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107話 私はその日、英雄を見た。






 私はその日、英雄を見た。






 国を出て、魔国に辿り着いてから数年。

国でも一番有望な魔法使いと言われていた私は祖国を出て魔国に辿り着き、魔導師として軍に入隊して我武者羅に頑張ってきた。

祖国に居ても何も変わらない。

私はもっと大きい世界が見たかった。





 そして、いずれ物語のような英雄と出会うことを夢見ていた。




 でも、物語のような綺麗な部分だけではないことをすぐに知った。

仲間が、上官が、部下が、昨日まで明るく語り合っていた者が簡単に死んでしまう。




 それが戦場。







 友人が内乱の軍勢のスパイだった。


 上官が我々を見捨てて逃げた。


 私の指示で部下が死んだ。



 そんな薄汚れていて血生臭い日々に私はいつからか心が擦れていくのを感じた。

だけど、そんな私の心とは裏腹に私は軍の中でどんどん立場が上がっていった。





「シルフィエッタ小隊長……君を中隊長に任命し、四霊山駐屯地に異動とする。」





 内乱が無くなり平和になった我が国の中で、四霊山駐屯地は最も死者数が多い危険区域である。

その駐屯地で中隊長になる。

私は泥沼にハマってしまった事に気付いた。




 しかし、じゃあ祖国に戻るか?

と問われれば、それは否だ。




 祖国に戻り、水面下の攻防に付き合わされ、見知らぬ貴族と結婚する。

そんな未来は私は嫌だった。




 祖国を捨てた頃、夢見ていた英雄。

それから幾年が過ぎ、そんな人はいないのだと薄々気付いていた。

それでも、そんな出会いを夢見ることでしか現実の嫌なことを忘れることは出来ない。






「Sランク冒険者パーティーに続き、SSランクの冒険者も行方不明になりました。どうしますか?隊長」


「上から捜索隊を出すように言われている。任せてもいい?ロカルド」


「わかりました。人員はどうします?」


「第一小隊から第三小隊までを連れて行って。危険があればすぐに引き返して構わない。」


「はっ!!」





 その指示を出してから数日経っても、副隊長のロカルドを含む三個小隊は戻って来なかった。

何故あのとき私はもっと情報を精査してから送り出さなかったのか。

その日からそのことばかり考えていた。





「総司令!!捜索隊を出させて下さい!」


「シルフィエッタ中隊長……今は動くときではない。本部からの連絡待ちだ。せめてそれがあるまでは我慢してくれ」


「しかし………」


「状況が分からないんだ。下手に動けば二の舞いになりかねない」


「………はい」


「私だって、なんとかしたい。気持ちは同じなんだ………」





 総司令もまた疲れきった顔をしていた。

その後、駐屯地に皇太子殿下が来たという噂を聞いた。

捜索隊について直訴できないかと考えた。

もし、殿下が許可を出せばすぐにでも捜索隊を出すことができる。

しかし、ただの中隊長である私が皇太子殿下に会えるわけがない。

それに会えたとしてもそんな直訴が通るわけがない。

不敬罪の可能性すらある。




 私は駐屯地の中にある自室で、頭を抱えていた。




 コンコンッというノックの音がして、ここが自室だったのだと思い出した。

それ程までに心はここになかった。




 部屋を訪ねてきたのは総司令だった。

駐屯地の司令官である、わざわざ中隊長の部屋に来ることなどない。

今までそんな事はまったくなかった。

扉を開けて“中へ入っても?”と聞かれ“どうぞ”と言うと総司令は立っている私にベッドに座るように言って自分は目の前の椅子に腰掛けた。




「急な訪問ですまない………話がある。そこまで畏まる必要はない。楽にしてくれ」


「わざわざここまで来るということは緊急な話ですか?」


「そうだ………殿下が四霊山に入る」


「え?」


「私もお止めした。だが、殿下は一刻を争う状況なら自ら行くのが最善だと………」


「しかし………」


「魔法が使えない可能性も、全て説明した。それを踏まえて行くと仰られている。せめても私は部隊を付けたいと言ったのだが、であるなら少数精鋭で行くと。編成を任された。出発は明日の早朝。私も参加するつもりだ。君はどうする?もちろん強制ではない。君の意思で選んでくれ………もしかしたら死地になるかもしれない」




 なぜ、殿下自ら?とか

総司令まで行くの?とか

色々と疑問はあった。

だけど、私は自然とこう口にしていた。




「行きます!私も………」

















 魔法が使えなくなれば魔導師である私は無力。

スキルを使えたとして、焼け石に水。

今まで培ってきた経験はある。

弓を扱うのも得意だ。

だが、四霊山の上位種に通用するか?と問われれば否。

それでも私は行くことに決めた。





 覚悟を決め、四霊山に入ったのに魔法が本当に使えないという事態に少なからず冷や汗が出た。

私だけではない総司令も大隊長もジスもワーグナーも皆それなりに困惑と焦りを感じていた。

でも、一番先頭を歩く殿下は飄々としていた。

気負うことも恐れた雰囲気もなく、なぜ?どうして?どうする?そればかりを考えていた。

怖がるだけの私とは違う。





 オーガキングが現れた時、私は少なからず死を感じた。

魔法が使えさえすればこのメンバーなら倒す事はできるだろう。

だが、魔法なしでオーガキングのあの硬い皮膚に剣は通るのだろうか?

矢は刺さるのだろうか?

四霊山のAランクともなれば精鋭の小隊規模で討伐するのが最もポピュラー。

それも魔法ありきでの話。




 本能的に後退った私と反対に殿下は一歩前に出た。

そして、一人で行くと言う。

総司令が止めようとしていた。




 そこからはまるで時間がスローモーションになっているかのようだった。

ゆっくりと過ぎ去る時間の中で、突然消えた殿下。

無意識にオーガキングに向けた視線の先で、その時にはすでにその巨体の頭部は宙を舞い、殿下は剣を鞘に戻していた。




 一瞬だった。




 瞬きもしていないはずなのに、正しく一瞬。

何が起きたのか分からなかった。

いや、状況を見れば察することは出来る。

殿下が元居た場所には窪みが出来ているし土煙が上がっている。

そして、剣を使ったとなれば斬ったのだろう。

あの一瞬で魔法なしで一気に肉薄し首を一閃。

それはもはや、神業だった。




 それを見た時から、私を含め皆の殿下を見る目にさらなる尊敬がのった。

これが、大魔帝国皇帝……魔帝の息子。

次期皇帝になる人物。




 何かわからない震えが身体を駆け巡る感覚を感じた。
















 霧を抜けた先はまさに死地だった。

千以上はいるであろう魔物。

それも、雑多なモノではない。

その殆どがA〜Bランク。

対するこちらは6人。




 勝てる道筋が全く見えない。




 そんな時も真っ先に突っ込んでいったのは殿下だった。

本来なら指示を飛ばすだけで安全な場所に居るべき立場なのに、あの御方は自分がまず最初に飛び込む。

それによって私達は当然のように後を追った。




 そこからはさらなる地獄だった。

ボロボロになりながら魔物を倒し続けてどれくらい経ったか。

体感で1時間か2時間は経ったはずだ。

だが、魔物が減った感じがしない。




「痛っ!!」




 ウルフ系の魔物に左足を噛まれた。

額に短剣を刺し込みなんとかその魔物を倒したが私はもう立っているのもやっと。

慌てて腰のポーチから回復薬を取ろうとした。

だが、そこに回復薬はもうなかった。




 あぁ、死ぬ。




 祖国から離れたこの土地で、私は。

でも、これも運命なのかもしれない。

色んな出会いができた。

最後に英雄かもしれない人を見ることができた。

もう私は…………





 グワンッと身体が宙に浮く感覚を感じて慌てて周りを見るとローマン大隊長に抱えられていた。





 どうやら殿下が退却を命じたらしい。

私には退却の指示は耳に入っていなかった。

ローマン大隊長に抱えられて魔物から離れていく中で私は安堵していた。




 顔が濡れる。




 涙が溢れていた。

私は、やはりまだ死にたくなかったのかもしれない。

















 退却した私達に、殿下から指示を受けたワーグナーから衝撃の報告があった。




 殿下はまだ戦っている。




 確かに魔物に追われることがなかった。

全てを引き付けて、私達を逃した?

なぜ…………そんなことができるのか。




 総司令の言葉で我々はいち早く戻る為に休息をとった。

まだかなりの数の魔物がいる。

その中で魔法なしで一人で戦っている人がいる。

早く、早く治って!!

あんなにも怖かった場所に、少しでも早く戻れるように私はそう願った。




「殿下の雰囲気が変わった………」




 ワーグナーがそう言った。




「確かに。動きがさらに良くなったのか?」




 総司令もそれを肯定する。




 確かにそう言われれば殿下の動きがさらに鋭くなったように感じる。

あれだけずっと戦っているのに、ここに来て精度が増すなんて。




 驚愕しながらしかし目を離せない私達の視線の先で殿下が次々に魔物を討ち取っていく。

オーガの首を跳ね、アイアンブルの額に剣を突き刺し、ゴブリンキングの後頭部を掴み地面に叩きつけ、レッサードラゴンの喉を裂き、その全ての動きが最速にして洗練されていて凄まじく鮮やかに見えた。




「人間業じゃねぇー」


「あれはやべえわ」




 ジスとワーグナーが引き気味にそう呟く。




 総司令と大隊長は口をあんぐり開けている。

私も驚愕だった。

6人掛かりで減らなかったあの魔物達が明らかに減ってきているからだ。

それをたった一人で。




 そして、殿下は巨大な身体のサイクロプスを討ち取った。




 いち早く戻りたいと思っていた私達が戻るタイミングを失うほどにその戦いは壮絶で凄まじかった。





 サイクロプスを倒した殿下がこちら側とは反対の森のような場所に向かって走っていた。

そして、少ししてこちらに戻ってくる。




 次の魔物は現れなかった。




 私達は心から安堵した。




 そして、歓喜に震えた。

だが、こちらに向かって歩いていた殿下がふいにふらっと揺れて倒れた。

遠目からでもピクリとも動いていない。








 私達は無言のまま、殿下に向かって走った。













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