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99話 一人旅がしたい






「それなら、部隊を連れてって下さい」




 蒼天本部のアルスの執務室で、向かい側に立つローナとバロンは少し怒ったような顔をしていた。

四霊山に行くことを告げた結果である。




「いや、とりあえずは一人でいいかな」


「駄目です殿下………御身になにかあっては………」


「総帥の言う通りですよ殿下………せめても幹部から数人お供に連れてって下さい」


「………だが、断る」


「「殿下っ!!!」」


「だって…………」


「だって?」


「だって、なんですか?」




 アルスは珍しくまったく二人の意見を聞かなかった。

まるで駄々っ子のようである。

こんなアルスはあまり見ないので二人は困り顔である。

しかし…………アルスは折れない。




「だって……………一人旅がしたいんだー!!!!」


「「はい!?」」




 アルスはどうしても一人旅がしたかった。

よくよく考えれば異世界人であるアルス、最初の頃は旅に出たいと常々思っていた。

だが、南大陸での慌ただしい生活や人族と魔族との戦争、さらにはいつの間にか王族になり、と思えば使徒になり、皇太子になり、と本当に全く持って忙しない第二の人生を歩んでいた。




 今まで我儘を言ったこともない。




 本当は世界を旅したり、未知の場所に一人で挑みたい。

だが、それを周りは許さない。

でも、今回は明確な理由がある。

だからこそ………アルスは折れない。




「お子様なのですか?殿下」


「昔のローナは今の俺より歳上だったがお子様だったぞ?」


「ぐぬ…………それとこれとは」


「殿下!貴方はベルゼビュート大魔帝国の次期皇帝なのですよ?それに創造神様の使徒なのです。どうか………ご自重してください。」


「俺がまず誰よりも強くならないと今後力を蓄えてくる邪神の使徒達と戦えないだろ?」


「それはそうですが、共に戦う我々も同じです」


「わかった。ではこうしよう。まずは一人で行く………で、様子を見てくるから、皆を連れて行けそうならその時は連れて行くさ」


「そ、それでは何も変わらないではないですか!」




 珍しくバロンが声を荒らげた。

それ程までにアルスを心配しているのだ。

しかし折れるつもりのないアルスは、普段なら気を使って言わないが、確実に二人を黙らせる為に口を開く。




「では聞くが、蒼天の面々は俺と肩を並べられる程なのか?」


「「………………」」


「心配なのはわかる。だがな、正直今のままでは足手まといだ。逆に危険だとは思わないか?俺一人なら逃げ帰ることなど容易い。だが守るものが多くなればそう簡単な話ではなくなる」


「「………………」」


「だから、俺は一人で行く」





 アルスはそう言って二人を下がらせた。

二人が出て行った後に、二人の思い詰めた顔を思い出して少し悪いことをしたなとは思った。

だが、それよりも少年のような冒険心が勝っていた。

















 アルスの執務室から出た二人は部屋の外で立ち止まり下を向いていた。

静かな廊下に奥歯がギリリと鳴る音がする。




「不甲斐ないな………バロン」


「…………本来なら付いていくべきでしょうが、殿下の意見も一理ありますね」


「私ですら殿下とは格がまったく違う………それを分かっているから悔しい」


「我々も、今まで以上に強くならなくてはいけないですね。下の者達だけでなく我々も……」


「殿下に付いてきてくれと言われるように………必ず、強くなるぞバロン」


「はい………総帥」




 廊下を歩き出した二人の顔は、それまでとはまったく違った。

荒武者のように覚悟を決めたその顔は、二人の決意の証でもあった。




 その日から蒼天の訓練が数倍厳しくなったのは言うまでもない。




 また、殿下不在の幹部会でそのことを語った二人に他の幹部達も奥歯を噛み締めた。

そして、蒼天の幹部達は改めて決意を新たにする。




“必ずや、殿下の後を追えるまでに強くなる”




 皆がそう心に誓ったのである。






 















 その日の夜、城にアルスの客が来たとメイドが報告をしてきた。

そんな予定はなかったはずなのだが。




 とりあえず向かうか……と客が通されるであろう部屋に向かって歩きだす。

その途中で別のメイドが現れその客の正体が分かった。




「殿下………ロクシュリア様が来ています」


「なんだ……シュリアか」



 

 誰かと思えばアルスの婚約者である創真教の教皇ロクシュリアが来ているらしい。

なんの前触れもなかったが、婚約してからは割とそういう事があったので気にはしない。




 しかし、ここ最近はめっきり来なくなっていたロクシュリアがなぜ急に来たのだろうか。




 応接室に着く前に、アルスの前にロクシュリアが現れた。

そして、ロクシュリアはアルスを見つけてニコッと微笑み………そして、駆け出した。




 割と恥ずかしがり屋でクールな印象が強いロクシュリアが廊下を走って向かってくるのを見てアルスは何事かと首を傾げる。

が、ロクシュリアはアルスの前で停止することもなくそのまま胸に飛びつく。

それをアルスは優しく受け止めた。




「どうしたんだシュリア?」


「ついに……」


「ついに?」


「終わりました!!」


「主語がないから分からないんだが?」


「あっ!!えっと、ついに引き継ぎが終わりました。」


「引き継ぎ?」


「はい!枢機卿に全ての引き継ぎが完了しました!!」


「なるほど………つまり、」


「はい!!やっと結婚できます!!アルスくん!!!」





 抱きついて胸に顔を埋めていたロクシュリアが顔を離してアルスを見つめ、そう言って微笑んだ。





「終わったので一目散にここに来ました!」


「道理で勢いが凄いわけだな」


「嬉しい……?アルスくん」


「そんな不安な顔するな。嬉しいに決まってるだろ」


「ふふ………よかった!!」





 メイド達はその若き二人を微笑ましそうに眺めていた。

そこにいる二人は教皇と皇太子ではなく、普通の少年と少女に見えた。

だが、とても輝いて見える。





「シュリア………」


「はい………」





 ロクシュリアを一旦離してアルスが少し距離を空けた。

その真面目な空気にロクシュリアだけでなくなぜかメイド達も背筋を伸ばした。




「これからは二人で共に人生を歩んでいこう……結婚しようロクシュリア」


「はい…………どんな困難も二人でなら乗り越えられます。宜しくお願いしますアルスくん」




 城の廊下。

ロマンチックもクソもないが、二人にとってそんなことは些細な事であった。

それよりも今は明確に結婚という言葉を噛み締めたい。

二人が笑い合う姿を見て何人かのメイドは泣き、何人かのメイドは“尊い……”と胸の前で手をぎゅっと握りしめた。














 それから少しして、夏期休暇の1日目。



 

 大々的に世界各国に発表され、大魔帝国の貴族、平民、はたまた観光で来ていた他大陸の者達、創真教の修道士や信徒、多くの人々が集まる中、二人の結婚式が開かれる。




 世界が最も注目している婚姻。




 その瞬間に立ち会えるのだと震える人も少なくはない。

そんな過去の歴史にも超えるものがない程の規模の結婚式。







 当の本人達は人並みに緊張した面持ちをしていた。

















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