第四十九話:勇者は狼人を巧みに操る
「先ほどはみっともない姿を晒しもうした。せっかくお時間を割いていただいたのに……」
「そんなことはないでござるよ。勇敢でござった」
宿場に戻ってきた三人は食卓を囲んでいた。村長の計らいにより、狼人も堂々と食事ができるようになっている。村の危機を救った勇者が傍についている影響は大きいだろうが……。
「奇異の目を多少向けられることは、我慢してほしいでござる」
「滅相もない、無論承知の上。むしろ勇者様方を巻き添えにしてしまい、面目次第もございませぬ」
先刻の強烈な違和感は、チェリャの顔から消え去ってしまっている。彼はまだかまだかと酒を待ちわびており、首を指で弾いていた。気のせいだったのだと、ガルドは自分に言い聞かせることにした。
「気にするこたねぇよ。チェリャの頭に向けられる視線に比べりゃ、大したことないしな」
「ひどいでござるぅ!」
ロロという赤髪の勇者はケラケラと笑っている。ガルドや村長を含め━━他人には無愛想だが、チェリャには心を許しているらしい。
「ってか、もう少し相手に合わせてやれよ。普通に首を刎ねるかと思ったわ」
「失敬な、ちゃんと寸止めするつもりだったでござるよ。それに命のやり取りをせねば、実戦で役に立たんでござる」
「そういうもんかね」
「御意の通り。拙者の覚悟が足りのうござった」
ガルドは試合のつもりで臨んでいた。しかしチェリャは死合いとして待ち構えていた。その時点で精神的に敗北していたのだ。
「ところで、お前の魔法はどういう魔法なんだ?」
「拙者の魔法は風にござる。飛ばすことは不慣れ故に自身や武器に纏い、速度の向上を図っております」
「なるほど、それであの速度か」
常に追い風を受けているような状態らしい。
「しかし、動きが単調かつ直線的すぎるでござるな」
ぐいっと酒を呷りながら、チェリャが指摘する。
「あれでは、いくら速くとも容易に防げるでござる」
「いや初見でいけるのは、お前とルーイくらいだろ」
「ふむ、そうでもないでござるが……例えばガルド殿」
名前を呼ばれて、ガルドは居住まいを正す。
「はっ、いかがなされた?」
チェリャはテーブルの上に置いてあるコインを手に取る。すると親指を中に手を握り、その上に置いた。
「今からこのコインをお主の額にぶつけるでござる。頑張って防いでみてくだされ」
「承知いたした」
ガルドは全身に力を入れ、構える。しばらく沈黙が流れた。
「なーんて、冗談でござるよ」
チェリャが両手を広げる。ガルドは安心したように、ホッと胸を撫で下ろした。
━━スコーン!
その直後だった。ガルドは額にコインを受け、椅子の後ろ足を軸に回転してから床に倒れ落ちた。
ロロも起きたことに呆然としているし、ガルドも何が起こったのか分からず目をぱちくりさせている。
周囲の人々は、何が起こったのかと会話を止めて注目していた。
「これが戦いかたでござる」
「いや、今のは卑怯だろ」
「何故でござる?」
チェリャは心外だと言わんばかりに、首を傾げてみせた。
「“いざ尋常に”といって攻めてきた異形など、今までいたでござるか?」
「そりゃそうだが……」
今は違うんじゃないかと言いかけたが、チェリャの言わんとしていることも分かる。
「チェリャ様は、常に真剣勝負なのですね」
ガルドは倒れてしまった椅子を直しながら立ち上がる。
「手合わせの時の“かかってこい”の合図、あの時点で既に拙者はチェリャ様の術中であったと……」
その言葉にチェリャは満足げに盃を口に運んだ。彼は言葉を用いて攻撃や防御のタイミングを誘導している。
手合わせの時は迎え撃つ度量の大きさを示したように見せて、実は踏み込みを誘っていた。そして今回は攻撃の意志が無いように見せて、ガルドの防御を解かせた。その瞬間に訪れる筋の緊張や弛緩を、チェリャは見逃さない。
「明日の手合わせでは、これを学んでもらうでござる」




