回想:チートレベリング その2
コンピュータRPGを遊んでいて、多くの人が一度は思う疑問の一つとして、このようなものが挙げられるだろう。
すなわち……。
――世界、小さ過ぎない?
この問題である。
ゲーム内における世界は、小さい。
ことに、ドット絵時代のRPGはそれが顕著で、95年発売当時の『セイントソード・サガ3』も、登場人物の歩数で全マップを真面目に計算したのなら、23区のどれか一つ分くらいにしかならないのではないだろうか?
結果、ゲーム内に登場する一般人の数も、せいぜいが100か200といった程度に収まっていた。
中学校くらいの数だな!
なぜ、ゲーム内の世界はかくもミニマムなのか?
そんなものは、素人の俺でも簡単に想像がつく。
まず、理由の一つは、プレイヤーに必要な雰囲気と情報、施設さえあれば良いから。
例えば、リアリティを追求するなら必ず必要になってくるのがトイレという施設であり設備だが、ゲーム内のキャラクターが用を足したりしないのに、そんなもん設置してどうなるのだという話である。
それでも、雰囲気を生み出すために必要なマップチップやNPCはあるだろう。
港町なのに、魚を扱う商店の一軒もないのでは、興ざめというものだ。
だから、ある程度は雰囲気作りの背景なども必要だが……無駄な場所があまりに多いと、ゲームテンポを阻害するのは言うまでもない。
例として、オンラインRPG黎明期の有名タイトルが拡張に継ぐ拡張を重ねた結果、目的地への移動だけで一時間かかったりしていたはずである。
据え置きとオンラインの違いはあれど、リアリティはあっても、プレイヤーへ心ときめく冒険を提供するという目的が阻害されては、本末転倒。
結果、最低限の箇所から逆算する形でマップは生み出され、こぢんまりとした規模に収まるのであった。
理由の二つ目は、言わずもがな……作るのが大変だからだ。
ゲームというのは、人間が手で作るもの。
表示される台詞の一文字から、そこら辺に生えている雑草の一本に至るまで、職人芸によるものと考えて相違あるまい。
それで、広大な世界を作ろうとしたのならば、まあ大変。
丸の内辺りを歩けば、大手ゼネコンによる大規模再開発の工事現場を目にするだろう。
あれらは、俺たち庶民では想像もつかないほどの金と人員を投入し、数年がかりで少しずつ形にしていくわけだが、まさにそれをパソコン上の作業へ置き換えたようなものとなるに違いない。
だから、転生前のトレンドだったオープンワールド方式で、広大な世界を目指そうとも工数的な限界が生じる。
確か、N天堂の大ヒットアクションRPGで冒険する世界が、京都市くらいの大きさだったかな。
どれだけ金と予算と時間が費やされたかは知らないが、まあ、そのくらいが現実的な限界ということだろう。
前置きが長くなったが、そのような理由から、95年発売当時の『セイントソード・サガ3』のマップ規模は前述通りのものであったし、非オープンワールドとして開発された20年のフルリメイク版もまた、大同小異のマップ規模であった。
対して、俺が生まれ変わったこの世界は――広い。
例えば、原作ゲーム内だと五分もあれば隅々まで探索できたローファン城下町も、端から端まで歩くだけで、俺の足なら30〜40分くらいはかかるんじゃないかと思う。時計ないけど。
その感覚と、うちの店でインテリアとして飾られている城下町のざっくりした地図を信じて計算するならば、2から4平方キロメートルの広さという計算になる。
当然ながらというか、原作ゲームのそれより明らかに広い。
そして、トイレなど原作に存在せず、かつ、生活で必要不可欠な施設もまた、きっちりと存在しているのであった。
山の斜面を棚状へ削り取って作り上げた田畑も、原作ゲームには見られなかった光景だからな。
冷静に考えると、原作ゲーム内のローファン王国人たちが何を食べて生きていたのか、相当な謎である。
とにかく、これは重要な事実。
生まれ変わったこの世界は、ゲームで知るものよりも遥かに大きく、そこで暮らしている人々の数は、比較にならないほど多い。
これもまた、ゲームとして必要な形に整えられている原作ゲームと、生きた人間が暮らすこの世界との差異であった。
この手の問題を考えると、まるで実際に存在する世界を、前世側でゲームとして再現したかのように思えてくるな。確かめようなどないけど。
とまれ、これは地理的ないし地形的に、俺の持つ原作ゲーム知識が通用しないことを意味する――わけではない。
実のところ、俺の知識と符合している点もいくつか存在するのである。
例えば、道具屋の玄関前は、原作ゲーム同様、左右に大きな樽が置いてあった。
また例えば、お隣でハンスさんが営む防具屋の内部は、広さといい、壁に飾られたアマゾネスレオタードといい、原作ゲームのそれにそっくり。
その他、原作ゲームのディースシナリオ最序盤、まだ国が滅ぶ前に見て回れる各所に酷似した場所が、いくつもいくつも存在したのである。
「……20年のフルリメイク版と同じなら、ここのはずだ」
今、俺が立っているのも、そんな場所の一つ。
街外れに存在する、人が寄り付かない物置きの裏手であった。
ちなみに、原作ゲームだと中に回復アイテム入りの宝箱があったが、鍵を持たぬ俺に調べる術はない。
ま、うちの店が一個20レクで売ってる品だし、あったところで大して嬉しくはないが。
そんなわけで、俺が目当てとしているのは、この物置きそのものではなかった。
20年のフルリメイク版において、この物置き裏手の壁を対象に起きる現象なのである。
「……いざ」
ここまで持ってきた150センチほどの棒を、構えた。
貯めていた小遣いを使い、材木所で買ってきたこれが見立てているのは――槍。
材木所のおじさんたちは、物干し竿にでもするものと思っただろうけどな。
ともかく、俺の構えは腰を低くし、先端部を下向きにしたもの……。
原作ゲーム内におけるディースの構えモーションを、可能な限り再現したものだ。
この際、重要なのは、右腕がこすれるくらいに物置きの壁へ密着していくことだ。
そうして、行うのは……!
「はっ! はっ! せいっ!」
中段に二度の突きと、上段に一発の突き。
原作ゲーム内において、初期ディースの通常攻撃を三連続で放つことによって発生する最も基本的なコンボだ。
ちなみにだが、かけ声もそのまま真似している。
これを、ひたすら――繰り返す。
「はっ! はっ! せいっ!」
「はっ! はっ! せいっ!」
「はっ! はっ! せいっ!」
「はっ! はっ! せいっ!」
「はっ! はっ! せいっ!」
……気がおかしくなったわけではない。
また、素振りによって、練度を高めようとしているわけでもなかった。
では、前世でも今世でも武術など学んでいない俺が、どうして真似事の基本コンボを繰り返しているのか?
それは、この場所で30回それを行うことにより……。
「――おおっ!?」
……ついに、その現象が起きる。
俺の体が、やや宙に浮き始めたのだ。
「はっ! はっ! せいっ!」
「はっ! はっ! せいっ!」
「はっ! はっ! せいっ!」
その状態から、さらに三度基本コンボを繰り出す。
やはりというか、足が地面についていないというのに、空気そのものを蹴っているかのごとく踏ん張りがきいた。
これが、鍵。
あるいは、スイッチ。
「――おおおおおっ!?」
俺の体は、遥か上空に向けてぶっ飛んでいったのである。
そう、これこそは、バグ技。
95年オリジナル版、20年のフルリメイク版両者において、ディースシナリオ初期に実行可能な技であった。
「――ぬわあああああっ!?」
弾丸か、はたまたミサイルか。
おそらく、誰にも気づかれないほどあっという間に超高空へ打ち上げられた俺は、自分でも情けないと分かる悲鳴を上げる。
そうして、向かう先……。
そして、目的は……。




