63話 仮面の使徒
モルドナ王国軍兵士達はすでに敗北という文字が脳内にチラついていた。
軍務の長である大将からの良策も届いていない。
「中将閣下……いかがしますか。すでに士気もかなり低く…」
「分かっている。だが……奴らは…なんなのだ。なぜ斬っても突いても倒れん。あれではもはや魔獣を相手にしている様ではないか」
中将ルーデル・ベーレルハイムがそう嘆くようにたしかに聖信教会の軍勢は異質だった。
全員が全員血走った目を見開き、剣で斬られても、槍で突かれても、臆することも怯えることもなく無心に突撃してくる。
しかも身体能力も高い。
まるで狂戦士だが、全員がそんな固有スキルを持っているはずがない。
何かしらの秘術か、薬品だろうと推測できるが、その異質な軍勢は敵対するモルドナの兵達の心を砕く存在であった。
「ベーレルハイム中将!!大将から手紙です!!!」
慌てて作戦本部に入ってきた兵がそう言って手紙を渡してきた。
撤退にしろ、降参にしろ、これ以上兵を無駄死にさせたくないベーレルハイムはすぐに手紙を受け取ると読みだした。
そして、読めば読むほどに目を見開く。
「な、なんと書いてあったのです?」
副官が内容を気にしてベーレルハイムに声をかける。
が、ベーレルハイムは自分の脳内で色々考えているのかすぐに声を出さない。
「増援というより救援がくる。」
「なっ!?他国からですか?どこの国です」
「手紙にはどこの国かは明かせないが国王も承認した屈強かつ精鋭の軍隊が義勇兵として十個師団来るそうだ。」
「義勇兵ですか。屈強かつ精鋭……そして十個師団。それが事実なら助かりますが……、どれくらいで来るのです?」
「手紙が届く頃には着くだろうと記載されていた」
「なっ!?そんな早くそんな人数が来れるわけ………」
副官がそう言いかけたとき、手紙を持ってきたのとは別の兵が走り込んできた。
凄まじく慌ててるのが見て取れる。
「どうした?」
「ほ、報告致します!!国籍不明の軍隊が突如我軍と敵軍の間に現れました!!」
「なっ!?現れた、だと?」
「は、はい!いきなり現れました」
「それはどういう……」
慌てて作戦本部を出た中将と副官はそれを見て口を開け停止した。
報告通り、凄まじい大軍が我々と敵の間に布陣している。
ここに移動してくるまで気づかないわけがない。
で、あるとすれば………転移?
この人数で??そんな事があるわけ……
国の旗は立てていないが、全員が漆黒の鎧を着た統制のかなりとれた正しく精鋭。
凄まじい人数なのに、ビシッと並ぶその姿に確かに強いんだろうなこの軍隊は…とベーレルハイムは納得した。
それに転移で移動してきたとすれば、凄まじい魔法技術でもある。
どこぞの大国なのだろうか…。
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モルドナ王国軍の中心に構える王国軍第一師団の第七小隊。
その中でメーリア・フルフライは膝が震えるのを感じていた。
敵は強いとか強くないとかの定義ではない異質さがあった。
初めての実戦、それがこんな戦いだとは思ってもなかったし、毎日自軍の知り合いの死体を見て心が壊れかけていた。
空はあんなにも綺麗な青空なのに、私は死を待つだけ。
あぁー家族に会いたいなー。
そう思いながらもすでに涙は出ない。
いつか、王子様が来て……なんて夢を描いていた頃が懐かしい。
ボロボロになって、死を待つだけなんて、嫌だ。
今日もまたいつ戦いが始まるか分からない。
そう思っているとき、突如漆黒の鎧の大軍が目の前に現れた。
私は夢でも見ているのだろうか。
でも、周りの人達も驚いている。
知らない軍隊、どこのなにかもわからない。
背を向け並ぶ大軍を見て、なぜだろう私は少し安堵していた。
「だぁーーっ!!やっと戦いかぁ」
「ベルドールどっちが多く倒せるか勝負するかぁ?」
「いいなぁー!乗った!!負けたほうが酒奢りなー」
「よーし、んじゃやりますかぁ。」
「待ちなさい脳筋2人……開始はあの方ですよ。それに、大きな声で名前を出さない……何のために目立つ種族を省いて、全員顔まで鎧で隠してるというんだ」
集団の中からなにやら会話が聞こえるがその能天気さに驚いた。
ここは殺伐とした戦場だというのに、あの人達はまったく怯えていない。
私とは違う……
それから少しして先頭の方から突撃の声が聞こえた。
そして、そこからはまさに圧巻だった。
あれ程までに我々が苦戦していた敵をその軍勢はどんどん文字通り薙ぎ倒していく。
魔法攻撃は空を埋め尽くし敵の後方を吹き飛ばし、正面はぶつかった敵が斬り飛ばされていく。
あぁ、なんとか生き残れた。
私達はそう思い名も知らぬ軍勢の勇姿を見続けた。
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相対してすぐに後方に他よりもかなり強い奴らがいるのを感じた。
奴らが邪神の使徒なのだろう。
アルスは前線をすぐに押し通り後方の使徒の元へ向かう。
後ろからローナやベルドール、ガイゼン達幹部が追っかけてくる。
魔法攻撃が降り注ぐ後方で、その4人はアルス達を待っていた。
「何者だぁーお前らー」
大柄な黒い仮面を付けた男が大剣を肩に担ぎながらアルス達を睨む。
「いくら強くても俺等には勝てないよー神の使徒だからね」
「うんうん……私達は強いよ?」
少年と少女の声の黒仮面2人はクスクスと笑っている。
長い黒髪の銀仮面だけ何も発しない。
アルス達は何も声を出さず相対している。
創造神の使徒とその部下だと知られてもうっとおしいだけだからだ。
返答する義理はない。
ステータスを見たところ確かに邪神の使徒でかなり強いがそれでも恐れるほどではない。
ただ、銀仮面のステータスが見えなかったのだけ少し不安が残る。
「そこの真ん中のお前!!俺が相手してやるよ指揮官かなんかだろ?皆お前の挙動を気にしているからな」
大剣の黒仮面がそう言ってアルスを斧で指し示す。
アルスは無言で愛剣、雲外蒼天の神剣を抜き放つ。
その剣の神聖と禍々しさの両方の圧力に大斧の男は目を見開く。
そして、剣を抜いて臨戦態勢に入ったアルスの壮大な気配。
あー、こいつはやべぇなと男は奥歯を噛んだ。
が、すでにアルスは剣に備えられたスキルの中で最強といえる天地奏剣を発動しようとしていた。
天地奏剣はただただ超高速の斬撃である。
シンプルであるからこそ凄まじい効果を持ち、天も大地も斬り裂くのがこの技である。
「………天地奏剣」
アルスがそう呟いた後、すでにアルスはそこには立っていなかった。
アルスはすでに距離がある程度あった大剣の男の後方に立ち剣を鞘に収めている。
剣に一切汚れはなく血もついていない。
だからこそ、何が起きたのか誰にも分からなかった。
が、大剣の男は動かない。
目を見開き………後ろを見るわけでもなく虚空を見つめる。
「……おいおい。使徒って最強なんじゃねぇのか?」
大剣の男がそう呟くのと、身体が横一線に裂け出すのは同時だった。
スッと男が割れる。
絶命していると誰しもが理解したが、なぜ、どうやって、それは分からなかった。
アルスは自身の最高速に、剣のスキルである高速をさらに乗せ、超高速……正しく光の速さでただただ男を斬っただけである。
血飛沫も上がらず、剣に血も付かないほどの光速で…。
「バ、バーリス!!!!」
「へ?な、なんで」
少女と少年がここに来て初めての恐怖を声にまとう。
「何を驚いてる?そいつは死んだだけだろ……そこの少年は俺が相手しよう」
そう言ってガイゼンが大斧を担いで前に出る。
双剣の少年は死んだ大剣の男バーリスの死にまだ困惑している。
ガイゼンは人族の低い魔力と身体能力の中でも鍛え抜き魔族と渡り合っていた男である。
ハイヒューマンとなり凄まじい魔力と新たな身体を手に入れその強さは魔族を圧倒できる程である。
「お前ら!!!殺す!!!」
黒仮面の少年が双剣を抜き放つ。
魔剣であろう剣は禍々しさをだしていたが、それよりも少年の固有スキルがアルスは気になっていた。
固有スキル[敗戦の勇者]称号のようなそのスキルがどういうものなのか。
全知全能の機能である何でも辞典で確認することにした。
『固有スキル[敗戦の勇者]について』
『固有スキル[敗戦の勇者]は、HPが減れば減るだけ身体能力が上がっていくスキルです。
残り20%で身体能力が倍、残り15%で3倍、残り10%で5倍、残り5%で10倍になります。』
やっぱり聞いたら答えてくれるのか、という驚きよりも、なんちゅーとてつもないスキルだよ…という驚きが勝っている。
だが、ガイゼンはハイヒューマンになり相当強い。
なんとかなるだろう…
「女は相手にしたくないがとなるとそこの姉ちゃんは俺だな」
「……処します」
前に出たベルドールは少女に向かう。
少女もまたよくわからないスキルを持っている。
固有スキル[バトルジャンキー]
バトルジャンキー?え?ネタ?
ふさげすぎだろーそれは。
『固有スキル[バトルジャンキー]ってなに?』
『バトルジャンキーは相手に攻撃を与えた分だけ身体能力を強化するスキルです。相手のHPを減らした分と同じ%身体能力を上げます。』
なるほど、敗戦の勇者とは逆のスキルか。
これもややこしいな。
とりあえず2人はガイゼンとベルドールに任せることにしてアルスは銀仮面と向き合った。
こいつが一番厄介なのは間違いない。




