138話 あれは...巨人の、国?
もう少しポリオの他の兄弟や王とも話したかったのだが、ファナ姫がすぐに行きたいと事あるごとに俺の前に現れるので、仕方なくすぐに飛び立つことにした。
クロの上に乗っての空の旅。
ファナ姫は目を爛々と輝かせて喜びじたばたするので、本気でベルクールに説教されていた。
が、大して落ち込んだ様子はない。
エリスプリナは静かにプリプリしている。
あ、海老になったわけじゃなくて怒ってるだけだよ?
そんなこんなで俺達は王城で貰った地図をもとに空を進んでいる。
だが、この世界の地図はそこまで正確ではない。
エルフとドワーフが割と平和だとしても地図は軍事情報だ。
あまりにも正確なものはあまり出回らない。
し、渡されたのもざっくりとしたモノだった。
まぁそれにはエルフの国が魔法で隠されているという噂も関わってくるだろう。
あれは概ね事実だと思う。
魔国でもそう言われていた。
だが、結界なら天空都市での経験もある。
なんとかなる気がする。
飛び立ってからある程度進んで、今日は休むことにした。
元のメンバーだったら問題ないがさすがにファナ姫は幼い。
長距離をドラゴンに乗って移動はさすがにきついだろうと判断した。
ちょうど良さそうな湖を見つけたのでその辺に下りることにして、クロに指示を出した。
「アルス、お兄様はほんとに凄いです」
湖の近くでどこで野営をするか考えていると、ファナ姫が俺にそう言った。
唐突な言葉に首を傾げると、ファナは空を見ながら大きく息を吸う。
「アルスお兄様の話はポリオお兄様からだけでなく色んな噂で聞きました。創造神様の使徒であり、魔帝国の皇太子、民にも好かれ、そしてとても強いお方だと。そして実際に会えばそれが本当なんだとわかります。ドラゴンを仲間にして背に乗って空を飛ぶなんてまるで夢物語です。だからお兄様は凄いです!!」
一息にそう言い切ったファナの頭を優しく撫でる。
「ありがとう。でも、それでも一人では世界は救えないんだ。だからもっと多くの仲間がいる」
「その為にエルフの国に行くのですね」
「そうだ、エルフだけじゃなく他の勢力にも同盟を申し出るつもりだよ」
「私も……お役に立てればいいのですが」
「ファナ姫にはファナ姫のやるべきこと、できることがあると思うよ」
「私に、できること」
ファナはとても賢い。
うちの妹も賢いがファナは生まれ持っての王族。
教育も価値観も培ってきたものが違うのだろう。
いつか、彼女が自分のやるべきことを見つけられたら嬉しい。
きっとこの子はとても良い王族になるのだろう。
「殿下!!これ見てください。今日の晩御飯」
近くの森に入っていたベルクールが凄まじい大きさの猪?を引き摺りながらこちらに近づいてくる。
「それは?」
「イノシシ?」
「だよな……」
ベルクールも半信半疑だが確かに見た目は猪に近い。
近いがその巨体はゆうに3メートルはある。
[ほな、猪と違うか]
とはいえ、色味も茶色いし猪ぽい。フォルムも猪だ。
[ほな、猪やないか。あの焦げ茶な色味とフォルムが一致するのは猪しかおらんのよ。]
ただ、禍々しい角が両目の上に各一本ずつついている。
[ほな、猪と違うやないかい。猪の目の上に禍々しい角なんてないのよ。いくら獣といえどブタさんのお仲間さんなんだからそんな奇抜な角は生えないのよ]
とはいえ、猪が猪たる所以である牙もある。
[ほな、猪やないかい]
でも、ふんわり光ってるんだよな
[ほな、猪と違う。猪は絶対に光らないのよ。どんなファンタジー作品でも猪は猪、それが世の常。そしたら猪と違うやろ]
でも、ステータスを見たら【ダークネスホーンボア】って書いてあるんよ
[それを先に言いなさい。ボアって書いてあるなら猪やないか。もう絶対それしかないやろ]
ただベルクールが言うにはこれはニワトリじゃないかって
[絶対ちゃうやろ、もうええわ]
猪?こと、ダークネスホーンボアをベルクールと捌いて今日は焼き肉にすることにした。
こんなこともあろうかとちゃんと鉄板も持ってきている。
鉄板でジュージューと焼けるいい匂いがする。
見た目と違ってちゃんと美味しそうだ。
とはいえはたしてこの肉は食して大丈夫なのだろうか。
「ベルクール、さすがにファナ姫に食べさせる前に毒見してくれ」
「毒見って……いや、まぁ俺は胃が強いから良いが……ハフッハッ……あちっ……ん………」
「ん?」
「うまい!!!!」
ベルクールが渾身のガッツポーズを決めた。
ということは本当に美味いのだろう。
それを聞いてエリスプリナもパクっと一噛りして、顔をとろけさせた。
まだ疑いながら俺も肉をナイフで切って、ワイルドにナイフに突き刺して食べる。
あぁ、なるほど。
これは、美味過ぎる。
もはやこれはある種の罠なのではないかと思う程の濃密なコクと深み。
溢れ出る肉汁も甘い。
そして、あの見た目でなぜだと思うほどに柔らかい。
ぜひ魔国でも飼いたいくらいの美味さだ。
「これはやばいな………幻の魔獣なんじゃないか」
「あり得る……殿下この肉の余ったやつは絶対持ち帰りましょう」
「当たり前だ。絶対に持ち帰る」
「………うますぎ」
俺らの歓喜を見て、ファナ姫もついにパクリと一口食べた。
口で咀嚼しそして目を瞑る。
その瞑った目が徐々に開かれそして目を見開いた。
「こんな……こんな美味しいものが!!!」
ファナ姫はその後それ以上に喋ることもなく黙々と肉を口に入れていった。
さすがに胃もたれするし控えめにと注意したが、その制止も聞こえていない程だ。
俺は持ってきていた新鮮な野菜でサラダを作り、それを肉を食べる機械と成したファナ姫の口にこそっと入れていく。
子供は、野菜もとらなあかんのです。
まさか、こんな野営でこんなご馳走に出会えるとは……
世界は広い。
その次の日、またクロの背の上に乗り飛んでいると、クロが“ん?”と呟いた。
何か見つけたのかと辺りを見るがしかし何もいない。
クロの顔を見て問いかけようとして、クロが見ている視線に気付き俺は慌てて下を見た。
目に見えていないだけで確かにそこに何かがあるという不思議な感覚。
これは、前に経験がある。
そう、天空都市の結界だ。
エルフの国はまだまだ先だと思ったが。
慣れたもんだと俺は術式を展開して、結界を破る。
「あれは……なんだ?」
活動していない火山のようなその山は頂点から凹型に窪んでいた。
噴火口だろう。
そして、その噴火口の中に街があった。
そんな場所に街があるのか?
そもそも、渡された地図には何も書かれていない。
「エルフの国はまだ先だよな?」
「そのはずだぜ殿下」
「じゃああれはなんだ?」
「街?」
「だよな……」
ただの街ではないかなり大きな大木が密集していて、その中に住居のようなものが見える。
木の家が密集するファンタジーすぎる街。
想像のなかのエルフの国のようだった。
しかし、クロに指示を出して低空を飛んでもらうと、違う感想が出た。
でかい……途轍もなくでかいのだ。
大木も、その中の住居のようなものも、その他の街の建造物も、近くで見れば明らかに全てが巨大。
むしろこっちが縮んだのではないかという錯覚すらある。
ここは、なんなんだと思考していると住民が視界にうつった。
獣の毛皮を羽織った巨体。
原始的な服装にあまりにも似合う筋骨隆々のその住民を見て俺はとても驚いた。
「巨人……それも、あれは」
「殿下、あれは巨人なのか?俺が見たことある奴と比べ物にならないぞあれ」
「いや、間違えない。あれは古代種の巨人だ」
「古代種?」
「魔国にもいる巨人族の祖先にあたる存在。純粋な始祖の巨人族……」
ベルクールが嘘だろ?と目をぱちくりと見開く。
「いやいや、始祖って、そんな昔の巨人がなんで居るんだ」
「古い文献で見た。始祖の巨人族は千年、万年の寿命を持つと……いや、でもここ数百年、いやもっと前から現れていないはず」
そんな驚愕な話をしていると、視線に入っていたその巨人が雄叫びをあげた。
当たり前の事だった、こちらから見えているというのとはあちらからも見えている。
すると、その雄叫びに呼ばれたように周囲から続々と巨人が現れる。
数十人でこちらを見やるその巨人達に俺達はどうしたものかと思考を巡らせた。
巨人の一人が大きな槍、いや、ほとんど丸太、木と言ってもいい程の巨大なモノを持ってきた。
そして、ドンッとこっちにも聞こえるほどに踏み込み、そして振りかぶった。
「やばいぞ殿下……あれ投げてくるぞ」
「いや、わかってるって」
凄まじい速度で下から飛んでくる大槍。
慌てて俺は風の魔法を飛んでくる槍に向けて放ち寸前で軌道変えることに成功した。
横を通る時に耳を劈くような轟音が鳴った。
「どうする殿下。何人かまた槍構えたぞ」
「……クロ、高度を上げて離れてくれ」
“わかった!!”
高度を上げ雲の上に逃れた。
さすがにここまでくれば槍が届くことはないだろう。
え、ないよね?
それにしても、古代種の巨人族。
彼らを味方に出来れば……しかし、明らかに敵対されている。
その場を離れながら、考えを巡らせた。
しかし、良い案は思いつかない。
「彼らと協力出来ればいいのだが。どうにかして友好的に近づけないか……」
俺の呟きは、虚空に消えていく……と思った。
しかし、すぐにファナが良いことを思い付いたぞ!というように声を上げた、
「肉!!」
「肉??」
「あの美味しいお肉をあげよう!!」
「いやいや……さすがに」
「絶対仲良くなれる!!」
確信して胸を張る、ファナ。
さすがに無理だろうと、アルス。
面白そうだしありじゃないかと、ベルクール。
………眠い……と、エリスプリナ
アルス一行の旅は続く……




