表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
132/140

132話 呪焰に落ちる学園







 それは、昼下がりの静かな午後のことだった。





 長期休暇の最中、学生たちの賑わいも途絶え、国立魔導学園の広大な敷地は静寂に包まれていた。

誰もいない、学園。

誰も通らない、渡り廊下。



 そして、誰にも気づかれぬまま、それは発動した。




 ――轟音。




 地鳴りとともに、校舎の一部が吹き飛び、蒼い炎が瞬時に広がった。



 単純な火災ではない。

魔力が可視化した“呪焰”だ。

ただ焼き尽くすのではない、それは全てを“分解”する。

情報を、記録を、そして魔術の痕跡を。

あらゆる痕跡を根本から無に帰すための、明確な意志を持った魔法の炎。



 やがて、蒼白い炎が天を貫き、誰もがその異常に気づいたときには、既に学園敷地――そして、その地下にあったものごと、焼き尽くされていた。



 


* 


 



「……状況は?」



 焼け跡に降り立った銀髪の青年が先行していた隊員に声を掛ける。




「爆心地は中央講義棟の地下。……調べたところ、隠された地下区画がありました」


「隠された地下区画……?」



 アルスの眉がわずかに動いた。



 蒼天部隊の隊員を連れて彼が訪れた学園跡地は、今や瓦礫の山と化している。

だが、ただ破壊されたわけではない。

そこには明確に存在した。

焼け跡から検出される異常な魔力反応が――





 そして、蒼天隊の一人が、小さなケースを運んでくる。



「これを。殆ど何も残っていませんでしたが、地下から回収できた“残骸”です」




 アルスはケースを受け取り、目を細める。

魔術式の組み込まれた金属の拘束具。

細工の施された魔導具の残骸。




 



* * *


 


 調査はさらに進み、学園の敷地近くに“逃げ遅れた何者か”が発見された。



 顔は焼け爛れ、意識も薄れたその者は、識別できないほどに変質していたが――口にした言葉だけは、鮮明だった。



「教会の……為に、完成させるはずだった……のに……っ」



 アルスの拳が無言で震えた。

学園という“日常の象徴”の裏で、またあのような外道が行われていた。




 そして、誰かが気づく前に、証拠もろとも吹き飛ばされた。


 


「チッ……またやられた」


 


「殿下。今後、どうなさいますか?」

背後から歩み寄ったローナが呟いた。



 アルスは無言で焼け跡を見つめた。



 焼け跡から見つかった残留物の1つ、冊子の残骸。

それを拾い上げると、焦げた表紙にかすかに読み取れる――“名簿”。



 開くと、そこには実験体のコードナンバーが記されていた。

顔見知りの名前もある。




 アルスの指先が、ひとつ、ひとつと震えながら名前をなぞった。




 無言のまま、彼はその本を閉じ、立ち上がる。


 


「……俺が学園を離れていた隙に、こんなことが……」


「殿下?」


 アルスは振り返らず、静かに言った。


 


「絶対に許さん」



 





 


 その夜。帝都。



 帝城の地下最奥――地下牢に収監されていた者の影が、ゆるりと目を開けた。



「久しぶりですね……来てくれたのですか殿下」



 静寂の牢の中に響く。

ネブロスは微笑を浮かべていた。



 アルスは鉄格子越しにその姿を見つめる。


 


「……お前らの“目的”の燃えカスを、見てきた」


「まだ続けていたんですね。確かに未完成でしたが」


「もう終わりだ。お前らの“理想”も、“計画”も、すべて」



 ネブロスは肩を揺らして笑う。



「私はもう彼らの仲間ではありませんよ? ……見限られましたから。そもそも仲間だという意識はありませんでしたが、失敗しましたし。それと……殿下。彼らの“計画”は、多分次の段階へ進んでいます。もっとずっと……深くて、暗い世界へとね」



 その言葉に、アルスの目が冷たく細められた。



「次は、奴らが燃える番だ」


 





 


 その翌朝。

崩れた学園跡地の空を、一頭の黒い影が駆ける。




 アルスの相棒、ダークネスドラゴンのクロだ。

その背に跨りながら、アルスは学園を見つめる。



 失われた日常。焦げた記憶。だが、そのすべてを胸に、彼はまた前へ進む。


 




 これは終わりではない。


 ――始まりだ。


 戦いの、そして真実への扉の。


 




 少年は、改めて少年ではいられなくなった。


 英雄は、天を見つめて、剣を握った。


 



 そして今、新たなる戦場が、彼を待っていた。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ