69話 フレイ
この天空都市に他の生物も害ある存在もいない、と聞かされアルスはバステに連れられて寝ているクロを起こすことなく建物内に戻った。
そして、連れてこられたのは最上部。
そこは屋上庭園だった。
どんな凄い景色が!!と期待に染まっていたアルスはその光景を見て絶句した。
透き通った大きな池は凍りつき、木々は枯れて朽ち果て、花々は黒ずんでいた。
「ここは?」
「ここは、至高の庭園と呼ばれていた場所ニャ」
「至高の庭園?」
「今はこんな姿だけど、昔はどの庭園よりも凄かったニャ」
「じゃあなんでこんな事に?」
「……フレイが。悲しみに暮れたから」
フレイとはあの少女の事だ。
その子が悲しみに暮れたから、こうなったのだろうか?
それ以上説明する気がないのはバステを見て分かった。
「ここは、私が好きだった場所」
いつの間にかバステが居なくなり、代わりにフレイと呼ばれた少女が立っていた。
「でも、もう元の姿にはならない」
「キミが悲しみに暮れたから?」
「ふふっ そうだね」
悲しそうに至高の庭園だった場所を見つめるフレイ。
「人も、獣も、神も、私は嫌いになった。その想いがこの庭園……」
「………そっか」
「聞かないんだね」
「聞かれたくなさそうだからな」
「………キミは不思議」
フレイがアルスに近寄りその目を見つめる。
「悲しい未来が見える」
「悲しい未来?」
「………本当に神も人もどこの世界でも愚かで、何も変わらない」
「………?」
「大切な人を、傷付けることになる」
「え?」
「でも、キミは悪くない」
「それって、どういう?」
「貴方は……なんで怒らないの?」
「?」
「人間の傲慢で始まった戦争、人間の浅ましい計画で誘拐され、幼子でありながら獣渦巻く森に放置され、それでも成長して、今度は家族ごと国から裏切られて、勝手に創造神の使徒にされて、邪神と戦わされて、なんで怒らないの?」
「なんで、それを……」
なぜ、フレイは自分のことをここまで知っているのだろうか。
初めて会ったのに………。
そんな疑問はあるが、それでもなぜ怒らないのか、という質問の方が頭に残った。
「人間を邪神ごと滅ぼしてもいいはず。それほどまでにキミの人生は神や人々によって弄ばれた」
「……まぁそういう考えもあるな。だけど…」
「だけど?」
「人間にも、魔族にも、獣人にも、エルフにも、ドワーフにも、動物にも、魔物にも、そして神にも。悪いやつもいれば、良いやつもいる。それを知っているからな」
「良いやつ?」
「あぁ、人族の父さんや母さん、妹のメルはとても心優しいし、捨て子だった俺を愛してくれた。魔族の父上、母上も生きているかわからない俺をずっと探してくれて帰ってきてからはそれまでの時間を埋めるように愛してくれた。俺の師匠は元龍王だし。創造神もいつも俺を気遣ってくれて祖父のように接してくれている。人族にも、魔族にも友達がいる。クロは魔物だしドラゴンだけど今は家族だし。関わった人達がどんな種族だったかなんて関係なくて、悪意を持つやつはどの種族にもいるし、善意を持つ者達もどの種族にもいるんだよ。だから、俺は自分の事を悲観もしないし、無意味に他者を恨んだりもしない。確かに捨て子なのか?って思ってしんどかった時もあるけど、それでも俺は周りにちゃんと愛されて幸せだったから…」
俺の話を聞いてフレイは困ったような顔をした。
「キミは……良い人達に出会えたんだね。でも、絶望しても………同じことが言える?」
「絶望?」
「そう例えば、キミの大切な人が無惨に目の前で殺されても……、それが起きたのがどこかの国のせいだったとしても……、キミはその国を滅ぼさない?」
「国ごとはないな……まぁ関係者は殺すと思うけど。それに………俺は大切な人を無惨に殺される事がないように精一杯頑張るさ」
「………例えそれが運命でも?」
「あぁ、運命を捻じ曲げてでも俺は大切な人達を守り抜く」
「………キミがいれば私の世界も変わったのかもしれない」
「あなたは……」
少女が光に包まれると、大人な女性に変わっていた。
女性というべきなのだろうか。
光り輝くその姿は正しく女神だった。
「私は異世界の元女神。運命の女神フレイ」
「運命の女神?」
「少し昔話をしましょうか…」
フレイはそう言ってパチンッと指を鳴らした。
すると、そこに屋根付きのテーブルセットと湯気の立つカップが置かれたテラスが現れた。
「座って」
「あー、はい」
「どうぞ!」
紅茶の入った良い香りのするティーカップをフレイから受け取り一口啜る。
そうとうにレベルの高い紅茶だとすぐにわかった、芳醇な香りと砂糖を入れていないのに少し甘さを感じる味わい。
そんな紅茶に驚いていると、フレイも一口飲んで“ふぅー”と息をついた。
「先程も述べた通り、私は運命の女神でした。運命の女神と言えば聞こえは良いですが、あくまで私は運命を司る女神であり、運命を知る女神です。けして、運命を変える女神ではないのです。それが不幸の始まりでした。」
「運命を知る女神……ですか」
「知ってしまう女神とも言えますね。私が望んだわけではないのに、私は運命を知ってしまう。幸運ともいえる運命も、そして不幸ともいえる運命も。人は争う生き物ですよね?」
「そう……ですね」
「我々の世界でも人は争う生き物でした。いや、人だけではない……人間の強欲に惑わされた神々も面白可笑しく人間に力を与え、まるで遊戯のように彼等の血で血を洗う戦いを楽しんでいました。しかし、私には彼等の運命が視えていました。大切な人を無惨な形で失う不幸、復讐の鬼と化し殺戮を繰り返す不幸、力もなくそれらに貶められ殺されていく不幸………。やがて、その世界から幸福な運命は消え去りました。変えることもできないのに、見たくなくても私にはそれが視えてしまう。そして、私は心を閉ざしました。」
なにが、女神……とフレイは悲しそうに下を向いた。
アルスはかける言葉がなくそんなフレイを見つめる。
「そして、滅亡を迎えるその世界の中で元から存在する神々とは違う信仰から生まれた私達女神もまた消え去ろうとしていました。
そんな時、あの方は私達を天空都市ごと他の世界へと旅立てるように力を貸してくれました。あの方の力によって、私とバステはこの世界に辿り着いたのです。」
「あの方っていうのは?」
「あの方は他の者など大して興味を持たない神々の中でも、私達女神にとても良くしてくださった方です。そして、私の直属の上司でもありました。」
「良い人だったんですね」
「人ではないですが……。良い神でした。」
「その後その世界はどうなったんですか?」
「無くなったでしょう文字通り。私はこちらの世界に来たのでもうわかりませんが、あそこまでの運命はもう変えられません。無に返った事でしょう。」
「………悲しいですか?」
「悲しい……のでしょうか。私はあれから運命を視るのが怖いのです視えてしまうのが。出来ることならば幸せな運命のみを視ていたいです。」
元女神であるフレイ。
彼女の悲痛な顔を見て、アルスは神も大変なんだなとしみじみ思った。
彼女が幸せになってくれることを願うしかない。
今日は夜の海辺で星を見ながら新しい話を考えていました。
その話は別日に投稿します。
皆様の明日が良い一日になるように祈っています。
暗い運命なんてぶち壊せー!w
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