118話 乱戦
「回復薬が保つ限りは戦ってもいいが、無理そうならお前らは引け」
アルスが後ろのアンバー、ローマン、ジス、ワーグナーに声を掛ける。
「しかし………」
「無駄死にすることはない。最悪エリに頼んで出口に向かえ。俺とベルクールでこちらはなんとかする」
「おーい!殿下ー!俺は道連れかよ」
「強い者の責務だろ?」
「良い風に言われてもな………まぁしゃーない。乗りかかった船だ。その代わり俺が最高にクールな戦いをしていたって語り継げよーお前ら!!」
アルスとベルクールの言葉にアンバーは奥歯を噛みしめる。
確かに、最悪な展開なら生き残った者達を逃がすのは必然だろう。
だが、残って戦う選択肢すら自分にはないのだなと理解してしまった。
「生き残れる可能性があるなら、それを恥じらう方が大馬鹿だと思うぞ?」
ベルクールの言葉の意味ももちろん分かる。
「そろそろ、向こうも来るみたいだな。とりあえずその事は頭に入れておいてくれ」
アルスの言葉通り天人族達はこちらに向かって来ていた。
エリがフォルオムと呼んだ一際大きな身体の天使にしては筋骨隆々な見た目の男が翼をはためかせ迫る天人族の集団から飛び出し大きな槍を握りながら迫る。
アルスもその場から加速してそれを迎え討つ。
金属のぶつかる甲高い音が響き渡る。
そこから乱戦が始まった。
天人族は十数人。
それに対するアルス達は6人。
アルスはフォルオムの槍の衝撃を感じて、こいつは強いなとすぐに理解した。
その横でフォルオムに次ぐ動きを見せた少女に本能的にベルクールがぶつかる。
「………へぇ。………強い」
「その見た目でとんでもない怪力だなお前」
「………集落で三番目に強い」
「ほう、名は?」
「………死ぬ貴方に言っても仕方ない。でも教えてあげる……私はエリスプリナ」
「俺はベルクールだ」
「………ベルクール。あなたが死んでも覚えておく」
「自信家だねぇ」
エリスプリナのレイピアのような細い剣と斬馬刀のような巨大なベルクールの大剣がぶつかる。
アンバー達もまた天人族とぶつかっていた。
フォルオムとエリスプリナ程ではないにしても、強過ぎる天人族にすぐに危機を感じる三人。
さらに、アルスとベルクールが一対一になっている現状多数を相手取らなくてはいけない。
「ぐわっ……」
ぶつかってから数十秒でジスの左腕が宙を舞った。
「ジスッ!!」
ワーグナーとローマンがジスを庇おうと試みるがそれを周りの天人族が許さない。
それを見たローマンも舌打ちした。
こんな圧倒的な敵と魔法なしでどこまで戦えるのだろうか。
アンバーも逃げの選択はなるべく早くしないといけないと悟った。
ジスがなんとか距離を置き回復薬を飲むが、それで腕が生えてくることはない。
せめて飛んだ腕を切断面に合わせることが出来れば繋ぎ止めることも出来ただろう。
だが、そんな時間はない。
ローマンもスキルによる危機察知と聴力によってなんとか致命傷を避けながら戦うがそれでも少なくない傷を負っていた。
アンバーの気配遮断もこの乱戦では殆ど通用しない。
「クソがーー!!!」
ワーグナーの渾身の斬撃が目の前の天人族を袈裟斬りにする。
が、みるみるうちにその傷も治っていく。
「んなのありかよ!!!」
ワーグナーの叫びが木霊する。
天人族は死ねない種族。
つまり、この状況で敵は一切の攻撃が通用しない。
改めてそれを理解して、不利過ぎる状況にワーグナーは戦慄を覚えた。
フォルオムと対峙するアルスもまたその不条理な攻撃無効に歯噛みする。
「どれだけ攻撃をしても無駄だ!俺達は死なない!!」
互角の斬り合いをするアルスにフォルオムは驚愕しながらも、しかし優位は変わらないと思っていた。
そして、フォルオムの槍がアルスを貫く。
「痛いなー」
しかし、アルスもまた人知を超えた回復力を持っている。
不死身とはいかないもののその凄まじい回復力にフォルオムは舌を巻く。
「化け物か?」
「こっちのセリフだ」
不毛過ぎる戦いが続くなか、アルスは内心でアンバー達は先に逃がすべきだったと感じていた。
このままではアルス以外が全滅しかねない。
「全知全能!!オート戦闘だ!」
アルスはそう叫んだ。
フォルオムはもちろんその意味を理解するものはいない。
だが、アルスの脳内には確かに返答が聞こえた。
『敵対する全ての者を対象にオート戦闘を開始します』
アルスの瞳から光が消え去る。
フォルオムはそれを感じて背筋に冷や汗を感じた。
何をした?何が起きる?
フォルオムと対峙していたアルスの動きがさらに研ぎ澄まされていく。
槍を突けばそれを寸前でふわりと交わし、身体を回転させながらの斬撃。
その速度と角度はそれまでとは比べるまでも無いほどに凄まじくフォルオムの首が吹き飛んだ。
だが、数秒すればその首も元通りになる。
しかし、その数秒をオート戦闘は見逃さない。
首を斬られて停止した身体を、足、腕、身体と次々に斬っていく。
先程まで拮抗していた戦いがアルスに向いていく。
ベルクールはちらりとその戦いを見てアルスの尋常じゃない動きに恐れを感じた。
それと同時に“あいつまだあんな力を隠していたのか……”と苦笑する。
死に体になったフォルオム。
それを見て、アルスは声を出すべく一旦オート戦闘を中断した。
オート戦闘中は声を出すことができない。
「アンバー!!引け!!」
発言はそれだけ。
それで意図してることは伝わるだろう。
アルスは再びオート戦闘を使用する。
それを受けたアンバーは一瞬の思考を振り払い退却の為に動き出した。
「殿下の命令だ!!皆、退却だ!!」
天人族達は引き始めた者らを追いかける。
が、アルスのオート戦闘は次々にフォルオムを斬り裂きながらそこで生まれた数瞬の間にアルスの意志に従うようにその追う天人族達に襲いかかる。
凄まじい速度で向かってくるアルスにアンバー達を追っていた天人族達が慌ててアルスに向き合う。
5人程と対峙したアルスは、早送りのように映る視界のなかで自身の剣が次々に敵を斬り裂くのを眺めていた。
なるほど……こういう動きもできるのか。
オート戦闘の動きは人知を超えかけているがそれでも勉強になる。
どこか他人のような視点でそう感じるアルスは今後の展開を考えながらオート戦闘による自身の戦いを眺めた。
『周囲の魔力吸収による魔法の使用不可に対する解析が94%進んでいます。解析が完了した場合HPをMPに変換して即時魔法の使用を可能にすることが可能ですが、如何しますか?』
まじ?魔法が使えるのか?
『解析が完了すれば使用可能になります』
わかった。そうなったら残HPの半分をMPに変換してくれ…
『承知しました。解析完了後、MP変換を行います。使用後、オート戦闘がクールタイムにより10分使用できなくります。』
了解だ。後どれくらいで解析は終わる?
『既に殆どの解析が終わっている為、推定で残り10分です』
よしよし、それができればなんとでもなるな。
だがその10分という時間は乱戦の状況でけして短くはなかった。
5人を足止めするアルスと復活してそれに迫るフォルオム。
数人に囲まれながらも、エリスプリナとなんとか戦闘をこなすベルクール。
そのいつ拮抗が崩れるか分からない混戦のなか、天人族の残りの者らが退却するアンバー達に向かって飛ぶ。
アルスは冷静な視点でそれを把握していた。
「ベルクール!!!!退却を援護しろ!!」
「はぁ!?こいつらどうすんだよ!!」
「俺がなんとかする!!」
全知全能!全員相手取れるか?
『一時的なら可能ですが、長時間は不可能です』
一時的でいい。
『身体に多大の負荷が生じますが、宜しいですか?』
許可する!!
アルスの動きがさらに速度を増し、フォルオムや周りの5人だけでなくベルクールに付いていたエリスプリナやその周りの天人族までをも相手取り始める。
「なっ!!また動きが」
「………こいつ、危険」
幸か不幸かフォルオムとエリスプリナはそのアルスを危険だと判断し、追手の者達以外での総攻撃を開始する。
もちろんさすがのアルスの強靭な肉体とオート戦闘による最適解な動きでもその全てを躱すのは不可能だった。
次々にアルスに凄まじい斬撃や突きが直撃していく。
それだけでなく、火魔法や風魔法などの攻撃魔法も天人族達の間をすり抜けながらアルスに当たる。
凄まじい轟音と斬撃の風切り音、強烈な痛みと魔法の閃光。
アルスはこれはさすがにやばいかもしれないと内心冷や汗を流す。
が、オート戦闘はそんなことは気にすることもなく戦いを続けていく。
ベルクールは殆どの天人族を血飛沫をあげながら相手取るアルスの戦いを後ろで感じながらも、しかし託された援護の為に追手の天人族達に迫る。
逃げながらも追われていることに気付いたワーグナーが一人立ち止まって構えを取っていた。
遠くでアルスが天人族の集団と凄まじい乱戦を繰り広げていた。
その姿に逃げ出す気持ちが薄れてきていた。
なんとか他の面々を逃さなきゃいけない。
ここで引いてはアルスに顔向けできない。
ワーグナーは大剣を構えベルクールが到着するよりも先に天人族の追手達と戦闘を開始した。




