第19話
「ぐっ」
エスリーは腹を抱え、その場で膝をついた。
「パルメーナ様、なにを!?」
驚く俺にパルメーナは冷ややかな目を向ける。
「お前がもたもたしているとエスリーが傷つくことになる。それが嫌なら私を憎め。まず憎しみを爆発させない限り、どうにもならん」
「うっ……!」
今度は片手でエスリーの首を絞めはじめる。そして、俺を嘲るかのように見てくる。
こうして見るとやはり魔王の娘だ。
パルメーナはエスリーのことを好きにしていいと思っているが、エスリーはもう俺の部下だ。そう思うと俺の中で怒りが満ちはじめる。
「おやめください! パルメーナ様!」
「そんなことをほざいている暇があったら、憎しみの炎を燃やせ」
「ううっ!」
エスリーの顔が苦痛に歪む。
「やめてください! やめろと言ってるのが聞こえないのか!」
体全体から沸き上がる憎しみを手のひらに集中させる。
「そうだ、それが突発的な怒りからくる不安定な憎しみだ。だが、それではダメだな。憎しみを安定させろ。安定した憎しみとはもっと静かなものだ」
安定した憎しみとは静かなものと言われたが俺の憎しみはおさまるところを知らなかった。
憎しみが体の中を燃える竜のように暴れくるっていた。それを必死で手のひらに集中させようとあがいていた。
すると、手のひらから黒いオーラが放出されはじめる。これがパルメーナの言っていた闇か。闇はどんどん大きくなっていき、手全体が黒い球状の闇に完全に飲まれた。
「ディル、それがダークブレードの元になるものだ。しかし、はじめてでそれだけの闇を集めるとは大したものだ。あとは制御さえできれば」
パルメーナがそう言いかけたそのとき。
俺の手に集まったボール状の闇から蛇のようなものが一本伸びたかと思うと、それがパルメーナの首に巻きついた。
「ぐっ!」
パルメーナから苦しげな声が漏れる。
まずい。
憎しみが制御できていないということなのだろう。
だが、俺は静かに望んでいた。
パルメーナ、もっと苦しめと。
パルメーナの頸部にさらに深く黒い蛇がめり込んでいく。
「ぐっ! ううっ!」
もっと! もっと苦しめ! 俺のエスリーを苦しめた報いを受けろ!
頭の中でもう一人の俺がそう叫んでいた。
その声があまりに大きくて、圧倒されていた。
そこでパルメーナは魔剣を抜き放つと、黒い蛇を切り裂いた。
すると、蛇は霧散した。
しかし、俺の手に集まった闇はさらに膨張を続け、今度はそこから2個の蛇の頭が現れた。
それはいまにもパルメーナに襲いかかろうとしていた。
「ディル、憎しみの声に飲まれるな。憎しみを御するのだ。私は敵ではない」
頭の中で響いていた声が少しずつ和らいでいく。それとともに闇の塊は小さくしぼみ、蛇の頭も見えなくなっていった。そして、闇そのものが俺の手から消えた。
冷静さを取り戻した俺はパルメーナに謝罪した。
「気にすることはない、私のやり方も荒っぽかったしな」
怒った様子もないパルメーナではあったが、彼女が傷つけたエスリーには一言もなかった。
「しかし、驚いたぞ。初回でこれほどの大きな闇を集めるとは。憎しみの絶対量が極めて多いのだろう。それが制御できれば確実にモンスタージェネレータを破壊できるほどのダークブレードとなるだろう」
パルメーナは満足げに頷いていた。
パルメーナが帰ったあと。
「エスリー、大丈夫か? すまないな。俺が不甲斐ないばかりに」
「いえ、パルメーナ様があんな風にわたくしを扱われることはいつものことですから」
「いつものこと!?」
「はい」
俺の中で憎しみが再び燃え上がりそうなった。それが顔に出ていたのだろう。エスリーは察したように言い直す。
「いつもというのは言い過ぎでしたね、時々です。そんなに怒らないでください」
「いや、でも」
「パルメーナ様は決して悪い方ではありません。ですが、今日ディル様が怒ってくださったことは嬉しかったです。ありがとうございました」
俺たちは炎の塔の最上階の一室で寝ている。
俺はその日、興奮で眠れなかった。あれだけの憎しみが心の中を駆け巡ったからだろう。エスリーが寝たあとも、ずっと頭が冴えていた。
あまりに寝つけないし、やることもないので、俺は最上階を見回ることにした。
冒険者たちを追い払ったあと、この最上階までやってくる人間は一人もいなかったが、念のためだ。
俺は松明を持って暗がりの通路を歩いていた。その時だ。
突然、後ろに気配を感じたかと思うと、背中に焼けつくような痛みをおぼえた。
どうやら、鋭い刃物で刺されたらしい。
俺はがっくりと膝をついた。振り向くと人影があった。
「何者だ!?」
すると、俺の背後にいた謎の人物は女の声でこう言った。
「お前のような世界に滅びをもたらしかねないものに名乗る名などない」




