25.治癒魔法でばい菌相手に無双する
着いた部屋には男性が一人寝かされていた。
かなり苦しげで息苦しそうだが、意識はなさそうだ。
傷の酷さに、思わずたじろいでしまった。
彼の右肩から胸にかけてバッサリと大きな傷があるだろうことが分かる。
まともな治療をする術がないのか、上半身の服は脱がされているものの、ケガをしたと思われる部分には止血のために結ばれた大き目の布が巻き付けてあるだけだ。
固まって黒くなった血のりがべったりと付いている。
血はすでに固まっているため見た目のエグさはマシだが、熱があるのか寝ている彼の顔は赤い。
敵の獣にやられた傷だと聞いている。
ケビンさん達にケガのことを聞いてからなので、ケガをしてからもう三日ほど経っているはずだ。
即致命的なものでなかったのは幸いだが、内臓が傷ついている可能性もあるし、失った血の量が多ければショック状態や傷口の壊死も怖い。熱は入ったばい菌のせいだろうか。
苦しげに浅い呼吸を繰り返す彼の薄い唇はピクピクと震えて、指先も時折痙攣している。
ザッと青ざめる。
破傷風を起こしているのかもしれない。
傷口からばい菌が入って起こる破傷風は、神経障害を起こすはずだ。神経障害で呼吸困難になれば命に関わる。
私は急いで彼に近寄り、隣に座り込む。
肩に巻かれた布に両手で触れて目を閉じ、一生懸命思いつく限り治るようにと念じる。
「熱が下がって元気になりますように。彼の身の回りが清潔になりますように。ケガが治りますように。入ってしまったばい菌は彼の体から出ていきますように。足りない血はちゃんと元に戻りますように。ケガがちゃんと治りますように。治りますように────」
病気の子を治した時とは違う、はっきりと”力を使っている”という実感があった。
念じているうちにぶわっと風が吹きつけてきた。
この風のもっと強いのが、レックスさんや司祭様が吹き飛ばされたりしていた力なのだろうか。
いや、あれはモルモちゃんの可愛さパワーだからまた違うものかもしれないが。
風のような力に煽られ、被っていたフードが落ちたのが分かるが、今はこの力を使っているという感覚に集中して念じ続ける。
「ヨウ! ヨウ!」
ふと、ザク君に大きな声で呼ばれていることに気づいた。
力を使っている感覚も無くなっていたので、ゆっくりと目を開ける。
どうやら私は集中しすぎて周囲の声が聞こえていなかったらしい。
ザク君がすぐそばまで来て声をかけてくれていたようだ。
心配そうなザク君へ「大丈夫ですよ」と伝え、私は男性の様子を見る。
魔法のおかげで、血のりや汚れは巻かれた布に至るまですっかり綺麗になっている。
顔の赤みは引き、安定した静かな寝息が聞こえた。
震えも痙攣も無さそうだ。
傷の様子が見たいが、固く結ばれた布は私の握力ではほどけないだろう。
「終わったと思います。すみません、ケガの様子を確認したいのですが」
ケビンさん達にお願いしようとそう言いながら振り返ると、そこにはケビンさんの顔が三つ並んでいた。
ケビンさん、ロキさん、ポポさんは三人とも眉間にたくさんのシワを作って、口をへの字にしてそこに立っていた。
「……ヨウちゃんさ、マジで何者?」
「おい」
ロキさんがへの字の口のまま出した言葉に、ケビンさんが肘で突いて注意する。
「このことはご内密に?」
首を傾げると髪がサラリとこぼれ出た。
そうだ、フード取れたんだ、と思い軽く髪を整える。
彼らに姿を見せるのは初めてでやや気恥ずかしいが、まあ、ここにいる面々なら構わないだろうと思える。
「ヨウの体に異変は? 体調悪いとかはないの? 反動は?」
ポポさんは私を心配して口をへの字にしていたようだ。
「大丈夫そうです。普段魔法を使う時には何も感じませんでしたが、今回はさすがに”今魔法使ってるぞー”って感じがしましたね」
私が苦笑いして言うと、「絶対体調の変化黙ってたらあかんで。ボクら怒るからね」と追撃された。
彼らが寝ていたケガ人の体を起こし、布を外すと、すっかり綺麗になった肌がそこにあった。
傷は残っていない。
後は彼が目を覚ましてくれれば良いのだが、それはまた後でだ。
私はケビンさんへ視線を向ける。
「残りの方達は」
「……本当にヨウの体に異変がないなら、体調の悪いやつを頼みたい。だが、少しでもヨウに影響があるようならやめてくれ」
ケビンさんの言葉はなんだか、ケビンさん自身が痛い思いをしているような言い方だった。
全然平気なのに。
なんだか心配されすぎているような気がして、「本当に平気なんですよー」と口を尖らせて、俯いていたケビンさんを下から覗くと、目をそらされて「ヨウに、若い女性に無理をさせるのは気が咎める」と返された。
気のせいか、ややケビンさんの頬が赤くなった気がする。
ケビンさんのことなので気のせいだろうなと思う。相変わらず眉間のシワは深い。
ここまで心配されるのは、この見た目を知ったからだろうか。
全身ローブのやつと、いざ顔も見えるやつとでは抱く罪悪感も変わってくるだろう。
それに、私の日本人な見た目は、彼らには幼く映るのかもしれない。
うーん、と周りを見回すと、ロキさんとじっくり目が合った。
「ヨウちゃん可愛いね」
ロキさんが、ニッコリ笑って言う。
カラッとした笑顔だ。
挨拶のように軽い重さの褒め言葉が投げられた。
「真正面からそう言われるのはさすがに照れますね」
カルチャーギャップだ。
こんなにまっすぐ褒め言葉をもらうことは、日本ではまずない。
変なナンパ男だって二言目には「ブス」と捨て台詞を吐くのに。
私はニコニコするロキさんに思わず赤面した。
もちろんそんな様子を見せればこのチャラ男は調子に乗るので、「可愛い〜 ヨウちゃん可愛いな〜 へへへ」と右から左から見るようにしながら楽しそうに言ってくる。
「ロキ」
さすがにケビンさんが止めた。
ザク君もじっとりとした目でロキさんを見ていた。
ザク君、そんな冷たい目ができたんだね。新たな一面を知れたことに、お姉さん喜んでいいのか微妙だよ!
ザク君には前にフードのない状態で会っているので特に問題ない。
ポポさんも、ロキさんのようにまっすぐ私を見ているが、ポポさんはきっと私が体調が悪いのを隠したりしていないかと、見逃さないようにしてくれているんだろうなと思う。
「ポポさん。ね、大丈夫ですよ」
笑顔を向ける。
「それならええんやけど……。ボクらのために、ホンマありがとう。ヨウは綺麗な黒い髪と目をしとるんやね。姿を見せてしまったことは気にしてへんか?」
「はい。みなさんにならもう見せていいと思ってましたから。町中は他の人の目があるのでフードを被っていただけです」
ポポさんもようやく納得してくれたようで、「そうか」と笑顔を返してくれた。
私はケビンさんを促し、体調不良の人がいる場所へ向かう。
+ + +
案内された別室には、二人の男の子が寝かされていた。
二人は同い年だろうか、十代だと思う。
高校生か、もしかしたら中学生くらいかもしれない。
うーん、うーんと唸されながら眠っているのは、明るい金髪の子と、暗い茶色の短髪の子だ。
話によると、昨晩の食事の前にお腹が痛くなり、吐いたりを繰り返してから何を口にしても吐き出してしまっているらしい。
二人で食べた何かにあたってしまったのかもしれない。
だが、食あたりも馬鹿にできない。
栄養状態が普段から良いとは言えないであろう彼らにとって、脱水はとても怖い症状だ。
丸半日以上そんな状態だと言うのならかなり危ないのではと思ってしまう。
私は寝かされている二人の間に座り、両手でそれぞれ二人の体に触れる。
魔法を使い始めようと思っていると、ザク君が同じように座って私の背中に触れてきた。
「ザク君?」
「さっきヨウ、治りきってからもずっと力使ってた気がする。俺が見てて治ったと思ったら背中を押して合図するから。それから、ヨウの様子がおかしいと思っても押す」
ザク君は私をとても心配してくれているようだ。
「ありがとう。本当に大丈夫だからね。じゃあ、合図お願いします」
私は飛ばされないように捕まっていてね、とローブの端っこをザク君に持ってもらうと、目を閉じ念じ始めた。
「この二人の体調不良の原因が取り除かれますように。二人が元気になるのに必要なものがきちんと二人に戻りますように」
そうしていると、また魔法が発動する感覚がして、先程よりはずっと弱いものの、周囲に風のような圧がブワリと広がった気がした。
それに煽られるように体が傾いだ瞬間、背中に触れられていたザク君の手のひらがグッと背中を押してきた。
思わず目を開けて、私は驚く。
私を中心に細い光の輪が広がっている。
それは、何本も何本も、水平に垂直に斜めにと、大きさも様々に展開して、キラキラと光の粒子を寝ている二人へ降らせている。
びっくりして見ていると、私の手からは水魔法が発動したように水が溢れ出してきた。
溢れた水は空中へ疎らに広がると、二人それぞれへ吸い込まれるようにして消える。
一連の動きが収まり、光の輪も空気に溶けて消えていったあと、私はぽつりと言った。
「……すごいですね」
「ヨウがそれを言うのかよ」
ザク君が呆れたように言ったあと、笑う。
背中に当てられたザク君の手は熱いくらいで、その熱のおかげで、目の当たりにした非現実的な光景にも、私を保ったままでいられたと思う。
私はザク君に笑い返した。
「さっきもこんなでしたか?」
「さっきはもっとすごかったぞ。もっと光の輪っかがブワってたくさん出て、風まで吹いて、ヨウが神様みたいだった」
それはすごいですね、と、アハハと笑ってしまうも、ザク君に「ホントにすごかったからな」と念押しされてしまった。
あの輪っか達は強い治癒魔法を使う時の特有のエフェクトだろうか、ファンタジーの魔法っぽくて格好良かった。
そうしていると、寝ていた金髪の子と短髪の子が目を覚ました。
+ + +
「ん……」
二人が身じろいだのに気づいて、触れていた手を離す。
ザク君と一緒にケビンさん達のいるところまで下がろうとしたが、思ったよりも座った体勢でいたのが長かったせいで、足が痺れた気がした。
足の痺れはほんのわずかな素振りでしかなかったはずだが、ポポさんがギンッと強い視線をこちらに向けたのが分かった。
これは、いくら違うと言っても、今日はこれ以上は治癒魔法は使わせてもらえないかもしれない。
……でも、私はケガ人が心配なのだ。
先ほど外で会った人も「ケガしたやつら」って言っていた。先ほどのケガの彼と同じように、危険な状態の人もいるかもしれない。
私はポポさんにバレないようにこの建物の中にいる人の傷と、そこから入ったばい菌を取り除くイメージで治癒魔法を展開した。
即バレた。
傷がひどい人がいたのか、範囲が広いのがいけなかったのか、また「治癒魔法頑張ります!」って感じで体の中の何かが使われる感覚がしたかと思うと、太めの光の輪が風を発しながら私を中心に横方向にブワリと広がった。
こっそりのつもりだったのに! と内心びっくりして硬直してしまう。
光の輪は壁をすり抜け広がっていったので、この建物全員に行き渡っているはずだ。
さて。
「ヨ〜ウ〜」
ポポさんの声が怒っている。怖くてそちらを向けない。
しかしこのまま怒られるのはつらい。
心の中で気合を入れる。
「終わり! 今のでフィニッシュです! 心配かけてすみません!」
私はポポさんのほうを向きながら、ガバリと思い切り頭を下げる。
その勢いに私の髪がバサリと暴れた。
怖い顔は見ないようにしつつ、怒られる前に謝ってしまう作戦だ。出鼻を挫いて”怒られ”を最小限に抑えるのだ。
「ヨウちゃんやっぱりすごいねえ」
「ロキ!!」
軽口を言ったロキさんが、ポポさんに怒られる。
「ポポ。ヨウは、俺達のためにだな、」
「ケビンまでそんなこと言うてどないすんの! ヨウの身に何かあってもボクらには治されへんやろう!?」
ああ! ロキさんを生贄に、私を庇うケビンさんを守備表示で召喚してしまった!
ザク君に「あとはケビン兄に任せとけばいいよ」と励まされてターンエンドだ。
とても申し訳ない。
そうしている間に、寝ていた二人が目を覚ましそうになっている。
彼らとは初対面になるので、私は念のためにフードを被り直した。




