか。ほれ、さっさと魔法使え」


 レーは、フリージアが落ちない魔法を唱え終わるまで、頼りない腰に巻きつけた尻尾を解かなかった。


「信用ないなぁ」

「信用してたのに、今落ちたろ」

「うう、面目ない」


 フリージアは返す言葉がなくなって、大人しく落ちない魔法を実行した。



 ようやく落ちる心配がなくなって、レーは風を切って山を越えた。山の反対側にも森が広がっている。中腹からは、轟々という音を立てて大きな滝が流れ落ちる。水飛沫が霧となって白く視界を遮っていた。


「ちょっと寒いねぇ」


 フリージアが肩を抱えてぶるぶるっと震えた。


「えー?なに?聞こえねぇ!」


 レーが怒鳴った。


「あ、ごめん。これでどう?聞こえる?」


 フリージアは、音を伝える魔法を使った。滝の落ちる轟音で、互いの声が聞こえなかったからである。


「おお、聞こえる、聞こえる」

「滝龍の抜け殻、あるかな」


 フリージアはレーの背中から身を乗り出した。



「滝壺になんか見える」

「滝龍かな?」


 ふたりは降下しながら目を凝らす。何やら動いている。


「藍鼠の巻毛だわ」

「滝龍じゃねぇな。滝龍は金色の鱗に金色の鬣だぜ」

「それじゃあ、何かしらね?」

「なんだろうな?」


 しっとりと濡れた藍鼠の巻毛は、巨大なモップのように重たげな動きをしていた。それでいて、移動は迅速である。


「速ぇな、ずいぶんと」

「そうね。なんかキレがあるわよね」

「あるな」

「お屋敷の騎士みたいだわ」

「そいつぁ見たことがねぇから、分かんねぇけどよ」


 インディゴグレイのモップは、滝壺のあたりから岸へと向かう。もさもさと巻毛を揺らして滑りやすい岩をひょいひょいと渡って行く。


「ほんと、速いわね。もう見えない」

「そうだなぁ。なんだったんだろうな」


 ふたりは、首を捻りながら滝壺に降りた。



 モップが消えた森をふたりで見ていると、背後でザザアと水音がした。振り向くと、滝壺に渦が巻き起こっている。渦の中からは金色の龍が現れて、細長い首をもたげた。


「おお、良かった」


 龍は厳かに言った。フリージアは、琥珀色の龍眼とバッチリ眼があってしまった。滝龍は安堵の色を見せている。魔法使いは、呑み込めない顔でぼんやりと龍を見つめる。


 龍は細くて短い金色の手を平らな岩の上に伸ばす。水を受けて煌めく青みがかったその岩の上には、一振りの剣が横たわっている。飾り気のない細身の剣だ。長さから見れば、大人が使う物だろう。


「忘れ物であるぞ」


 大きな曲がった爪を器用に使い、滝龍は剣をフリージアに差し出した。


「え?私のじゃありません」


 フリージアは戸惑った。


「そんな筈はなかろうて。藍鼠の巻毛に水宝玉の瞳、袖広のローブに茶色のアンクルブーツ。秘剣滝割(たきわり)の習得を目指して毎日通って来よるだろう?」

「見た目はそうですが」


 フリージアは否定する。


「そこもとは、デュラム領の領主館より来たりし見習い剣士よな?」

「確かに、デュラム領の領主館より来ましたが、私は受験準備中の魔法使いです」

「また何を言い出すやら?そこもとらしくもない」


 フリージアはただただ困惑して、金色の瞳を見上げるしかなかった。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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