回想:チートレベリング その3
もし……。
もしも、だ。
今の俺を見ている人間がいるとしたら、そいつはこう評することだろう。
――上に向かって落ちていく変態。
……と。
空高くフライハイしているというのに、どうして「落ちていく」なのか、疑問に思う方もいるだろう。
しかしながら、俺は今、特撮ヒーローのように腕を伸ばして格好良く飛翔しているわけではない。
むしろ、ややへっぴり腰になってこの場で唯一、なんとなく頼りになる物――手にした棒を必死に握り締めた姿で急上昇しているのだ。
この様は、古き良き横スクロールアクションにおける落下死を、逆再生しているように映るはずである。
ゆえに――「落ちていく」。
それに、俺自身の感覚としても――これはまったく予想外なことだが――落下していく感覚に近い。
なんとなれば、腹へ収まった臓物全てを、上へ向けて引っ張っているような感覚があるからであった。
つまり、上方向へのGを感じているということ。
通常、急上昇しているならば、下へ向けて押し潰されるようなGを感じるもの。
では、どうして俺がこのような感覚に囚われているのか?
それは、この現象が見た通りの物理的なものではないからだろう。
すなわち――ワープ。
「――くっ!?」
その証拠に、成層圏にまで達するのではないかと思うほど上昇していた俺は、ふとした瞬間、地面へと着地を果たしていたのである。
「ふぅー……。
タイミングを覚えてなかったら、顔から叩きつけられている場面だな」
両足と手にしていた棒の三点で体を支えながら、つぶやく。
20年のリメイク版発売当時、RTAの生放送で何度となくこのバグ技は行ったからな。
ストップウォッチなどで計るまでもなく、着地のタイミングは身に染みついていた。
「ともかく、成功したか……。
やっぱり、『セイントソード・サガ3』といえば、バグだよなあ。
2ほどじゃないけど」
周囲を見回しながら、喜びの声を漏らす俺だ。
そう……。
『セイントソード・サガ3』及び『2』は、90年代当時、バグが多いゲームとして有名だった。
理由は担当しているのが、バグの神とすら呼ばれている天才プログラマーだから。
なんでバグの神なのに天才なの? と思われるかもしれないが、彼のプログラミングは、バグ挙動すら利用しているところがあるのだ。
それによって、『セイントソード・サガ2』では、ドット絵全盛期だというのに、3D飛行しているようにしか見えないグラフィックを実現したりしてたんだよな。
代償というか、ボス撃破直後に操作キャラ変えると、進行不能になったりするけど!
閑話休題。
というわけで、90年代の発売当時はバグのデパートとすら呼ばれた『2』及び『3』であるが、進行不能系以外にも、プレイヤーにとって有意なバグが存在した。
その一つが、今行ったディースシナリオ初期ワープバグ。
「多分、テストプレイ用に用意した技なんだろうな。
他の主人公にも似たようなスポットがあるんだろうけど、ディースシナリオだけ発売当時に潰し忘れた。
多分、ローファンの滅亡前後でマップセットを入れ替えるからか」
味も素っ気もなく、狭苦しい洞窟内を見回しながら、つぶやく。
ちなみに、光なき洞窟内で視界がきくのは、光ゴケというのが、そこかしこに生えてるから。
原作ゲームでは、理由なく視界がきいてたからな。
「――ピギッ」
そして、そんな俺と目があったのが、一匹のラビット。
ただし、通常の個体ではない。
その体は、白銀に輝く流体金属じみたものとなっている。
――メタルラビット。
驚くなかれ。そのレベルたるや、驚愕の50。
ならば、相応の実力があるのか?
……そうではない。
「えい」
「――ピギッ」
無造作に近付いた俺が短剣で刺すと、メタルラビットはそれが運命であるかのように無抵抗。
それでいて、金属的な光沢の体は、裏腹に一切の固さを感じさせず、するりと刃を飲み込んだ。
そして――閃光。
たった一撃で致命傷を受けたメタルラビットの肉体が消滅し、経験値となって俺の体に取り込まれたのである。
だが、この熱量は、通常種のラビットとは比べ物にならない!
「うおおおおおっ!?」
全身を巡る血流か、あるいは全身の細胞そのものが沸騰したような感覚!
視界は真っ白に染まり、脳内を前世と今世の記憶が目まぐるしく駆け巡った。
まるで、あらゆる新陳代謝が超高速で行われているかのようだ!
五分……いや、十分か?
どのくらい、一人でもだえていたのかは分からない。
だが、ようやく感覚が収まった時、俺は、圧倒的なパワーを得た実感に包まれていたのである。
その証拠に、適当な石を持ち上げた。
「――むん!」
力を入れてやると、それが、たやすく砕け散る。
まるで、豆腐を握り潰したかのようだ。
「レベルアップしている……明らかに」
口角が上がってくるのを、抑えられない。
そう、俺は今、通常では考えられないほどのレベルアップを果たしたのであった。
おそらく、今のレベルは……。
「原作ゲームと同じなら、俺は今、レベル18になっているはずだ。
このメタルラビットを倒すと、強制的にレベル18となるからな」
そうなのである。
先につぶやいた通り、ここはオリジナル版においてテストプレイのため用意された場所で、フルリメイク版でも半ばジョークとして再現されていたスポット。
目的は――レベルアップ。
あのメタルラビットは、そのためだけに用意された一切行動しないモンスターだ。
快適なテストプレイのため、デバッガーはここでレベルを大幅に上げていたのであった。
ちなみに、城下町へ帰るには『マジックロープ』というアイテムが必要で、当然、俺はそれを持参している。
なかった場合、閉じ込められて進行不能になってしまう。
これもまた、『セイントソード・サガ』らしい仕様であった。
だが、まだロープは使わない。
メタルラビットがいたよりもさらに奥に、お目当てのものが存在するからである。
「あったぞ。
聖域の女神像」
そこにあったのは、女神エーテルを象った石像。
聖樹の女神エーテルを象った像は世界各地にあり、原作ゲームでは回復及びセーブポイントとして機能しているが、それらは金か銀の色をしていた。
完全な石の像であるのは、ゲーム後半に登場する聖域という場所のそれのみ。
そして、この石像は、回復よりもセーブよりも重要な、ある機能を備えているのだ。
すなわち……。
「レベル18がクラスチェンジの条件。
できるか……?」
『セイントソード・サガ3』の主人公たちは、レベル18となり、各地のセイントストーンやこの石像へ触れることで、クラスチェンジを果たすことができる。
そして、クラスチェンジ後は、もはやまったく別のキャラクターであると言っても過言ではないほど、目に見えて強くなるのだ。
「原作ゲーム内でも、主人公たち以外に、彼らの親世代がクラスチェンジしていることを明言されていたが、揃いも揃って英傑なんだよな。
ガチ一般人の俺が、彼らのようにクラスチェンジできるだろうか……?」
つぶやきながら、石像へと触れた。
質素なローブをまとい、背中から小さな翼を生やしたたおやかな女性の像は――温かい。
まるで、石ではなく、生物であるかのようだ。
「――うおっ!?」
そして、女神像は全身からまばゆい光を発し、俺はそれに飲み込まれ――。
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かくして、現在のローファンにおいては圧倒的な実力――レベル18となった俺は今、ディースの婿として皆から祝福されている。
今、ディースが絡めてきている小指の体温……。
俺はこれを、生涯忘れることがないだろう。




