114話 困難な道に挑み続ける
アルスが目を覚ました時、すでに辺りは夜の帳が下りていた。
焚き火からチリチリと音が鳴っている。
その周りでベルクール以外の皆が話している。
横を見ればベルクールが寝息を立てていた。
どうやら、二人共助かったらしい。
周りはまだ目が覚めたことに気付いていないがアルスはひとまず声をかけずに生きているという実感を噛み締めた。
この世界に来て、当たり前のように魔法が使えた。
それがどれほどに恵まれていたのかを再度理解した。
魔法がないというだけで、かなり危険な状態に陥るというのは今後も改めて考えていかなくてはいけない。
結婚したばかりだとというのに、すぐに離れてしまっているロクシュリアの事も考える。
もし、今回命を失っていたらロクシュリアや家族はとても悲しむだろう。
危険な事も当たり前にこなしてきていた自身の今までの行動の先に、悲しむ人が居ることもちゃんと考えるべきだろう。
天に浮かぶ星々を見つめながらアルスは息をついた。
ロクシュリアに会いたい。
こういう時に真っ先に想うのがロクシュリアだと改めて気付いて、アルスは微笑んだ。
「目が覚めたのですね殿下」
「あぁ、おはよう」
「殿下が生きていて本当によかったです」
「………さすがに無茶をしすぎた。心配をかけてすまいな皆」
アルスが目覚めたことにいち早く気付いたシルフィエッタが声を掛けてきて、身体を起こしてそれに答えた。
「ボブ大隊長とワーグナーが上空から落ちてきたお二人を受け止めたんです……」
「………なるほど。ありがとう二人共」
「いえ、当然の事をしたまでです」
「俺も身体が勝手に動いただけっすよ」
「いや、本当に助かったよ。俺とベルクールはドラゴンを倒した後のことまで気が回ってなかったからな。それより、あれは確実に倒せたんだよな?」
「はい、私とシルフィエッタで確認し、確かに絶命していました」
「総司令の言う通りです。確かにドラゴンは死んでいました……あれから動くこともありません。死体はまだあの場所にあります」
「ふぅー、よかった。」
皆が安堵に包まれる中、ワーグナーが懐から鉄製の底の浅い四角い箱を取り出した。
「おいおい、さすがに殿下の御前で煙草はダメだろ?」
「あぁー、そうっすね。すみません殿下」
それを見てローマンが言及する。
が、こちらの世界で初めて見た煙草にアルスは興味を惹かれた。
こちらの世界にもあるということはなんとなく知っていたが初めて目にする。
それを見て懐かしいと思えるのはもしかしたら以前は吸っていたのかもしれない。
「いや、それで気が落ち着くなら構わないぞ。通常の行軍とかじゃないんだ」
「いいんすか?」
「あぁ、俺にも一本くれないか?」
「で、殿下が喫煙するんですか?」
「初めてだが興味はある」
「ど、どうぞ……」
なぜか自分が吸おうとしてたときより気を使った様子でワーグナーがアルスに紙煙草とジッポに似た火をつける為のモノを渡す、
アルスは渡された煙草を見つめる。
前世知識にある白い紙に包まれたそれではなく、薄い茶色の紙に包まれたそれは筆くらいの太さがあった。
火を炊いている場所から立ち上がり皆に煙がかからないように少し離れてからそれを口に咥えて火をつける。
すぅーと煙を吸い込み肺に満たす。
少し強い気もするが、その久々の感覚に不思議な心の安らぎを感じる。
雑な作りだが味はなかなかに悪くはない。
「戦いの場でも前線で暴れ回って、野営でも一緒に魔物の肉を食らって、煙草も吸うって、皇族らしくないっすよね殿下って」
ワーグナーもタバコに火をつけ白い煙を吐き出しながらアルスに近付きそう言った。
「皇族って言われてもな。俺はそれを知らずに育ったからな………それに南大陸に居たときも兵士として行軍してその場で魔物を捌いて皆で肉を食べていた。俺はどっちかと言うとそっちのほうが好きなんだ」
「民や殿下を知らない者達が知ったら驚きますよ」
「俺のイメージってそんなに真面目なのか?」
「殿下は創造神様の使徒で、次期魔皇帝になる皇太子っすからね。革命軍を倒したときの話も有名っすよ。まさかその主犯連中を部下にするなんて………普通ならできないっすからね。だから殿下は強くて博学でそれでいて心優しきお方って言われてますよ」
「なるほどな。まぁ結果だけみたらそうかもな。蒼天の部下達……特にローナとかからはもっと自重してくれって言われるけどな」
「確かに近くで見ると印象違いますね」
「なんだ?悪口か?」
アルスがニヤつきながらワーグナーを見ると、ワーグナーは慌てて頭を振った。
「いや、俺は実際の殿下のほうが好きです」
「ほう……」
「共に戦い、むしろ最前線で命をかけて一番キツイところを受け持つ皇族。こっちも命をかけるのに躊躇いが無くなります」
「ワーグナー」
「はい?」
正面から目を見つめられてワーグナーは真面目な話になるなと姿勢を正した。
そのワーグナーの前で煙草を吸いながら空に向かって煙を吐くアルス。
ワーグナーは何の話だろうと困惑しているが、そのワーグナーにアルスは改めて視線を合わせる。
「大隊長になりたいか?」
「え……」
「これが終わったらお前を大隊長に推薦しようと考えている」
「俺が……大隊長ですか?」
「あぁ、お前なら任せられると思う。回りをフォローする視点の広さと、最前線で戦える覚悟、そして考えるよりも先に身体を動かせる胆力。お前が指揮する大隊を見てみたいと思ってな」
「俺は………素行不良っすよ?」
「そんな事関係あるのか?戦いの場で」
「………」
「俺と共に来い。蒼天でお前に大隊を与える」
「俺が、蒼天の大隊長………」
珍しく本気で驚いた顔を浮かべるワーグナー。
それを見て、アルスは微笑んだ。
「最初から大隊長に相応しい者などいない。
もちろん、それが皇族でも、使徒でもだ。与えられた場所で最上級の結果を齎す為に努力を惜しまない。その結果がその立ち位置を築いていくんだ。ワーグナー、ただお前がその道を進む覚悟があるかどうかだ」
「俺は………」
ワーグナーは視線を落として考え込んでいたが、顔を上げてアルスに視線を向けた。
「殿下が行く道を共に見たいっすね」
「普通の道よりも困難だぞ?」
「それでも、あなたの背中を追いたい…」
「そうか。なら帰ったら異動だ。蒼天の訓練は厳しいからな、覚悟決めとけよ?」
「はい」
タバコを消して先に戻っていくアルスの背中を見つめながら、ワーグナーは自身の新たな道を想像して口角を上げる。
「軍に入ってからこんなにも心が震えるのは初めてだ………。いつか、あの人に頼られる程の力をつけなくてはな。過酷な道?困難?上等じゃねぇーか」
吐いた煙が空に上がって消えていく。
そろそろ終わりを迎える煙草の火ももう消えかかっている。
だがワーグナーの覚悟は胸に残り、そして静かにだが沸々と燃えていった。
アルスが野営の場所に戻るとベルクールが座っていた。
「目を覚ましたんだなベルクール」
「生き延びたみてぇだな殿下」
「賭けに勝ったな」
「ちげーねぇ。最高にイカれてたなーハッハッハッ」
ベルクールに近付いたアルスが拳を向けるとそこにベルクールの拳がぶつかる。
「でも、楽しかったよな殿下」
「生きてることに感謝できたんだ。良い経験だ」
「あの〜殿下……あまり無茶はなさらないでください」
二人の会話にアンバーが苦言を言うがベルクールはアンバーに“それは違うぞ”と首を振った。
「あそこで俺らが二人で無茶しなきゃ全滅だった。適材適所、あれはどうしようもない」
「それは分かっているさ。自分の無力さも実感している」
「まぁそんなクヨクヨするなよ。魔法が使えない時点で普通の戦いなんてできやしねーんだ」
「あぁ」
深い沈黙が広がる。
アルスとベルクール以外の面々は少なからず不甲斐なさを感じていた。
アンバーは特に、この場での軍階級が最も高く、アルスと共に戦ったのが冒険者であるベルクールだということにも落ち込んでいた。
本来なら自分がそこで共に戦わなくてはいけなかった。
だが、ベルクールの適材適所という言葉の通りあの場で自身が魔法なしの状態でベルクールのように立ち回れたかといえばそれは否だ。
この場でアルスの次に強いのは間違えなくベルクールだろう。
「だっー!!暗い雰囲気出すんじゃねぇよお前ら!!それでも、勝ったんだろうが!!それより、ドラゴンの血抜きはしたのか?」
「いや、それどころでは」
「なに!?おいおい、ドラゴンの肉が駄目になっちまうだろうが………て、もう無理か?肉の状態見てくらぁー」
そう言って立ち上がってドラゴンの死体に向かっていくベルクール。
こんな暗がりで松明は持って行ったが、何を言ってるんだ?とアンバーは苦笑するが、アルスは“ドラゴンの肉…”と呟いている。
二人はやはり違うな……とシルフィエッタは落ち込んだ。
自分はそれどころではなかった。
何も出来なかったし、生き延びたことだけで安心していた。
二人がいくら強いと言っても明らかに困難な状況のなか当たり前のようにドラゴンに挑んでいた時も、大隊長とワグゼス小隊長が二人を救うために後先を考えるよりも先に走り出していた時も、自分はなにもできなかった。
私は、無力だ。
魔法が使えないのは皆一緒なのに。
今まで魔法だけで持て囃されてきたし、それに甘えていたのだろう。
魔法なしでの戦闘訓練もあまり積極的にはしていなかった。
そんな過去の自身に苛立ちを覚える。
駐屯地最強の魔導師。
それがなんだというのだろうか。
魔法がなくなれば自分すら守る事もできないほどに無力だというのに。
魔帝国内で魔帝陛下の次に魔法に優れ、いずれ世界最高峰の魔導師になると言われている殿下も、魔法なしであそこまで戦える。
魔法だけに驕らなかったというのが見ていれば分かる。
世界最高峰の血筋と才能を持って生まれた殿下ですら、常に成長しようとしている。
私は、何が出来るのだろうか。
そんな思考の渦に飲まれている時、殿下が暗い表情の私達を見渡して声を上げた。
「悔しいだろ……不甲斐ないか?」
怒るでもなく、しかしいつものにこやかな雰囲気でもなくそう声を掛けた殿下に皆は返す言葉がなかった。
「だったら尚更前を向け。悔しいからと過去に縛られるな。前を向いて今後の為に努力しろ。困難だと思うなら、それが困難だと思わないくらいに自分を高めろ。そして高みに至ってなお、どれだけ強くなってもどれだけ経験を積んでも壁にぶち当たる事はあるだろう。死を覚悟する状況もあるだろう。だが、それでも挑む事をやめるな。最良の結果を出す事を諦めるな。困難な道に挑み続ける……その先にしか最良の道はないと思え」
私を含めた皆が深く頷いた。
困難な道に挑み続ける。
そうやって殿下は強くなってきたのだろう。
その言葉には確かに殿下が今まで困難な状況を自力で打破してきた重みを感じた。
強くなろう。
私は改めて心にそう誓った。




