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33.なんか偉い神様、ご降臨

「ヨウ、久しぶり。ふふ、面白い力の使い方をしているね」

「うっわ! な、なに、誰」

ケビンさんの変身後の決めポーズ(背後で小爆発付き)を眺めていたら、突然すぐ隣から知らない男の声がして、私は飛び退る。

 そこに現れたのは、髪も、服も、靴も白い華奢な男の子。

 二次元イケメンキースさんに負けず劣らず、物語から出てきた王子様か天使のような見た目の、十五歳くらいの男の子だ。

 色素の薄い陶器のような肌で、髪と同じ真っ白なまつ毛がわっさわさで、声を聞かなきゃ美少女にも見えそうだ。

「プイ!」

 そして、彼に抱えられるモルモちゃん。

「モルモちゃん! え、じゃあ、あなたは……?」

「そりゃあ、可愛いモルモの飼い主だけど」

セツ(ピー)さん! でも声が、違うような、幼いような……?」

 相変わらず、名前は呼べない仕様らしい。

「この世界に合わせて体を構築したからね。声帯に影響されているらしい」

「なるほど……」

 わからないが、とりあえず神妙な顔で頷いておく。

「ふふ、ヨウは相変わらずおかしいね。ねえ、彼、いいの?」

 セツさんが面白そうに笑ってから、海へ視線をやり、すっと指差す方を見れば。

「ケビンさん!」

 そうだった、ケビンさん。

 ああ、バトルスーツ姿のケビンさん(仮)が海にバシャバシャ突っ込んで行っている。

 私はあらん限りの声を張り上げ、「モルモちゃんはもうこちらに!」「戻ってきてください!」と呼びかける。

 まだ、泳ぐ発想がすぐには出なかったらしいケビンさんは、足のつかないような深さまで進んでから立ち止まり、そこでなんとか私の呼びかけに気づいてくれた。


 + + +


 ケビンさんが砂浜へ戻ってきて、私たちは少しは落ち着いた。

 というより、笑顔のセツさんの指の一振りでケビンさんは砂浜へ瞬間移動してきたんだけど。

 モルモちゃんがセツさんの腕の中からセツさんを見上げて、「プイプイ」ってなにか言ったと思ったら、顔面崩壊するほどデレデレになったセツさんが「そうだね〜、モルモは賢いなあ」ってモルモちゃんを撫で(ようとして拒否され)てから、目線もやらずに指を一振りしたのだ。

 そうすれば、まばたきの間に、ケビンさんは私たちの目の前に戻ってきていた。

 バトルスーツ姿で、訳がわからないという様子でキョロキョロと私たちを見回すケビンさん。

 私以外の全員は、状況に何一つついていけていなくて、それでもロキさんとポポさんだけは「説明して」って視線を送ってきてた。

 待って、私も、説明の仕方を考える時間がほしい。

 モルモちゃんに免疫がある彼らは、モルモちゃんが現れた時点で、ある程度何が起きても「モルモティフ様(モルモちゃん様)だから仕方ない」って思っているようだから、マシかな。

「えっと、みなさん。こちらの方がモルモちゃんの、えっと、」

「家族の者だよ。『セツ』って呼んでね」

「セツさん」

 あ、セツさんの名前が呼べた。

 本人の許可があれば呼べるってことかな?

 セツさんのしてくれた自己紹介に続いて、こちらの世界の面々を紹介しようとしたら、セツさんは素敵な笑顔で「大丈夫、わかるよ」と。

 さすが、なんか偉い神様はなんでも知っているらしい。

 モルモちゃんは、セツさんの腕の中から私に向かって、「プイ、プイプイプイプイ」とご機嫌な声を聞かせてくれている。

 きっと、「今日も遊びに来たよー」みたいなことだろう。可愛い。

 モルモちゃんは、カイソウの採集地には馴染みがないのか、お鼻をピスピス鳴らして、あちら、こちらと好奇心旺盛に匂いや景色を確認している。

 モルモちゃんがご機嫌なのは大変素晴らしいことなんだけど、モルモちゃん初対面の方がこの場には三人もいる。

 モルモちゃんの可愛さパワーは、留まるところを知らないのだ。

 私は、小さくため息を吐いて、彼らのほうを見やれば、やはりというべき光景がそこにはあった。


 お口をぽっかりパッカリ開いて、目をランランとセツさんモルモちゃんに向けるサンダンス君。

 その両手は、セツさんモルモちゃんに向かうように、中途半端に持ち上げられている。

 そんなサンダンス君の足に、ガッチリホールドで抱きついて、サンダンス君のお尻あたりに顔面を押し付けて、見てわかるほどにガタガタ震えているブッチ君。

 ブッチ君は、コアラでもそこまでしっかり抱きつかないよってくらい腕も足もしっかりサンダンス君を拘束している。

 めちゃくちゃ力が籠もってそうだ。

 私がサンダンス君だったら、棒倒しのように地面に倒れてるところだけど、サンダンス君は大丈夫みたいだ、動じていない。

「ななななににににそそそのののひひとととと」

 サンダンス君、足に抱きつくブッチくんの”怖いよバイブレーション”のせいで、何言ってるのかわかんないよ。

 キースさんも、さすがにこの状況には驚きを隠せないようで、セツさんとモルモちゃん、そして私と視線をうろうろとさせている。

 いや、それでも、もう少しリアクション大きくても良かったよ?

 キースさん、ここまでくるとちょっとすごいなって思い始めてきた。

 冷静さと順応性がすごい。

 もしパーティーを組んで魔王討伐の旅に出ることになったら、回復薬や貴重なポーションは彼に持たせよう。

 いや、魔王討伐には出ないけどさ。そういう世界観じゃないし。

 私が、またもや現実逃避気味に思考を逸していたら、肩を控えめにちょいちょいと突かれた。

 そちらを見やれば、バトルスーツ姿のケビンさん(仮)だ。

「あ」

 なにかと思ったら、バトルスーツの脱ぎ方が分からなくて困っていたようだ。

 顔まですっぽり変身しているから、顔色は分からないけど、眉がへちょりと垂れたショボーンな様子に見える。

「ごめんなさい、先に解除しましょうか」

「「え!」」

「へ!?」

 二方向から抗議の声が上がって、私は慌てて魔法の解除を中止する。

 抗議の片方は、イヤイヤするブッチ君を強引に引っ剥がしているサンダンス君だ。

 そしてもう片方は、思わず声を上げてしまったという様子のザク君だ。

 ザク君は、声を上げるつもりはなかったらしく、両手で自分の口を押さえて違う違うと首を振っている。

「ねえ、ケビン兄だよね? それ何、それも魔法?」

「……! ……?」

 ケビンさんは何か言おうとしたようだが、声が出ない。

 あ、きぐるみショーのタイプのバトルスーツなんだ。

 黒騎士か、暗黒将軍のように見えるバトルスーツ姿で、両手を見てみたり、左右に向きを変えてみたり、ケビンさんにしては身振り手振りが大きい。

 バトルスーツに、動きが若干影響されているようだ。

「私がケビンさんの身を守りたくて、変身させてしまったんです。敵の襲来かと思ったので。このままでは不便ですから、必要なら後でまた変身してもらいましょうね」

 私も、変身なんてできるならしてみたい。

 どれくらい防御力や攻撃力が上がるのかも興味があるし、叶うならもう一度変身してもらおう。

「絶対! また変身させて!」

 サンダンス君は目をキラキラさせている。

 そうだよね、男の子って変身ヒーロー好きだよね。

 ザク君もそわそわするくらいなら、正直になったらいいんだよ、次は君も変身させてやろう。

 なんかバトルスーツのケビンさんが「!?」って感じで話の成り行きに抗議してるみたいだけど、身振りだけだからとりあえず黙殺しておく。


「ヨウ、なんだあれは」

 バトルスーツを解除してから、ケビンさんは体の調子を確認するようにしながら聞いてくる。

 変身の間の記憶はちゃんとあるようだけど、あの変身のための動きはケビンさんの意思によるものではないだろう。

 疑問ももっともだ。

「ケビンさん、スーツの件はまた後ほど検証しましょう。まずは、おまんじゅん゛ん゛ん! 突然現れた、あのモルモットさんのことを聞きましょう」

「誰も検証に付き合うなんて言ってないんだが、まあ、そうだな、先に話を聞きたい」

 ケビンさんはなんだか疲れている。

 ケビンさんはフビンさんキャラが板についてきたなあ。

 だいたい私のせいですね、ごめんなさい。

 とりあえず、セツさんの足元で、モルモちゃんを見上げながら切実そうに「ピーピー」鳴いて訴えている茶色いおまんじゅうのためにも、やるべきことを確認しなければ。


 + + +


「と、いうわけで、モルモのお友達で新人神様のマチュだよ」

「よろしくお願いします」

 セツさんの紹介に従って、みんなで挨拶をする。

 セツさんはモルモちゃんラブに代わりはないようだが、モルモット全般が好きらしく「サラサラ長毛もかわいいよね〜。あ! モルモ違う、違うんだよ、僕の一番はモルモだから」などと、デレとモルモちゃんへの弁解を繰り返している。

 当の本人、本モルのモルモちゃんも、マチュちゃんも、全く話は聞いていない。

 今は、砂浜の上に降ろされて、二匹でなんかわちゃわちゃしている。

 動じる様子なく機嫌のいいモルモちゃんと、そんなモルモちゃんにペチペチ前足パンチを繰り出し、なにやらピヒーと抗議しているマチュちゃん。

「ザク君、マチュちゃんの言葉も分かるの?」

「お、おう。みたいだ。なんか、モルモティフ様は、マチュ様の了解なく連れてきちゃったみたいだ」

「そうなんだ」

 それで怒ってるのかと納得いった。

 いきなり知らない世界に飛ばされて、一人海水の中だったら、それはもう死を覚悟するほどだっただろう。

 すると、セツさんがちょいちょいと呼んでいる。

 内緒話かな、と思い「行ってくるね」とザク君に断ろうとしたら、セツさんに「ザク少年も」と言われ、ザク君と二人首を傾げた。

 ひとまず、まだ色々説明してほしそうな他の面々に断って、私はザク君と二人、セツさんと話を聞くことにした。

 みなさんにはしばらく、可愛い神様二匹のわちゃわちゃを眺めてていただこう。


「ザク少年は、マチュの言葉も分かるんだね」

「は、はい」

 ザク君は、神様のモルモティフ様の家族の人を相手にして、かなり緊張している。

 大丈夫だよって伝わるように、腕を回して肩を引き寄せる。

「君はすごいね、才能だろうね。なんとなく、神力の残り香を感じるけど、モルモ以外の神との交流は?」

 ザク君は私をちらっと見たけど、「ヨウは厳密には神じゃないから」とセツさんに訂正される。

 なに、厳密にはって。

 人ですけども。私、まごうことなき人ですけども。

 ちょーっとだけ、セツさんの力が体に練り込まれてるだけで……。


 ザク君は心当たりがないらしいけど、セツさんによると、ザク君には神と接触した形跡があって、それが高次の神様だから、影響されてモルモちゃんの言葉が理解できるんじゃないかとのことだ。

 なんか知らないが、私が偶然この世界で最初に出会った彼は、どこかの神様の寵児だったらしい。

 急に出会いが偶然から必然感が出てきた。

 アツい展開に、私が勝手にオタク心をくすぐられている間にも、セツさんの話は続く。

「だから、君にはとっても感謝してるんだ。おかげでモルモとお話できるようになったんだから」

 ん?

 なんかセツさんがすごいこと言ってる気がする。

 ポカンとする私とザク君を残して、どういうアプローチでモルモちゃんと言葉を交わすに至ったか、モルモット語の翻訳リスニングの技術開発やら、神様の使う念話の応用まで、セツさんは楽しそうに語っている。

「モルモには以前からずっと話しかけてたし、心が通じてるって信じてたけど、やっぱり言葉のやりとりができると細かい点までモルモの役に立てて最高だよ〜。君の存在がなければ思いつくまで時間がかかったはずだ。音の波長を神力に変換して、単語を当てはめるよりも──、モルモったらお茶目で──、モルモット独自の価値観や文化によって言い回しが──、まさか拉致監禁されたと思っていたなんて──、モルモの可愛さったら───」

 セツさんって、ワインに凝ったら長々とうんちく語りそうなタイプだよなーと、私たちには全く分からない次元の話を喜々と語るのを、私とザク君は眺めていた。

 途中物騒な単語もチラホラ聞こえたけど、セツさんは楽しそうだし、今日モルモちゃんと仲良く現れたのだから大丈夫だったのだろう。

 深く突っ込んじゃだめだ、巻き込まれると、私の社会人経験が言っている。

 そして、話題の飛躍激しい長い話の終わり、セツさんは最後に言ってのけた。


「お礼に、ザク少年のどんな願い事でも、ひとつ僕が叶えてあげるね」

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