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転生先の原作ゲームを知る俺、推しの姫騎士を守護るため、盗賊との恋愛フラグを全部へし折ります。  作者: 真黒三太


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3/8

ローファン最強

 夕焼けを思わせる色合いの赤髪は、後頭部で馬の尾がごとく束ねられており……。

 伝統のアマゾネスレオタードに包まれた体は、手甲と脚甲で覆われた箇所以外が露出しているゆえ、よく鍛えられていることが一目瞭然である。

 今、彼女が手にしているのは、木製の穂先へさらに綿を被せた訓練用の木槍であったが、本気になってこれで突いたならば、弱小のモンスターくらいは仕留められると思えた。


 アマゾネス隊隊長――ライラ。


 若干16歳の身でありながら、引退した先代隊長マルアから隊を任されるに至った俊英である。

 その彼女は、小姓から渡された木槍(ぼくそう)の様子を確かめながら、対面の相手をいぶかしむように見つめていた。

 ローファン王国が誇る玉座の間において、敷かれた赤絨毯を挟むようにして自分と対峙しているのは――子供だ。


 年齢は、確かディース様と同じであるはずだから、10歳。

 通常ならば、ディース様が先日任命されたように、そろそろ見習いとして武芸の修行を始める時期である。

 もし、騎士の家系に生まれたのならば、だが。


(天才児だと聞いていたけど、どこからどう見ても、普通の子供ね)


 相手の姿を見ながら、そう判断する。

 着用しているシャツもズボンも木製の靴も、全てがありきたりな町人のもの。

 体つきも遊び盛りな男児そのもので、強いて言うのならば、黒髪を撫でつけるように整えていることも含めて、噂通りどこか子供離れした理知的さが感じられる顔つきというくらいだ。

 どこからどう見ても、武術を学んでいる下地は伺えない。

 その推測は、武器の構え方を見ても変わらぬ。

 いや、むしろより顕著になったと言えた。


 幾つか運び込まれた木造武器の中から、彼が選んだのは――槍。

 ローファン王国においては、これを極めることこそが最強への近道とされる伝統の武器である。

 少年は、手にした木槍を腰だめに構え、力強く踏ん張る体勢となっていた。


(なんて――隙だらけの構え。

 典型的な町民の槍構えね)


 それを見たライラは、即座にそう結論づけたのである。

 そも、槍という武器は、素人にとっても扱いやすい。

 射程が長く、鋭い穂先を備えているので、ただ力一杯に突くだけで、ある程度の成果を見込めるからだ。

 だが、ある程度は、どこまでいってもある程度。

 街道に出没する野良のモンスターならばともかく、訓練されたアマゾネスに通用する代物ではない。


「すぅー……」


 呼吸を整えたライラは、くわと目を見開くと同時、構えに入る。

 重心をやや後ろにした状態で、腰を落とし……。

 手にした槍は、斜め下へ突き出すようにしたのだ。

 まるで、狩猟時の狼が、低く頭を下げたような構え。


 ここから、精妙な指捌き、強靭な握力、巧みな足捌きによって繰り出される下段からの槍は、変幻自在の一言。

 刺突を主体とする武器でありながら、ライラの操る槍は、蛇が這うかのごとき変則的な軌道を見せるのだ。


(悪く思わないでね。

 国王陛下とディース様の前で、手を抜くわけにはいかないの)


 力量差が理解できていないのだろう。

 真剣な顔のまま、先と同じ構えを維持する少年に、心中でそう詫びておく。


「では、両者共に準備はいいな?」


 玉座から立ち上がり、自ら審判役を務めるらしい国王陛下が、自分たちにそう尋ねてくる。

 それにしても、この聡明なる王が、ここまで大人げのない対応を行うのは、これが初めてだ。

 まさか……。


「ここにいるアマゾネス隊隊長ライラこそが、我が国における最強の騎士。

 ――オズルよ。

 もし、彼女を倒すことができれば、この国で最強であることを証明したと認め、お主が望んだ通り、ディースの婿として認めてやろう」


 ……このような理由で、隊長たる自分を10歳の子供へぶつけるとは。

 ここへ来るまでの間に聞いたところでは、何か望むものがないかと聞かれたオズル少年が、ローファン最強を証明したならディース様の婿にしてほしいと要求したとか。


(受け流して、非礼について説教でもすればいいのに)


 ライラとしては、そう思う他にない。

 おそらく、オズル少年は、間近で見たディース様があまりに可憐かつ愛らしかったことにより、正常な判断力を失ってしまったに違いなかった。

 結果、王国最強を証明するというあまりに無謀な言葉が飛び出たのだ。

 道具屋の出来息子とは聞いているが、いかに頭がよくても、しょせんは子供。

 年齢相応の愚かさを見せることもあるだろうし、そういった面を発揮できるのは特権でもある。

 大人の仕事は、それをたしなめ導いてやることなのだ。


 とはいえ、王国の槍であるライラが、そのような意見を国王陛下へ述べるわけにはいかない。


(まったく……。

 すぐに決着をつけて、自分の非力さだけでも分からせてあげないと)


 だから、この状況で自分にできる精一杯の教育的指導へ力を尽くすことにした。

 これから、オズル少年は大いなる恥をかくことになるが、いつかそれが笑い話となるよう、この城で励んでくれることを願う。


 と、思っていたライラなのだが……。


「問題ありません」


 こちらを見据えながらオズル少年が放った言葉には、さすがにカチンくるものを感じたライラである。


(ふ、ふーん?

 そうですか? 問題ないですか?)


 わずかに顔を引きつらせながら、脳内でそう返す。


(……決めた。

 たんこぶくらいは、我慢してもらおう)


 そして、追加の教育的措置を決定した。

 さっきまでは、木槍を弾き飛ばして終わらせるつもりだったが……。

 ここは一つ、その後で、ポカンと頭を叩いてやろう。

 泣いてしまうかもしれないが、己をわきまえない子供にはいい薬だ。


「よく言った。

 ――はじめ!」


 国王陛下がそう叫ぶのと同時、オズル少年がこちらへ突っ込んでくる。

 技術も、何もない。

 ただ、手にした槍を腰だめに突き出す一撃だ。

 長柄の刺突は素人でもそれなりに有効な攻撃となるが、ライラほどの使い手なら問題ではなかった。


 ただ、構えと攻撃は素人でも、子供らしからぬ力強さと鋭さが感じられたのは、引っかかったが……。


(――ここ!)


 刹那の決闘でそんなことを考える余地はなく、修練を積んだ肉体が、半ば自動的に技を繰り出す。

 すなわち、下からの絡み上げ。

 蛇が巻きつくように回転させながらの一撃は、少年が手にした木槍をすくい取り、跳ね上げる――はずだった。


(――な!?)


 しかし、そうはならぬ。

 絡めたオズル少年の槍が――重い。

 まるで、巨岩をてこで動かそうとしているかのようだ。

 いかにライラが鍛えたアマゾネスであるといっても、これではどうにもならぬ。


「――ふっ!」


 驚くライラをよそに、オズル少年の吐息じみた叫び。

 技術も何もない子供の刺突は、ライラが放った小手先の技を逆に弾き飛ばしながら、真っ直ぐにこちらへ向かってきた。

 相手の狙いは、こちらの――喉元!

 ライラを遥かに超える膂力の一撃が、やけにゆっくり迫ってくるのを感じる。

 そして、時間が引き伸ばされるのと比例して、厚く綿で保護されている相手の穂先が、徐々に巨大化していくのだ。

 死を覚悟したライラの本能が、少年の脅威を目に見える形で映し出しているのである。


 喉を潰される?

 いや、この一撃ならば、刺突でありながら首そのものをえぐり飛ばすであろう。

 だが、幻視した瞬間は訪れない。


「はっ……あっ……」


 止めていた息が、漏れ出す。

 気がつけば、オズル少年が繰り出した木槍の穂先は、ライラの喉へ触れる皮一枚のところで止められていた。

 しかしながら、それでも風圧がライラの喉を震わせているのだから、尋常ではない。


「はぁー……はぁー……」


 瞬間的に向き合った死の恐怖で、ライラの息は荒く乱れている。

 それでも、この言葉を吐き出せたのは、矜持の成せる技だ。


「……参りました」


「国王陛下。

 私がローファン最強であること、しかと証明致しました」


 槍を引いた少年は、したり顔で国王陛下にそう宣言した。

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