33. 初めてのパーティー
「ああそうだ、アキさん」
「ん?」
後ろから呼びかけられ振り返った僕へと、茶色い袋が飛んでくる。
咄嗟に両手で受け止めるように抱きしめると、それは腕の中で柔らかく形を変えた。
……これは、一体?
「水袋、と呼ばれるものだ。名前の通り中には水が入っている。特になにか効果があるわけではないが、探索に出る際には持っておいた方が良いだろう」
彼の説明によると、疲れた時に飲んだり、道具や武器の汚れを落としたりと、なにかと使うことが多いらしい。
特に長時間の探索の場合は、少し飲むだけでも落ち着けたり、頭がスッキリしたりと馬鹿に出来ないってさ。
「それと、パーティーの申請を出すから承認してくれ」
言いながらもシステムを操作して、僕へと申請を飛ばしてくる。
僕は頷きつつ、空中に現れた承認ボタンへと手を動かした。
アルさんとパーティーの状態になると、視界の中――僕のHPゲージの下にアルさんのHPゲージが出てきた。
聞くと状態異常もアイコンで見えるようになるらしい。
この辺はやっぱりゲームなんだなぁ……。
「パーティーを組むメリットはお互いの状態が分かることと、素材の獲得率上昇だな」
「獲得率上昇、ですか?」
「ああ。アキさんもソロで何度か戦っているだろうからわかるだろうが、敵が消えると自動的に素材を入手するだろう? パーティーで戦うことでそれがランダムで分配されるんだ。もちろん組んでいてもソロで倒したものに関してはソロの時と変わらないが」
つまりパーティーで倒せば、何も出ないって確率が下がるってことかな?
それだったら確かに素材を集めるのは楽になるのかも。
「ただし、スキルを鍛えたいなら自分で動かないと経験値分配なんてものはないからな?」
「が、がんばります」
「基本的には、俺の後ろから安全なタイミングで攻撃に出てくれればいい。初めてのパーティーで連携なんて取れないものだからな、気負わない程度で頼む」
「は、はい!」
そうは言われても緊張するものは緊張する……そんな僕の気持ちも分かっているのか、苦笑するアルさん。
その肩口から大きな棒が見えて、僕は気になっていたことを思い出した。
「そういえばアルさん。武器、変えたんですか? 左手の盾もなくなってますし、タンク? とかでしたよね」
「ああ、そうだな。ただ、タンクであることは変わっていない。必要がなくなっただけだ」
そう言ってアルさんは背中に回していた武器に手を掛け、引き抜いた。
見えた刀身は黒く、太く、そして大きい。
地面に真っ直ぐ立てたとしても、身長が180cmはありそうなアルさんの肩口に柄がくるサイズ……と言えばその大きさが分かるだろうか。
刀身の幅はアルさんの身幅とほとんど変わらない……いや大きすぎ。
「振るのも大変そうですけど……」
「そうでもないぞ。最初は重かったが、今となっては重さすら心地良いくらいだ」
「そういうものなんですかね」
アルさんの言葉に首を傾げつつ、僕は僕のやることをやろうと草刈鎌を取り出した。
そしてそのまま腰を落とし、右手のスナップだけで薬草を刈りとる。
「ほぅ」
僕の動きに何かを感じたのか、アルさんの声が頭上から落ちてくる。
その声に気付きつつも「ここにいくつか生えているみたいなので、ちょっと待ってくださいね」と僕は採取を繰り返し、全体の半分ほど刈り取ったところでまとめてインベントリへと放り込んだ。
最近使うことが多くて足りなくなってたんだよね。
「見事なものだな。俺だともっと時間がかかるぞ」
「採取に関しては任せてください! ただ――」
「ああ、わかっている。戦闘は任せてくれればいい」
「ありがとうございます」
そんな話をしながら、時折採取も挟みつつ……のんびり森へと向かっていく。
結局、僕らが森に到着したのは門を出てから1時間ほど経ってからだった。
◇
「これが強躍草。こっちがシュネの木で……」
「お、おお……」
「あとこれがツギの実だったはず……」
本で見たようなものが他にもある気がするんだけど、やっぱり覚えきれてはないなぁ……。
仕方ない……。
「アルさん。調べながら探しても、良いですか?」
「ああ、わかった。あまり長時間はしないようにな」
「ありがとうございます」
アルさんにお礼を言ってから本を取り出す。
そして、見ていくと――
「あれ? これ、浮木草の葉? なんでこんなところに」
「ん? そこにあるとおかしいものなのか?」
「あー、絶対におかしいってわけじゃないとは思うんだけど、本来は水辺に自生する草みたいで」
浮木草は、水に浮いた木の破片のような葉をしている草で、毒素がなく、食べると甘い味……らしい。
ただ、まだ森の入口付近で川なんかはなさそうだし。
「……もしかすると、この奥には川か湖があるのかもしれないな」
「川か湖、ですか?」
「ああ。そこで水を飲んだか、水浴びを魔物が行えば、この辺りに落ちる可能性もあるだろう?」
「なるほど……」
本をしまいつつ、アルさんの予想に耳を傾ける。
確かにその通りかもしれない。
鹿と出会ったのはもう少し奥だけれど、鹿にせよ水は必要だろうし……。
「もしそうだとするならば、新情報だな」
「そうなんですか?」
「ああ、この森は途中に蜘蛛の巣が多いエリアがあるんだが、まだそこを抜けたプレイヤーがいないらしい」
その蜘蛛というのがやっかいらしく、頭上の木々に巣を作り、奇襲をしかけてくるらしい。
しかも常に多数で、そのうえ動きも素早く……大きさが子供の顔くらいあるらしい。
なんだそれ……。
「火で燃やしたり、はできませんね。森が燃えてしまうので」
「だな。燃やせない以上、逐一倒す必要があるが……数が多すぎる」
一度戦ったことがあるのか、深く溜息を吐くアルさんを横目に、僕はそこかしこにある素材を名前や効果を思い出しながら採取していく。
あ、ポルマッシュだ……。
「さて、時間的にはそろそろ戻った方が良さそうだが」
「そうですね。素材も結構取れましたし……<鑑定>スキルも習得出来てるみたいです」
「ほう。それは良かった」
<鑑定>スキルは自動で発動するタイプではなく、意識して使うタイプのスキルみたいだ。
今のレベルだと、知ってるアイテム以外は名前と簡単な詳細しかわからない。
つまり、トーマ君が言ってた採取方法とか栽培方法とかはもっとレベルが必要ってことかな?
もちろん自分で先に調べれば分かるようにはなるんだけど。
そう思考に結論を付けてスキルウィンドウから顔をあげれば、水袋を傾けて中の水を飲むアルさんと目が合った。
一瞬の硬直のあと、アルさんは水袋を腰に提げ直し「よし、戻ろうか」と踵を返す。
待っててくれたんだろうけど……なんで僕の方を見てたんだろう……?
2019/02/25 改稿




