81. 大蜘蛛と
改稿に伴い、ナンバリングが82→81に変更となってます。
「絶対、死ぬな」
『わかってるよ』
その言葉でアキとの念話が切れる。
はっきり言って心配しかないんやけど……。
「俺は俺で、やることやらんとな」
気配察知で察知した敵さんの動きに対して、アキの予想はたぶん正解や。
糸を使っての分断作戦……つまり、俺らが最初に喰らった罠と同じ。
問題は誰が狙われるか、なんやけど……これも予想通りやろうな。
「狙いにくいやつよりも、狙いやすいやつ」
正直、アキを除いて、誰が分断されてもあっちの得や。
防御の要に、攻撃の要に、遊撃の要。
誰が分断されようと、大蜘蛛からすれば崩しやすくなる。
「ま、そうやって考えりゃ、アルか姉さんってところやな。俺は動き回っとるし、狙いにくい」
そうやって絞りゃ、次の手は打てる。
その辺、アキはよー分かっとるわ。
「アルなら単体でも、大蜘蛛だろうが蜘蛛だろうが死なんやろ」
ただ、姉さんはそうもいかん。
近づかれたらキツいんは、初対面の時に分かっとるしな。
「つーて、守りながら戦うんは、相手が悪すぎやで」
「トーマさん!?」
アルを分断して、姉さん狙いに切り替えた大蜘蛛の前に、滑るように割り込む。
どうも脚に結んであった糸は、蜘蛛が切ったみたいやし……ギリギリで間に合ったって感じやな。
大半の蜘蛛はアル達の方。
その代わり、こっちが大蜘蛛ってことやし……さて、どうすっかな。
「左右の死角を取るんが基本戦術やけど……後ろにおるし、それは悪手か」
とりあえず気を引くために投げ用ダガーを数本投げる。
ダメージを取るってよりも、苛立たせる感じでな。
「ひとまず姉さんは、隙を見てアル達の方に雨でも降らしとってや」
「トーマさんの援護は……?」
「大蜘蛛に魔法当てられたら、俺なんか無視してそっち行くで?」
「……わかりました」
俺の言葉に納得がいったんか、姉さんは大きく頷いてから距離を取る。
アル達の方は、どうやら繭みたいな感じやし……中からだけやったらキツいはずや。
少しでも時間を短くせんとな。
「――ッ!」
振り下ろされる攻撃に、即座に身を翻す。
とりあえず大蜘蛛のターゲットは俺になったみたいや。
ひとまずの目的は達成っと。
そんじゃま……ちと付き合ってもらうで?
「シッ!」
鋭く息を吐き、両手のダガーを逆手に持ち替えて――一気に距離を詰める。
普段の戦い方やったら押し負けんのは確実や。
やから、俺は俺の戦い方で。
「つーて、時間稼ぎにしかならんけどな」
ダガーを使い、振り下ろされた前脚の関節をほぼ同時に斬りつけ、怯んだところを一歩前へ。
大蜘蛛の顔を蹴り飛ばして、その反動で距離を取る。
ダメージは与えられん戦い方やけど、苛立たせることだけはできる。
一発喰らえばヤバい……ヤバいからこそ、苛立たせて相手の動きを単調に誘う。
っても、後ろには姉さんもおるし、無茶な攻めはできん。
攻め時と引き時を見極めつつ、ダガーを投げたり、蹴り飛ばしたり、時に避けたり、受け流したり。
右に飛んでは左に退がり、時折フェイント交じりに懐に入っては、ダガーを叩きつけてまた避ける。
詰めては退がり、引いては攻める……前後だけではなく、左右に上下を混ぜた八方で、相手の攻め手を潰す。
「相手取るんは、難しくない。……時間を稼ぎ続けるんは無理やけどな」
横目で繭の方を見れば、姉さんのおかげか、多少壁が薄くなっとる。
しかし、アキやアルの姿はまったく見えん。
こりゃ……まだ時間かかりそうやな……。
手に持ったダガーにはヒビが入りはじめとるし……投げ用ダガーの残りは数本程度。
投げに使っとるダガーは軽い分、耐久力に難がある。
蜘蛛くらいなら数回受けることはできるが、大蜘蛛相手には1発も保たんやろうなぁ……。
もう少しくらいは受け流しの練習しとくべきやったか。
「ま、嘆いたところで意味がない。やるだけやったるわ」
残りの投げ用ダガーを一気に投げ、それを囮に懐に踏み込む。
大蜘蛛の頭に少し刺さった投げ用目がけて蹴りを入れ、深く押し込むと共に右手のダガーで斬りつけた。
反撃とばかりに繰り出された前脚を左手のダガーで受け流しつつ、その場からの離脱を試みる。
しかし、大蜘蛛もそこから逃がす気はないんか、受け流された脚を引き、逆の前脚を抱え込むように動かしてきた。
速度的に受け流しはキツい、かといって大きく避けりゃ、姉さんがまる見えになる……。
「なら……!」
即座に腰からポーション瓶を抜き、目の前の顔に叩きつけた。
「はっ、さすがに水分は効くんやな!」
怯んだ隙に前脚の下をくぐり抜け、距離を取る。
叩きつけたんが、下級やなくて最下級やったんも良かったみたいやな。
最下級の方が水っぽい分、こいつには嫌みたいや。
「しっかし、君……タフ過ぎんで」
両手のダガーは、刀身に大きくヒビが入り、刃先には欠けすら見てとれる。
あと2回……もしかすると1回防ぐだけでも折れる。
折れた後のことなんかわからんが、今よりキツうなることは確実やなぁ。
「ホンマ、はよ復帰してくれや」
繭に囚われた2人に、悪態を吐きつつも口元が歪む。
どうやら大蜘蛛も、完全に俺を敵と認識したみたいやな……。
「……そんじゃ、2回戦といこうやないか!」
軽くステップを踏むように、緩急織り混ぜながら、懐に入っては離脱を繰り返す。
大蜘蛛の目を誤魔化すように、時折木の枝や、落ち葉なんかを使って意識を逸らすことも忘れんようにっと……。
動きを最小限に、感覚をフルに使って、高揚感に囚われず、常に先を予測しろ、と自分を律して――。
「……は、ははっ」
しかし、繰り替えされる攻めと避けの応酬に、思わず笑いが零れ出る。
それをきっかけに、意識を整えることも、表情を作る事も……口調を変えることさえも、無駄なものに思えてくる。
ここは、餌と捕食者しかいない!
「は、はは、ははははは……!」
高揚感だけが身体を支配してくる。
壊れることすらも厭わず叩きつけたダガーは、両手共に折れた。
しかし、濡れて柔らかくなった頭めがけて、突き刺し、奥へと抉り込んだ。
反撃とばかりに迫ってきた前脚に、ダガーを失った左腕が裂かれるが……痛みなど、まるで感じない。
その隙を利用して前脚を掴み、関節部を狙って、残ったもう片方のダガーを突き刺した。
「来いよ。もっと……もっとだ……!」
相手の攻撃は最低限で避け、多少の傷は気にもしない。
蹴り、殴り……ただひたすらに戦い続ける。
しかし、そんな楽しい時間は、突然終わりを告げた。
一回転するように蜘蛛の頭を蹴り飛ばし、後方へ飛び退く。
その直後……ダメージの反動が一気に襲ってきたからだ。
「つまんねぇな……この程度かよ」
膝を折ってしまいそうな強烈な痛みに、叫ぶ声すら上手く聞き取れない。
けれど、大蜘蛛はそんな俺に対して……確実に殺すとばかりに近付き、前脚を振り上げた。
「……こりゃ、死んだな」
そんな諦めが口を吐き、目を閉じながら笑ってしまう。
けどな、悪あがきくらいはさせてくれや。
そんな思いと共に、身体を仰け反らせ……後ろへと倒れていく。
直後、背中に走る衝撃と共に……名前を呼ばれた気がした。
2019/05/06 改稿




