30.臆すなら、泳がせてみせよう、勝つまでは
私たちはかき氷を堪能した。
氷を削り切ったペンギンの親方は、お礼を言いに行った私と一度握手をすると、「礼はいらねえよ」とばかりに鼻を鳴らして消えていった。
「さすが親方、硬派でしたね。氷を削るなり皿へ飛ばしてしまうなんて、すごかったですね」
私がそう言うと、ケビンさん、ポポさんはやや疲れたような顔をしていた。
「いやもう、ヨウちゃん絶対ツッコミ待ちでしょ。ポポ行きなよ」
おかしそうに笑っているロキさんがポポさんをつつき、「無理やろ」とすげなく断られている。
楽しそうな顔で話しかけてきたのはザク君だった。
彼も少し呆れたような顔だ。
「ヨウの魔法って、ヨウでも予想できないことが起きるのか?」
「いやあ、ペンギンの親方は特別ですけどね」
「そうかよ」
そしてザク君は笑った後、「ペンギンっていうのか、おかしな格好だったけど、なんだか可愛かったな」と言った。
そうだ、ペンギンといえば可愛い動物ランキングでもかなり上位に食い込む可愛さではなかろうか。
親方は硬派な職人肌で、アニメーションぽい造形と、その振る舞いによりみんなを卒倒させるようなことにはならなかったようだ。
「ヨウさん、これが冷たいおかしですか? 氷魔法でできた氷を削ったんですね」
さすが、キースさんは順応力が高い。
ペンギンの親方のことは早々に受け入れたようで、並べられたプレーンのかき氷を興味深そうに見つめている。
「そうだ、かき氷が溶けちゃいますから食べましょう!」
私は表面から溶け始めツルリと光を反射しているかき氷を、これ以上炎天下には置けないと、みんなの手元に配った。
収納に入れていた作り置きの練乳をかけていく。
最後のひとり、ザク君にはたっぷりめだ。
そして、ポポさんのところにも戻って注ぎ足した。
彼らの好みも少しずつわかってきた。きっと、間違いない対応だっただろう。
「はあ、この、この冷たさが、はあ、たまんない」
なんだかはあはあと、情けない声で悦んでいるのはロキさんだ。
表情は見たこともないほどトロけ、しな垂れるように座り込んだ彼は浮かぶ汗と薄着も相まって、なんだかなまめかしさすら感じて直視しづらい。
ポポさんは「つべたっ、おいし、つめたっ」と、かき氷の冷たさと戦いながら、いつも勢いよく食事を終えるのが嘘のようにちびちび食べている。
そういえば、ポポさんは寒いのが苦手だったはずだ。
冷たいものも苦手だっただろうかと心配したが、新感覚に驚きつつ、嬉しそうに食べてくれているので気に入ってはくれているらしい。
「はあ、俺え、なにがなんでも親方呼び出すからあ」
食べ終わったらしいロキさんが、冷えたはずなのに熱っぽい声音で、未だ腰砕けの様子のままかき氷の入っていた皿を撫で回している。
「お気に召していただけたようで何よりです」
「ヨウちゃん、ねえ、もういっかい……」
トロけた魅惑的な表情のロキさんが、スイとこちらへ視線をよこし、おかわりどころかペンギンさんワンモアの希望を出してきた。
溶けるように瞳は蜜を纏ったように濡れ、脱力したようにわずかに開かれた唇からは、甘そうな吐息がこぼれている。
これは色気かフェロモンなのだろうか、チャラけた雰囲気の無くなり、熱っぽいロキさんはハンパなく目の毒だ。
「ねえ、ヨウちゃん……」
忘れていたけどこの人は中性的で、アイドルのようなイケメンだったと思い知らされた。
じりじりとにじり寄ってくる蠱惑的な肢体に合わせて、私はじりじりと下がる。
「いやいや、親方をこき使ってたら、嫌われちゃうかもですよ」
あまり直視しないようにしながら、なるべく平坦な声を意識して出し、ロキさんをなだめすかす。
それに、次呼び出して、親方がよりリアルペンギンらしくなっていたら、可愛さにもだえる人が出てきてしまうかもしれない。
ケビンさんとか、ケビンさんとか。
「氷を出して、それを削るだけですから。器具を作ってもよし、代替になる魔法でやってもよし。削り方によっては舌触りも変わってきっと楽しいですよ」
「なるほど。これはいいですね。私も早く氷魔法を覚えることにします」
キースさんも食べ終わったようだ。
ニコニコイケメンスマイルのままだが、血管が浮き出るような力を込めた片腕で、私へにじり寄っていたロキさんの頭を鷲掴みにして引き離している。
容赦がない。
そして彼はもう、魔法が使えるようになることに疑問は持っていないようだ。
きっとそう時間が掛からずかき氷を作れるようになるだろう。
「ソースも、今回は練乳をかけましたが、好みで別のものをかけても美味しいですよ」
前世では、シロップ類や果物を乗せたもののほかにも、餡子などを乗せた宇治金時、氷菓というくくりにすればコーンスープ味だったり、出し汁のジュレを乗せたおかず系まで様々だったはずだ。
そこまで話して、ザク君とケビンさんが静かだな、と二人へ顔を向ける。
彼らはそろって頭が痛そうにこめかみを押さえ、しゃがみこんで呻いていた。
ケビンさんなど、「敵の攻撃……? 毒……?」と物騒な単語をつぶやいている気がする。
「ああ! 先に注意しておけば良かったですね、かき氷は勢い込んで食べると頭がキーンとするんです」
「それ、先に言えよお……」
ザク君もつらそうだ。
ごめんよ、ごめんよと言い、ザク君の頭を撫で、勢い余ってケビンさんの頭まで撫でてしまった。
「な!」
頭を撫でられていることに気づいたケビンさんが驚き、顔を上げる。
目を見開いた、ケビンさんには珍しい驚き顔だ。少し赤くすらある。
「す、すみません。いい位置に頭があったので、つい」
日本人らしく、ここは笑って誤魔化す。
ポポさんがケビンさんを肘で小突いていて、ケビンさんは無言でそれをうっとおしそうに払っていた。
「ヨウ」
ザク君が、頬を膨らませてこちらを見ている。
可愛い。
ぷんぷんと、擬音が聞こえてきそうな姿だ。
ヤンチャなショタがぷっくりとほっぺたを膨らませ、お怒りポーズだ。
もう一度言おう、可愛い。
キーンは治まったようで良かったなあ、ともう一度頭を撫でておいたら怒りは静まったようだった。
何だったんだろうか。
謎のご褒美タイムだった。
その後、海藻を集め終わったブッチ&サンダンス君が海から上がってきて、空の皿を見て男泣きし始めてしまうというハプニングがあった。
仕事をさぼったせいだ、ブッチのバカ、サンダンスのバカ、俺のバカ、と口々に言葉を並べ涙して悔やむ彼ら。
彼らのことをすっかり忘れてしまっていただけだった私は、慌てて収納から作り置きのかき氷を出して彼らに振る舞った。
ケビンさん曰く「いい薬だ」とのことだったので、お仕事をちゃんとすればご褒美が、ちゃんとしなければ損があると、ちょうどいい教訓になったようだ。
ロキさんが「かき氷……」と言いながら、私の収納へ熱のこもった悩ましい視線を向けたのが分かったが、作り置いた分を入れていただけで、この袋は無限にかき氷が出てくる不思議収納ではない。
早めに諦めて正気に戻ってもらいたい。
「冷たくて美味い! 俺これ好きです!」
ブッチ君はそう言ってニパっと笑ってくれた。
隣では、食べる前に注意したはずなのに、サンダンス君が頭キーンを起こして「うおお」と見悶えている。
見悶えながらも私へ握手するように、プルプルと両手を伸ばしてきていたのには笑ってしまった。
彼にとっては、美味しいものはガツガツ食べて、感謝のシェイクハンドまでがワンセットのようだ。
+ + +
「そういえば、ヨウが言ってた泳ぐってのはなんだったんだ?」
ザク君が思い出したように聞いてきて、キースさんも「そういえば」と聞きたそうに身を起こす。
他のみんながこちらに意識を向けたことが分かったので、何を説明するべきか悩みながら、泳ぐのは苦手ではないことを話し、聞かれるままに答えていった。
そして分かったのは、この世界には、もしかしたら人が泳げるという概念がないかもしれないということだった。
この世界には、立って渡れないような川や湖は無さそうだ。
湯舟の習慣もないこの世界では、人が体を沈めるような水のたまり場はカイソウの採集地の中にある”海”のみなのかもしれない。
そのカイソウだって、海藻を集めるためには水深の浅い部分での作業で十分だ。
過去に水深の深いところへ行ってしまい溺れてしまった人はいるそうだが、そのことから海は危険で、そこへ潜って何かするなど、考えもしなかったとのこと。
川にも生き物はいないそうだが、一応、魚についてはなんとなく知られているようで、もっと都のほうでは食べられることもあるらしい。
「時間が許すようなら、ちょっと海に入ってみませんか?」
私は、どう返されるだろうかと思いながら提案してみた。
カイソウへ入って二時間くらいだろうか、採集地は日が落ちることはないそうで、ずっと入ってきたときと変わらず夏の晴天と日差しが続いている。
この透き通る海で泳げたら、これ以上なく気持ちいいと思うのだが。
「ヨウの話では、ミズギとかいう水に入るための服が必要なんじゃないのか」
「魔法でどうにかなるかと思いまして」
「まあ、ヨウちゃんならそうだよねえ」
ケビンさんの言葉に返した私に、ロキさんが楽しそうに返す。
かき氷の時の妖艶ロキさんは引っ込んでくれたようだ。
内心、ロキさんが元に戻らなかったらどうしようかと心配だったので、心底ほっとしている。
「私もヨウさんと海を泳いでみたいです」
キースさんはとても前向きだ。
それを聞いて、またムッとしたような顔になったザク君も「俺だって!」と手を上げる。
なんだかザク君はキースさんをライバル視し始めているような……?
「ぜんっぜん理解できないけど、楽しそうだから俺も~!」
サンダンス君はいつも楽しそうでなによりだ。
右手を高く上げたまま、ブッチ君に「ブッチも! なあ!」とせっついている。
ブッチ君は溺れた人の話を知っていたのか、かなり腰が引けていて、「いいよ俺は」と嫌そうだ。
そんな中、真面目な声色で話し始めたのは、ケビンさんだった。
「このカイソウは、俺たち”海”にとっての生命線だ。もしここで採れるものが増える可能性があるなら、試したい。ヨウには世話になってばかりだが、頼めるだろうか」
「ケビンさん……」
名を呼び、黙った私をどう思ったのか、ケビンさんは苦しそうにさらに眉間のシワを増やした。
だが、違うのだ。
「私が! みんなと! 泳ぎたいんですけど!」
私は、ここぞとばかりに怒ったような顔をしてみせて、大きな声を出した。
ケビンさんは本日二度目の驚き顔だ。
なんとなくここ数日でケビンさんは表情豊かになったよなあ、と関係のないことを頭の片隅で思う。
私は主張したい。
ここは夏、そして海なのだ。
この世界に来てから身に着けていたローブもフードも取り払って、私は今とっても開放的な気分だ。
ケビンさんにだって大胆に受け答えしてしまいたくもなる。
「魚だって、貝だって採れるかもしれませんし、泳げるようになれば、とっても気持ちいいんですよ」
私はそう言って、彼らを海へと誘ってみたのだった。
「海の可能性は無限大です! さあ、大海原へ飛び出しましょう!」
オーッと腕を突き上げた私の勢いに押されるように、ケビンさんやポポさんロキさんも「オー?」と小さく拳を作って見せてくれたのだった。




