132話 呪焰に落ちる学園
それは、昼下がりの静かな午後のことだった。
長期休暇の最中、学生たちの賑わいも途絶え、国立魔導学園の広大な敷地は静寂に包まれていた。
誰もいない、学園。
誰も通らない、渡り廊下。
そして、誰にも気づかれぬまま、それは発動した。
――轟音。
地鳴りとともに、校舎の一部が吹き飛び、蒼い炎が瞬時に広がった。
単純な火災ではない。
魔力が可視化した“呪焰”だ。
ただ焼き尽くすのではない、それは全てを“分解”する。
情報を、記録を、そして魔術の痕跡を。
あらゆる痕跡を根本から無に帰すための、明確な意志を持った魔法の炎。
やがて、蒼白い炎が天を貫き、誰もがその異常に気づいたときには、既に学園敷地――そして、その地下にあったものごと、焼き尽くされていた。
*
「……状況は?」
焼け跡に降り立った銀髪の青年が先行していた隊員に声を掛ける。
「爆心地は中央講義棟の地下。……調べたところ、隠された地下区画がありました」
「隠された地下区画……?」
アルスの眉がわずかに動いた。
蒼天部隊の隊員を連れて彼が訪れた学園跡地は、今や瓦礫の山と化している。
だが、ただ破壊されたわけではない。
そこには明確に存在した。
焼け跡から検出される異常な魔力反応が――
そして、蒼天隊の一人が、小さなケースを運んでくる。
「これを。殆ど何も残っていませんでしたが、地下から回収できた“残骸”です」
アルスはケースを受け取り、目を細める。
魔術式の組み込まれた金属の拘束具。
細工の施された魔導具の残骸。
* * *
調査はさらに進み、学園の敷地近くに“逃げ遅れた何者か”が発見された。
顔は焼け爛れ、意識も薄れたその者は、識別できないほどに変質していたが――口にした言葉だけは、鮮明だった。
「教会の……為に、完成させるはずだった……のに……っ」
アルスの拳が無言で震えた。
学園という“日常の象徴”の裏で、またあのような外道が行われていた。
そして、誰かが気づく前に、証拠もろとも吹き飛ばされた。
「チッ……またやられた」
「殿下。今後、どうなさいますか?」
背後から歩み寄ったローナが呟いた。
アルスは無言で焼け跡を見つめた。
焼け跡から見つかった残留物の1つ、冊子の残骸。
それを拾い上げると、焦げた表紙にかすかに読み取れる――“名簿”。
開くと、そこには実験体のコードナンバーが記されていた。
顔見知りの名前もある。
アルスの指先が、ひとつ、ひとつと震えながら名前をなぞった。
無言のまま、彼はその本を閉じ、立ち上がる。
「……俺が学園を離れていた隙に、こんなことが……」
「殿下?」
アルスは振り返らず、静かに言った。
「絶対に許さん」
*
その夜。帝都。
帝城の地下最奥――地下牢に収監されていた者の影が、ゆるりと目を開けた。
「久しぶりですね……来てくれたのですか殿下」
静寂の牢の中に響く。
ネブロスは微笑を浮かべていた。
アルスは鉄格子越しにその姿を見つめる。
「……お前らの“目的”の燃えカスを、見てきた」
「まだ続けていたんですね。確かに未完成でしたが」
「もう終わりだ。お前らの“理想”も、“計画”も、すべて」
ネブロスは肩を揺らして笑う。
「私はもう彼らの仲間ではありませんよ? ……見限られましたから。そもそも仲間だという意識はありませんでしたが、失敗しましたし。それと……殿下。彼らの“計画”は、多分次の段階へ進んでいます。もっとずっと……深くて、暗い世界へとね」
その言葉に、アルスの目が冷たく細められた。
「次は、奴らが燃える番だ」
*
その翌朝。
崩れた学園跡地の空を、一頭の黒い影が駆ける。
アルスの相棒、ダークネスドラゴンのクロだ。
その背に跨りながら、アルスは学園を見つめる。
失われた日常。焦げた記憶。だが、そのすべてを胸に、彼はまた前へ進む。
これは終わりではない。
――始まりだ。
戦いの、そして真実への扉の。
少年は、改めて少年ではいられなくなった。
英雄は、天を見つめて、剣を握った。
そして今、新たなる戦場が、彼を待っていた。




