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20.”可愛い”の教えを説く教会の偉いお爺ちゃん

 レックスさんにお礼を言って別れ、冒険者組合を出たところで、ミレーヌさんが待っていてくれた。

 お待たせしてしまったかと思い声をかけると、「こちらこそお話する時間をもらってしまって、申し訳なかったわねぇ」と返された。

 ぽわぽわと、なんとなく幸せオーラが漂っていて、これはとても良いことをしたと、私達は揃って満足げな顔をした。


 + + +


「私は蛇憑きの方を初めてお見かけしたのですが、獣憑き? の方はよくいらっしゃるものなのですか?」

 私は聞いていいものかと思いつつ、このメンバーならば聞いてまずいことはきちんと(いさ)めてくれるだろうという安心の元、教会に向かう道中、声のトーンを落として投げかけてみる。

「ああ、もしかしてヨウちゃんのいた場所ではあーいうのは特別だった?」

 ロキさんの言い方が少し探るようだ。

「いえ、獣憑きの方は全くいませんでした。純粋に人の体の者だけです」

「そっか。それじゃあ驚いたかな」

 ロキさんはどこかほっとしたようにしてからそう言い、そして丁寧に説明してくれる。

「旅人にも町の人にもそこそこいるよ。”獣”にも色々種類があってね、耳が頭の上にあったり、肌の色が違ったり、瞳孔の形が違ったり。そういう人のつくりとは違う特徴を持って生まれる子は”獣憑き”って言われて、現れる特徴や能力ごとに”蛇憑き”とか”猫憑き”とか区別されてるね。ニクにいる動物に似てるって言う人もいるよ。ヨウちゃんもローブにフードだから、獣憑きかもって思ったぐらいだけど」 

 そうか、町で見かけたフードの人たちは、日差し除けや乾燥対策の旅装の人もいるだろうが、獣憑きの可能性もあるということだ。

「蛇憑きの方はみなさん鱗が腕に?」

「いや、人によるな」

 今度はケビンさんだ。

「蛇憑きのやつでも、目や舌に出るやつもいれば、ニルヴァさんのように皮膚に出る人もいる。人それぞれだ。特徴がはっきりと出たり、体の広い範囲に出るほど、獣憑きとしての能力が強いと言われている」

 なるほど。と頷く。

 なんとなく想像する獣人のイメージと一致する。

 ただ、そういった種族があるわけではなく、人々の間に稀に生まれてくるというような印象だ。

「優しいヨウのことやから、獣憑きの差別を気にしてくれてるんかもしれんけど、少なくともこの町ではほとんどあらへんよ。でも、家族や周囲の人と上手くいかないことはあるみたいやね」

「俺の同い年のやつに猫憑きのやつがいる。そいつは親にこの町へ連れて来られた」

 険しい顔でケビンさんが告げた。

 先ほどのロキさんの反応はそれでか、と納得する。

 獣憑きの子の中には、捨て子になってしまう子がいるのかもしれない。

 この町は身寄りのない子どもの住む場所を決めているし、そこ出身の人達は寄り集まって集落を作っている。

 この町はとても”わかりやすい”のだ。

 もしかしたら、煙たがられた獣憑きの子どもは、捨てられるためにわざわざこの町に連れて来られることもあるのかもしれない。

 私は想像して暗い気持ちになった。

「その猫憑きの親はくしゃみと鼻水が止まらなくなったんだ。そいつは可哀そうなことに──」

 ケビンさんが険しい顔をする。

 アレルギーか?

 猫アレルギーなのか?

 まさか、獣人にそんな方面で問題があるなんて。

 リアルになると、思いもしない問題があるものだ。

 親も、何も知識のない環境であれば、子の傍にいるときだけ体調が悪くなるなんて、子どもを病気の原因のように思ってしまうのかもしれない。

 でも、だからといって、子どもを捨てるなんて許せない。

「──可哀そうなことに、町ででかい家を借りて、衝立(ついたて)越しでないと会話ができないらしい」

 深刻な表情でケビンさんが続けた言葉に拍子抜けする。

 捨て子の話じゃなかった。

 私の勘違いだ。

 あ、大きい家に住むためにわざわざ家族で越してきた話?

 そ! それなら、そういう雰囲気で言ってよね!

 私は自分が勝手に勘違いしたにも関わらず、八つ当たりのように心の中でケビンさんに文句を言う。

 そして、はたと気づくが、そういえば、ケビンさんの険しい顔は通常営業だった。

 最近モルモちゃんの対応で、眉間のシワが取れたケビンさんの顔も見慣れてきていたから油断した。


「生活に不便のある方もいるんですね」

 気を取り直して応える。

「そうみたい。鼻は普通より効いても視力が弱かったり、色が分からなかったり、生肉じゃないと食べられないとか野菜じゃないと食べられないとか、さっきのニルヴァさんみたいに寒い時期に弱いとか」

 ロキさんによると、町の人たちは獣憑きには親切にすることが当然なようで、獣憑きの旅人たちはあえて「気を使わないで大丈夫です」という意味も込めて自分の”獣”を隠していることが多いのだとか。

 世界が変われば文化も違うものだな、と私は感心した。

 でも、そんな優しい人たちの中で、ザク君たち小さな捨て子の子達の存在は異質で、どうしても気になってしまうのだった。


 + + +


 私達は教会へ向かうことになった。

 私も買い出しや散歩でこの町を歩くことはあったが、どの建物が教会だったのだろうかと思う。

 他の面々の迷うことのない足取りについていくと、私の見知った通りに出る。

 そして彼らが立ち止まったのは、私がまさに部屋を取り昨晩泊まった宿の隣だった。

 そこには、家三軒分はあろうかというしっかりとした白い教会が鎮座していた。


 絶対にそこにそんなものは無かった。

 私はそれを知っている。

 私だけが知っている。

 これがモルモちゃんの、神様の力なのだろうか。

 セツさんが最初にしていた「世界の成り立ち」の話を思い出す。

 「世界五分前仮説」だ。

 ”モルモちゃんがこの世界に現れる可能性”をこの世界に組み込んだために、まさに世界五分前仮説のように、モルモティフ教はこの世界にあったものとなり、この教会もまた、この世界にあったものになったのだろう。

 やはりモルモちゃんは神様で、ここは異世界なのだと思い知る気持ちで私は、私だけが見覚えのない教会を見上げるのだった。

 

 やはりミレーヌさんは教会の信者さんで、教会にはよく来ているらしい。

「ケンタ、あ、息子なんだけどねぇ、あの子ったら聖画を見ている時だけはとっても静かで良い子なのよぉ」

 ウフフとミレーヌさんが笑顔で教えてくれる。

 おお、ミレーヌさんのお母さんらしいエピソードだ。


 教会の中は天井が吹き抜けのように高くなっていて、空に向かって尖るように作られた屋根の頂点のあたりに、斜めにいくつか空気口が設けられている。

 入り口は開け放たれており、入ってすぐの広いスペースには彫り物がされた柱や、壁に飾りが見え、ここが礼拝などをする聖堂のようだ。

 人の出入りは多そうで、中のほう、人が集まっているあたりはモルモちゃんの姿を描いた聖画があるのかもしれない。

 今開け放たれている入り口は、簡単な柵が設けられる程度で、夜間は聖画は仕舞われるものの、聖堂の部分は常に解放されているそうだ。

 ここにいる人は、みなさんモルモちゃんの絵を見て祈りを捧げるのか。

 それがこの世界の宗教観とはいえ、不思議な気持ちだ。

 信者さん、とは言ってもモルモティフ教には洗礼だ通過儀礼だというものはなくて、モルモティフ様と”可愛い”を崇拝していますよ、と自称するだけだそうだ。

 国教と決まっているわけではないものの、国中ほとんどの人がモルモティフ教を支持しているのだとか。

 教会自体は、ただ聖画が見たいとか相談がしたいとかで誰でも立ち入りできるようになっているそうだ。

 

 私達は、慣れているミレーヌさんを先頭に、教会の中へ足を運んだ。


 + + +


「あ、聖職者の爺ちゃん」

 ザク君が奥の扉から出てきた、聖職者らしい(おごそ)かな服装をした小さなご老人を見て声を上げた。

 歩みを止めてみんながそちらを見やると、ご老人もこちらを見て、「ザク君かな?」と言う。

 白いおひげをたっぷり蓄えた小さなお爺さんは、背の高さは幼児ほどしかなく、ザク君よりも小さい。

 つぶらな瞳を優しく絞るように笑むと、こちらへ()()と近づいてきてくれた。

「爺ちゃん、久しぶりです」

「ああ、ザク君。元気じゃったかな」

「うん。爺ちゃん、ここの偉い人って爺ちゃん?」

 ザク君は随分心を開いた様子でお爺さんと話をする。

 知り合いらしい。

「この教会の管理を任されているのは私じゃな。偉くはないが」

 ファファとお爺さんが笑う。

「司祭様。ミレーヌでございます。少し、大切なお話をさせていただきたいのですが。できましたらご内密に」

 ミレーヌさんが声を潜め、伝える。

 このお爺さんは司祭様らしい。

 私は司祭様という役職がどれくらい偉いのかは分からないが、町の教会をまとめる立場であり、子どもに謙遜してみせるその対応から、この司祭様の人柄は尊敬に値するなと感じる。

「ではこちらへ」

 そう言って、司祭様は顔色一つ変えることなく、ごくスムーズに聖堂奥の扉の中へ私達を案内してくださった。


 + + +


「ふっっはあああああああああ」


 ビクゥ!と私達の体が強張る。

 聖堂から一枚扉をくぐり、扉が閉まった途端に豪快な音を出して大きすぎる息を吐いたのは、司祭様その人であった。

 司祭様がその場で飛ぶようにしてくるっと体を回転させ、体ごとこちらへ向き直る。


「なになに、君たち。ザク君? ミレーヌちゃん? なんてモノ連れてきてるのびっくりしたよモー」


 司祭様は小さな体をジタバタとさせて異議申し立てとばかりにザク君達に猛然と文句を言い始めた。

 でもちっちゃいのでなんだか可愛らしいと思ってしまう。


「なに? そのなんかすごいオーラ放ってるのなに? とりあえず私の執務室まで行くからね! 背後からズドーンとかやめてね? 頼むよ?」

 そうして私を一瞥すると、一気にすごい熱量でモー、モーと文句を言った小さな司祭様は、通りがかった年若い聖職者の方を見かけると途端に落ち着き、彼を捕まえて「人払いしてくださいますか」と真面目モードで伝えた。

 司祭様は慣れた様子で教会内の通路を進んで行くと、一番奥の司祭様の執務室へと私達を通した。


 司祭様は応接テーブルへ私達をテキパキ案内すると、自身も一人掛けのソファー椅子へ飛び込むようにポスンと座り、「モー。やだなぁ」とグチグチ言いながら、困り眉にパチクリとさせた目を私達に向けてこんなことを言ってのけた。

「それで? 大切なお話ってなにかなミレーヌちゃん。国家転覆を謀るの? 教会乗っ取り? もしかして私ってば命の危機!?」

 ぎょっとする私達。

「司祭様ぁ、落ち着かれてくださぃ。ご報告差し上げるだけですわぁ」

 ミレーヌさんは司祭様の突然の変貌に驚いたのか、素の口調で焦った様子で言う。

「ご報告? 事後なの? もう世界征服しちゃった? 教会を出たらもうそこは一面の焦土だったりする?」

 司祭様は先ほどから出てくるワード全てが物騒だ。

 彼が座るソファー椅子は一人掛けだが、幼児のような背丈の彼には大きいので、足は完全に床に着いていないどころか、座ったお尻や足ごと座面の傾斜に吸い込まれるように沈んでいる。

 柔らかい座面と背もたれとの間にむぎゅうと詰められたような状態になりつつある。

「爺ちゃん落ち着けよ。そう言うんじゃねえよ、報告したかったのはモルモティフ様のことだから」

 ザク君がそう(さと)すように言って、私を見る。

「モルモちゃん様? もしかしてこの馬鹿みたいなオーラはモルモちゃん様の? え? どういう事?」

 司祭様は混乱しているようだが、ソファー椅子の肘置きを握るようにしながら身を乗り出してくる。

 先ほどよりは落ち着かれたようだ。

 ていうか司祭様、モルモちゃんのこと「モルモちゃん様」って呼んでるの?

 ロキさんと同じノリじゃん。

 私も内心混乱しながら、少しは話を聞いてくれそうな様子になった司祭様へ向かって口を開いた。

「司祭様、初めまして。驚かせてしまったこと、申し訳ありません。私はヨウと言います。お気付きのようですので、始めにお伝えしますが、今私はモルモティフ様、モルモちゃんと一緒にこちらへお邪魔しました」

 「ええ!?」とミレーヌさんから驚きの声が上がる。

 彼女も、モルモちゃんがまだ滞在していることは知らなかったから仕方ない。

 司祭様はつぶらな目をすがめるようにして私を眺めると、やがてポケットの辺りを注視し始めた。

()の御方がそちらへいらっしゃるのですか」

「はい」

 呼びましょうかとポケットを開くようにジェスチャーしてみせたのを、スッと手の平をかざして止められる。

「この御力を浴びるだけでどれだけ()の御方が力を持った存在かは察せられましょう。私など、老い先短い身、まともに直視してしまってはどうなってしまうか……」

 自らがその身を捧げる存在と相まみえることができる機会であるにも関わらず、謙虚に身を引く姿勢は徳の高さ故だろうか、なんて、私が感心しかけたその時、


「ですので! 少しお時間をくだされ! 心の準備をしてまいります!」


 ヒャッホーイとソファー椅子から飛び跳ねた司祭様はその小さい体でちょこちょこドアまで行くと外へ出る。

 ドアが支えを無くしてバタンと閉まり、ドタタタと足音が遠ざかる。

「やったー うわぁ緊張するなあ~ そうだ聖画、聖画で予習しよ」

 遠ざかる足音に混じってめちゃくちゃはしゃいでいる声がここまで聞こえてくる。

 人払いの範囲は知らないが、教会内の彼の権威が落ちてしまわないことを祈る。


 + + +


「では、よろしいでしょうか」

「お願いしまーす!」

 やっと戻ってきた司祭様はウキウキだ。

 小さい彼では足が着かない椅子に再び飛び乗ると、足をピコピコとリズムを取るように動かしている。

 全体的に小さくておひげたっぷりの彼がウキウキとしていると、なにかのマスコットにしか見えない。

 もしかしてモルモティフ教を極めし者は本人も可愛くなっていく運命(さだめ)なのだろうか。

 私は脳内で、小さくて可愛い枢機卿や、くりくりお目々のプリティな教皇様が円卓を囲んで会議している姿を想像して「悪くないな」と思った。

 教えに即して、うさぎの可愛いぬいぐるみでも寄附してみたいところだ。 


「では、よろしいでしょうか」

 私は司祭様に投げたのと同じ台詞を、ローブの右ポケットを開いて問いかける。

 今回は相手も準備万端だと分かっているので、モルモちゃんも大丈夫そうだ。

 ふわふわのピンクの床に座らせた大きなぬいぐるみのクマさんと、モルモちゃんは同じ敬礼ポーズでビシッと準備万端を伝えてくれた。

「プイッ!」

 気を引き締めたような可愛らしい声が響く。

「うわぁ、今のはモルモちゃん様の出された音ですか? それだけでもう可愛いぃ~!」

 姿も見えないうちから司祭様は絶好調だ。

 両頬に手を当てくねくねと身を(よじ)っている。

「モルモちゃんの可愛さはそんなもんじゃありませんよ」

 私もなんとなく楽しくなってきた。

 これだけ楽しみにされると、「期待を超えて驚いてもらおう!」といたずら心すら湧いてくる。

 今までの方々にはモルモちゃんは突然の登場すぎて、驚きが勝っていたが、今回は純粋に期待値が上がった状態での正真正銘の真っ向勝負だ。

「モルモちゃん、目にもの見せてやろう! 可愛くなあれ!」

 私がポケットの中へ魔法を唱えると、ほどよく柔らかい色味のふわふわ生地のリボンがモルモちゃんをデコレーションするように首元あたりで結ばれた。

 このワンポイントはかなり可愛いぞ!

 モルモちゃんも自分の姿を見回すと気に入ってくれたようで、「キュップイ~」とご機嫌な声を出した。


「では、イッツ! ショータイム!」

 

 私がローブの右ポケットを持ち上げるようにすると、そこからアイドルのショーのようにパパーンと金銀のテープが飛び出し、ポケットを中心に局所的に煙幕がかかる。

 煙幕が晴れていくにつれ輪郭が露わになったのは、ポケットのフチに両方のお手てを引っかけてちょこんと顔を出す、絶対的”可愛い”の象徴、モルモちゃんである。


「プイ!」


 モルモちゃんの元気なお声が上がった。

 完璧な登場演出だ。



 司祭様は、弾け飛んだ。


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