112話 対ドラゴン
炎の息吹の気配がおさまって周りのシェルターのような壁を消したアルスは周りの光景も見て絶句した。
正しくそれは焦土。
辺り一面が焼け野原になっていた。
「とりあえず耐えられてよかったな」
「あれを喰らってたらやばかったな、さすがに」
隣のベルクールもその変わり果てた光景に引き気味だった。
「で、どうする?」
「ステータスを確認したがあのドラゴンは魔法を何個か使えるみたいだ。さっきの炎息、それと飛行以外で残り2つ、炎身と炎獄。文字通りなら炎身は炎を纏う魔法だろう。炎獄はよく分からないが……危険なのは間違いない」
「魔物だけ魔法が使えるってのも卑怯だよな」
「ここがそういうダンジョンだとしたら、作った奴は相当に性格が悪い」
「ちげーねぇ。で、改めてどうなんだ?勝てる見込みは?」
「とりあえず削っていくしかないだろ。翼を破壊できれば一番なんだが………」
アルスはそう言いながら自分のステータスのスキルを改めて確認した。
固有スキル/ [創造][覇道/ LV.MAX][鍛錬の道/ LV.MAX][統率/ LV.MAX][威圧/ LV.MAX][支配/ LV.MAX][気功/ LV.MAX][自動回復/ LV.MAX][ステータス閲覧][ステータス改変]
耐性スキル/ [孤独耐性/ LV.MAX][飢餓耐性][物理攻撃耐性/ LV.MAX][魔法攻撃耐性/ LV.MAX]
攻撃で使えそうなのは創造と気功くらいか。
ここまで相手のステータスが高いと威圧も効かないだろうし。
冷静に考えてやばいな。
ドラゴンの攻撃力より俺の防御力のほうが高いし、自動回復、物理攻撃耐性、魔法攻撃耐性もあるからそう簡単に死にはしないと思うけど……
決定打に欠けるんだよな。
魔法なしでの火力ある攻撃の訓練をしておけばよかった。
「だから、どうするんだよ!!」
「これといった方法が見つからない。仕方ない…………持久戦だ」
「なっ!?まじか?」
「しか、ないだろ?」
「………しゃーない!!やるしかねーか」
アルスとベルクールは少し離れた場所で空を飛びながらギリッとこちらを睨みつけるドラゴンを一瞥する。
逃げる場所はない。
戦うしか選択肢はなく、しかも攻略法も思いつかない。
かなりピンチな状況ではあるがベルクールも、そしてアルスも口元には不敵な笑みを浮かべていた。
「こういう絶体絶命な時って、笑っちゃうんだよなぁー」
「それはわかるな」
「やっぱり殿下とは気が合いそうだ」
「俺もベルクールとは気が合いそうだと思っていた」
「で、勝てそうか?」
「勝つしかないだろ?負けるわけにはいかない」
「ハッハッハッ ちげーねーな。いっちょやりますか!」
「お前が死んでも骨は拾ってやるよ」
「死ぬ前提で話すなよ殿下………まぁでも、俺は骨になってでも勝つぜ?」
「………スケルトンになったら討伐するからな?」
「真顔で言うなよ真顔で」
この状況で軽口を叩ける二人は相当にイカれているだろう。
普通の人ならなんとかして逃げの一手を模索する。
だが、二人は逃げない。
そして、負けるつもりもなかった。
ベルクールがドラゴンに向かって走り出す。
先制攻撃をくわえるつもりのようだ。
しかし、いくら地上から近いといえど遥か上空を飛んでいる状況は変わらない。
走りながらも今後どうすればいいのかを考え続けている。
その無計画に走り出したベルクールの横をアルスが通り過ぎた。
その凄まじい速度に驚きながらもベルクールはアルスはどう戦うんだ?と様子を伺う。
アルスはベルクールの前方、数十mのところで土煙をあげながら立ち止まった。
そしてドラゴンとは逆のベルクールの方向を向いてしゃがみ込み、手を重ねて前に出す。
アルスの前世的な感覚でいえばバレーボールのレシーブのような構えである。
その突然のアルスの行動を見たベルクールは“なるほど”と頷きながら無言でそれに納得してさらに加速する。
ある意味で阿吽の呼吸で同じことを考えついた二人。
加速したベルクールがそのままの勢いで跳び上がり、アルスの重ねた手の上に寸分の狂いもなく着地する。
ベルクールなら理解するだろうと思っていたアルスは手の上に着地したベルクールを全力で上空に打ち上げる。
傍から見ればなぜいきなりそんな連携が相談無くできたのかは分からない。
しかし、二人にはそれが可能だった。
似た思考を持つ者同士だからだろうか。
アルスに打ち上げられたベルク
ールは、アルスの繊細かつ最適なドラゴンへのルートに乗って空を飛びながら大剣を振り上げる。
当のドラゴンは突然物凄い勢いで飛んできた人間に驚いている。
その驚愕に固まった一瞬を見逃すことなく、ベルクールはドラゴンの頭に重い一撃をくわえる。
剣から鳴ったとは思えない打撃音が響き渡る。
ベルクールはそのまま重力に従って落下を開始している。
的確にヒットしたと思われた斬撃、しかし落下中のベルクールも下から様子を見ていたアルスも顔は険しい。
確かに頭に直撃したその攻撃はドラゴンの硬い皮膚によって阻まれ、少し鱗が吹き飛んだ程度で済んでいた。
血の一滴も流れてはいない。
落下してきているベルクールの落下位置に向かって駆け出したアルスは少し跳躍して大柄なベルクールを片手で軽々と受け止めると、ふわりと地面に着地した。
「かなり全力で振るったんだがな」
「魔法による強化がないとな……にしても相当硬そうだな」
「何度もやったら俺の剣が折れそうだ」
「………交代だ」
「おーけー!任せろ」
少ない会話で次の段取りを決めた二人。
怒りに満ちた表情で二人を睨みつけながらまた息を吸い込みだしたドラゴンを意識しながら、アルスはベルクールから距離を置き、そして再度ベルクールの元へ全力で走る。
ベルクールが今度はレシーブのような構えを取り、それを迎える。
先程のベルクールの駆け足より明らかに速いアルスに、“合わせる方のことも考えろよー”と小声でボヤきながらも、手の上に着地してきた凄まじい衝撃を感じながらベルクールはアルスをドラゴンに向かって打ち上げる。
「殿………いや………てめぇ!!もっとこっちの事も考えやがれよぉおおお!」
「ナイスだベルクール!!!!」
上空に打ち上げられたアルスは、使いたくなかったが仕方ない……と全身に気功を巡らせる。
剣の付与魔法も使えず、ベルクールの斬撃でも斬れない硬さ、その中でアルスが選んだ攻撃は全身に気を張り巡らせての拳である。
内部を破壊することに優れた気功によってドラゴンの頭蓋骨を砕こうという考えである。
しかし、ベルクールから先程攻撃を受けたばかりのドラゴンもまた飛んでくる人間に対して攻撃を与えようと思っていた。
息を吸い込むドラゴン。
アルスも炎息を使おうとしていることは分かっている。
その前になんとかしてベルクールが鱗をはいだ部分に自身の拳を叩き込みたい。
その一人と一体の思考の中での攻防は、時間にすれば正しく一瞬だった。
そして、先に攻撃を繰り出したのはアルスだった。
先程のベルクールの斬撃よりも大きな轟音が響き渡る。
炎息を放ちかけていたドラゴンの開きかけた口が頭部の衝撃で閉じ、閉じた口から溢れ出す業火が口の外に漏れ出す。
しかしその直後、衝撃でグラつき混乱状態に陥いったドラゴンの起死回生のブレスが攻撃を放って無防備になったアルスに直撃する。
ブレスを正面から浴びて火の玉のように全身燃え上がったアルスが重力に従って自然落下するのを、ベルクールは慌てて受け止めようと落下位置に向かって走り出す。
が、受け止めたら火が燃え移るのは必然といえる。
それでもベルクールは気にせず落下してくるアルスを受け止めた。
自分に燃え移る炎を気に留めることもなく、アルスの炎を消火するベルクール。
「大丈夫か?」
「直撃したな………それより、やつは?」
「あぁー、まだ動けそうだぞ」
ベルクールの視線の先でドラゴンは額から血を流しながらも目をギラつかせて浮かんでいる。
それでも、致命傷とはいえないが二人の攻撃によってある程度のダメージは受けているように見えた。
魔法が使えないため水を生み出すことも出来ず、大地を転がりながら火をなんとか消火した二人は重い腰を上げてドラゴンを睨みつけた。
ベルクールはアルスの凄まじい回復力に驚きながら、まだなんとか戦えると強い意志を固める。
ドラゴンのブレスによって残りの周囲の魔物が一掃され、少し離れた所で二人を見守るアンバー達魔帝国軍の面々もその壮絶な戦いの幕開けに無力な自身を憂いて奥歯を噛みしめる。
ドラゴンとの戦いはまだまだ始まったばかりであった。




