ファーストインプレッション
良質な石材を組み合わせて造り上げられたローファン城内部は、宮殿というよりも城塞という呼び方がしっくりとくる質実剛健な内装をしている。
飾り気というものがあまりなく、必要な調度品を必要な箇所に配置しているだけ、という感じなのだ。
うーん、いかにもなJRPGの石城!
ドット絵時代には表現力と容量の都合があったし、ゲーム機の表現能力が飛躍的に向上した2000年以降も、世界遺産に認定されてるような巨大美術品めいたお城を作ったとして、その労力がどれほど意味を持つのかという問題があったからな。
なんて、ゲーム製作に関わったことのない俺だから想像でしかないけど、大量に作らなければいけないマップテクスチャは、可能な限り使い回せるものにしたいのが人情だろう。
とはいえ、さすがに玉座の間まで質素倹約コーディネートというわけにはいかない。
何事にも雰囲気というものがあるし、現実的な見方をするならば、国の頭脳部であり心臓部である場所なのだから、相応の権威というものを示さなければならない。
そこで、活躍するのが分厚く幅広の赤絨毯!
これを入口から玉座まで一直線に敷くだけであら不思議! たちまち、王者にふさわしいゴージャス感が溢れ出る。
まさに、権威と豪華さを盛るためのマストアイテムと言えよう。
余談だが、国会議事堂に使われてる赤絨毯は、一平方メートルあたり一万円以上するとテレビで見たことがあった。
権威の具現化ってやつは、金がかかるということだな。
と、いうわけで、だ。
ディースのお披露目から、はや一ヶ月ほどが経ち……。
俺は今、ローファン王国の具現化された権威である赤絨毯の上に膝をつき、深く頭を垂れていた。
絨毯の両脇を固めているのは、数人のアマゾネスと一般男性騎士たち。
これは、原作ゲームとの相違点である。
原作ゲームのローファンでは、兵隊さんといえばアマゾネスしかいなかったからな。
しかし、現実的に考えると、男性の戦闘者がいないのはあまりに不自然なのだから、これは当然の違いとも思えた。
確かに、服飾や羞恥心など、人々の感覚は日本人としての前世を持つ俺と異なるし、その原因はゲーム世界の住人だからであると思える。
だが、彼らは0と1で形作られたデータ上の存在ではない。
肉と骨と、血で出来上がった生の人間なのだ。
それがゆえか、このような原作ゲームとの差異がいくつも存在することを、俺は確認していた。
あるいは、原作ゲームが、ゲームとして分かりやすく表現するために省略していた部分という感じか。
それだと、先にこの世界があって、日本のゲーム製作者が再現したみたいになっちまうけど。
閑話休題。
原作ゲームとの違いは、その都度語っていくことにしよう。
今、俺にとって大切なのは、玉座から俺を見下ろす人物とのやり取りであった。
会社の商談でもなんでも、ファーストインプレッションは大切なもの。
ここでのやり取りが、俺の……ひいては、ローファン王国とディースの行く末をも左右することになるだろう。
「オズルよ、面を上げるがいい」
「ははっ!」
ローファン王から鷹揚な声で言われ、跪いたままの俺は、ゆっくりと顔を上げる。
そうして視界に入るのは、やはり真っ赤な分厚いコートを羽織りーの、頭にデカデカとした王冠を被りーのというテンプレ国王ルックで身を固め、これもコッテコテな装いの玉座へと腰かけた人物。
これで、長い白髪と白いお髭だったらパーフェクトなステレオタイプ国王であったが、容姿はやや類型から外れていた。
40代だろうイケオジ風のルックスをしており、短めにまとめ上げた髪も艷やかな茶色。
髭は綺麗に剃っており、実年齢以上の若々しさと清涼感があるのだ。
美少女の父親は、美男子ということだな。当たり前だけど。
かように優秀なDNAを備えた人物の隣で、ちょっと豪華めの椅子に座っているのが美形因子を余すことなく受け継いだ超絶美少女……。
この国の王女にして我が最推したる神ヒロイン――ディースである。
うん、いかにも着慣れていないアマゾネスレオタードなのが、本編の16歳時とはまた違った味わいで、大変目によろしい。
もし、90年代当時に今の10歳ディースを主人公としたスピンオフアニメが制作・放送されていたのなら、たちまち人気爆発、某匿名掲示板にセイントソードディース板が作られていたことだろう。
で、少々意外なのは、そんな彼女がこの謁見に居合わせていること。
ゲーム内の断片的な情報によると、この時期、彼女はアマゾネスとしての修行を開始し、かつ、亡き母に代わって弟の母親代わりもしつつ、その上、王女様としてのご公務も行う多忙さだからな。
俺ごときシャツ、ズボン、木の靴という貧相な装いの小僧を迎えるのに同席させるほど、暇とは思えないのだが……。
でもまあ、いいや。
間近で見る幼少期ディース超かわいいし。
それに、ちょうどいいと言えば、ちょうどいい。
これから、俺が話す予定の内容を思えば、覚悟が決まるというものだ。
「市中におけるお前の評判は、この城にも届いておる。
――道具屋の出来息子。
我が娘と同い年とは思えぬ聡明さで、よく父親の商売を助けているとな」
「身に余る光栄です」
間髪入れず答えた俺に、ちょっと驚いて目を見開くローファン王。
それから彼は、さもおかしそうに大笑いしてみせた。
「うわっはっは!
この状況で物怖じもせず、すぐさまそう返してみせるか!
これは、噂以上の逸材!
オズルよ! 歓迎しよう!
これからこの城で多くを学び、将来は国を担う重鎮となるがいい!」
「精一杯努めます」
俺の言葉に、王様だけでなく、アマゾネスや男性騎士……それから、ディースからもリアクションが漏れる。
すなわち、微笑み。
10歳の子供が、精一杯背伸びしてあらかじめ覚えたのだろう言葉を使っていれば、大人からはかわいく見えよう。
ディースも微笑んでるのは、天使だからだと思います。
というわけで、第一印象はよし。
だが、問題はそこではなく、これから。
切り出す機会を伺っている話に、どう持っていくかだ。
「やはり、感心な子供よ。
もし、何か望むものがあるなら、言ってみるがいい。
褒美に、叶えられるものなら叶えよう」
と、思っていたら、思わぬ呼び水。
ここだ。
ここしかない。
だから、俺は意を決して……それでいて、顔と声は平静さを維持しながらこう言ったのである。
「ならば、国王陛下……。
私がこの国で最強であると証明したならば、ディース様の婿にお選びください」
立て板に水とは、まさにこのこと。
あらかじめ練習しておいた台詞が、スラスラと飛び出す。
「ふむ……」
ローファン王は、最初いかにもな威厳をかもし出しながらうなずいていたが……。
「……は?」
やがて、言葉の内容を飲み込んだらしく、驚愕の表情となった。
いや、驚いてるのはローファン王だけじゃない。
この場にいるアマゾネスや男性騎士たちも、同様。
渦中のディースに至っては、目を丸くして、両手も口元に持ってきている。
驚くよな。
そりゃあ、驚くだろう?
だが、おそらく、これこそが最も冴えた手段。
この国を滅びの未来から救い、ディースを守護るための、な。
「ふ、ふふ……」
ひじ掛けに両手を置いたローファン王が、わなわなと肩を震わせた。
それから、城中に響き渡るような大音声で、こう命じたのだ。
「――アマゾネス隊隊長、ライラをここに!
訓練用の武器も、一式運びこめい!」
……どうやら、上手い流れに乗れたようだ。




