17.アニキと行きつけの店の女将さん
レックスさん再登場回。
8話あたりで妹探してた彼です。
「いいから今から戻ってOKのお返事してきてください!」
ロキさんからの「あいつを幸せにしてやって」コールを快諾したミレーヌさんへ、気が変わらないうちに返事をしてきてとロキさんが急かす。
「でもぉ、これから報告に回らないとぉ」
遠慮するミレーヌさんをザク君まで背中に両手を当てぐいぐい押し始めた。
「あの兄ちゃん絶対喜ぶよ。行ってやりなよ。俺たちどうせ冒険者組合に行かなきゃいけないから、その間にミレーヌさん行って来たらいいよ」
少年に気を使われて流石に申し訳なさそうだが、「じゃ、じゃあ、行って来ましょうかぁ」と少し嬉しそうに言ったミレーヌさんは、「すぐ戻るわねぇ」と明るい笑顔で手を振って去っていった。
「あの隊長の兄さん、この後の仕事に支障が出るんじゃないか」
ケビンさんが眉間のシワをぎゅっと寄せて言う。
ケビンさんなりの心配している顔なのかもしれない。
「あいつクソ真面目だから大丈夫だよ。そんでガッツあるから」
この時は「ああ、確かに生真面目そうな人だったもんな」としか思わなかったが、後日、彼がヤサイ(というよりミレーヌさん)を守るために、若干十九歳にして犯罪組織を一人で壊滅させたことがあると耳にして、「ガッツどころじゃなくない?」と私は困惑することになる。
ちょこちょこと隊長さん、通称『獅子隊長』の強すぎる愛を連想させる噂の数々を耳にする度に、彼のミレーヌさんへの好意は、私が思うよりずっと濃く重いものだったようだと思い知ることになる。
冗談だったのかと思っていたロキさんの「付き纏い」発言が、真実味を帯びてくるにつれ、ミレーヌさんのこれからの幸せを願わずにはいられないのだった。
+ + +
ミレーヌさんを除いた私達は、町の冒険者組合の前まで戻ってきた。
「おう、早速会ったな」
レックスさんだ。丁度どこかからの帰り道か、冒険者組合の前を通りがかったようだった。
お昼過ぎに組合に紹介いただいたから、もう日も暮れかけた今、数時間ぶりだ。
レックスさんのことを先程ヒーローを見る目で見送っていたザク君は、思わぬ再開に「レックスさん!」と嬉しそうだ。
「お世話になっています。早速ヤサイへ行って来ました。採集地は素晴らしいところですね」
「そりゃあ良かった。ヤサイはたしかにいいよなあ。俺も好きだ」
そして、「ふむ」と髭のない顎をさするようにしながら、思い出すような仕草でレックスさんは言う。
「聖樹の林には行ったか?」
「はい! 荘厳で、とても神々しい場所ですね。聖樹も立派で感動してしまいました」
レックスさんはニカッと笑った。
「そうか。なあ、ヨウ。ザク。俺が新人冒険者によくする話なんだが、こんな話を知ってるか?」
何の話だろう、と私とザク君がキョトンとすると、楽しそうに続けてくれた。
「ヤサイは円形で、その最奥である中心地には聖樹がある。他の採集地は奥に行くほど攻略は困難で、未だ、この国のどこにもその最奥まで辿り着いた奴はいない」
そうなんだ。
私は採集地のことをまだほとんど知らない。
大きな町には、どこも四種類の採集地が存在していると教えてもらったが、ヤサイ以外のそのどれもが未踏破らしい。
レックスさんは続ける。
「これは俺の勝手な持論だが、採集地の最奥にはそれぞれ聖樹のような場所が存在していると思っている」
ザク君と私の目が大きく見開かれる。
ザク君の瞳は宝石箱のようにキラキラと輝きだした。
あの聖樹の林のような場所が、もし他の採集地にも存在しているのだとしたら。
「どうだ?行ってみたいと思わないか?」
レックスさんのニヒルな笑みは、私達の回答なんて分かりきっていると言いたげだった。
+ + +
「ずるいわレックスさん~ボクたちがその話、二人にしたかったのに~」
ポポさんが冗談めかして言ってすぐ、「まあ、ボクたちもレックスさんに教えてもろたんやけどな」と笑った。
「レックスさんにそれ言われて落ちないやつは、冒険者向いてないよね」
少し悪い笑顔でそうまで言い切るロキさんは、これまでレックスさんに口説き落とされた新人冒険者たちを、これでもかと見てきたのだろう。
ケビンさんは「まったく」とでも言いたげに、フンとため息のように鼻息を出した。
「そんなこと、考えもしなかった……」
ザク君の瞳はキラキラだ。
ちなみに私の瞳もキラキラだ。
だってヤサイの聖樹を見てきたばかりだ。
あんな素敵な場所が、カイソウにも、ニクにも、シオにもあるかもしれないなんて。
いや、きっとある!
海が広がる真夏の「カイソウ」。
崖まである秋の岩地の「ニク」。
冬の洞窟の「シオ」。
一体その最奥にある場所はどんな美しい景色をしているのだろうか。
「行こう! ヨウ! 絶対俺たちでそれを見つけてやろうぜ!」
「うん! 見たい! 絶対見つけよう!」
私達、新人冒険者は大興奮だ。
だって仕方ないではないか。
まさにそれこそ”冒険者”と言わんばかりの大冒険! 大スペクタクル! な予感がビシビシとする。
+ + +
ひとしきりはしゃいだ私達を、生暖かい目で見守っていた先輩冒険者な兄ズは、じゃあそろそろモルモちゃんの顕現の報告に行くか、と冒険者組合へ促してくる。
「さて、信じてもらえるやろか」
苦笑いしたポポさんに、ロキさんが答える。
「その時は出てきてもらっちゃえば」
スパーン!
余計なことを言いかけるロキさんを、シュバッとポポさんが意外な俊敏さで”どついて”黙らせる。
私達はここでケビンさんに、モルモちゃんがまだ私のポケットの中にいることを知られるわけにはいかないのだ。
幸い、ケビンさんも、ついでにレックスさんも「意味はわからなかったが、どうせロキがまたおかしなことを言ったんだろう」くらいの薄い反応だ。
セーフ。
ロキさんの日頃の行いの賜物である。
反省してほしい。
「そ、そもそも取り次いでもらえんかったりしてなぁ」
フォローのつもりで口にしただろうポポさんの言葉に、「む」とケビンさんが真剣に考え始める。
「たしかに。大した実績もない俺たちが突然、組合長に会わせろと言っても難しいだろうな。取次ぎをする窓口のやつに理由を話そうにも、大事になるか、信じてもらえないだろうな」
「え、じゃあどうすんの」
「正直に言って、ダメなら諦めるほかないだろうな」
ケビンさんが難しい顔をする。
「なんか分かんねえが、組合長への取り次ぎか? 俺に理由は話せるか?」
腕を組んで話の成り行きを聞いていたレックスさんが、そう言ってくれる。
そうしてザク君の頭をすっぽり包むほどの大きな掌を、ザク君の頭の上へ置く。
彼には重すぎたのか、首で支えられなかったのかザク君は「ぐえ」と何かが潰れるような声を出した。
「こいつらには力になるって約束だ。俺には手伝えないことか?」
レックスさんはザク君の頭をぐりっと撫で(痛そうだ)、彼と私に問いかけた。
レックスさん、いや、アニキ。アニキと呼ばせてもらいたい。
なんて頼りになるアニキだと私は感激する。
こんな先輩が職場にいたらもっと……! なんて、関係のないことまで思い出してしまう。
「アニキに相談したいです!」
「アニキ?」
「はい! アニキと呼ばせてください!」
「あ! 俺も!」
勢い込んで言った私と、それに便乗したザク君に、レックスさんは戸惑うように、しかし受け入れてくれた。
+ + +
そして今私達は冒険者組合近くの食堂へ来ていた。
夜営業の前の仕込み時間だろう、”支度中”の看板が出ていたが、「幼馴染がやっているから」とレックスさんは止める間もなく入っていき、暖簾から自分の家のように「中入れ~」とすぐ顔を出した。
「悪いなニーナ。戻ってきちまった。いいよな」
「はいはい。あんたはいつもそうなんだから」
ニーナさんと呼ばれた女性はこの食堂をお一人でされているそうで、レックスさんと同い年で幼馴染なのだそうだ。
紹介を受けたニーナさんは「ただの腐れ縁だよ」と言って笑う。
エプロンをして夜営業分の仕込み作業をしていたらしい彼女は、まるで予想したのかと思うほどあっさりと私達を受け入れてくれた。
背が低めでボーイッシュな彼女は、化粧っ気がなく健康的で、若々しい雰囲気でありながらも三十代半ばであるだろう年相応の落ち着いた雰囲気も持ち合わせる女性だ。
彼女は、支度中の店へ入ってもいいものかと間誤付いていた私達へ「いらっしゃいな」と、客ではなく、家に招くような言い方でそう言うと、嫌な顔ひとつせずに小柄な体でテキパキと、私達を奥のテーブルまで案内してくれた。
レックスさんの話ぶりから、彼は先程このお店からの帰りだったようだ。
「何かつまむかい?」
「なんか適当に」
さっさと慣れた様子で椅子へ座り、リラックスし始めたレックスさんは、まるで亭主関白な旦那さんのようだ。
「出したもんに文句言うんじゃないよ」
「お前の作るもんに文句なんて出るかよ」
笑み交わされながらやり取りされる軽快な会話からは、二人の付き合いの長さと互いへの信頼を感じさせた。
申し訳なく思いながらもその場を借りた私達は、ニーナさんの出してくれたおつまみをいただきながら話をすることにした。
ニーナさんが出してくださったのは、緑や白の数種類の茹で豆と海藻の和え物と、カリカリに焦げ目をつけたパンを小さめに切り分けたもの、それから、砕いたゆで卵とそぼろ肉で作った炒め物だ。
好きな量を取り分けられるようにか、それとも店での食事に慣れないであろう貧困層出身の彼らが食べやすいようにか、一人ずつにではなく、全員分が一品ごとに一つの器に盛られている。
シンプルながらも、それぞれ料理に合った形の器に盛られたそれらは、間違いなく美味しいだろうなと思わせる見た目をしていた。
異世界に来てから見たどの料理よりも、見た目からしてクオリティの高さが段違いだ。
営業時間外に提供してくださった料理に、ニーナさんへお礼を言い、取り皿へ少しずつ取ると早速いただく。
数種類の豆と海藻の和え物は、和食のような落ち着いた味に、わずかに潮の良い香りを感じる。
炒め物は少し濃いめの塩加減で、クラッカーのパンに乗せて食べると、カリッと香ばしいパンと相まって、ついお酒を飲みたくなってしまう。
きっとこの炒め物とお酒の組み合わせは、この食堂の人気メニューだろうなと思いを馳せる。
お酒を頼むわけにはいかないので、パンに添える程度の量の炒め物を乗せて食べると、そぼろから出た舌触りの軽い油分をパンが徐々に吸って、噛めば噛むほどカリカリからじゅわじゅわへと変わる食感と、パンと卵の甘味を感じて絶品だ。
セツさんの嘘つき! めちゃくちゃ料理上手な人いるじゃん!
なにが「モルモの世界の料理は料理ともいえない有様」だよ!
私は内心でセツさんへ抗議の声を上げた。
その料理に使われている材料のどれもが、通りの店で手に入る種類で安価なものながら、塩味だけで十分な味のバリエーション。
見た目も色とりどりで、栄養バランスも良さそうだ。
こんなの、日本で食べてたお気に入りのお店の食事に負けるとも劣らないよ!
私も毎日三食こんな料理が食べたい。
兄ズとザク君を見ると、彼らは緊張した様子だった。
そういえば、お店で食事をする機会が無いようなことを言っていた。
席に案内されたところからギクシャクと緊張していたが、サッと三品も用意された食事に戸惑っていた。
「俺が奢るから気にせず食え。ニーナの作るものはなんでもうまいぞ」
レックスさんからそう言われ、おっかなびっくりながらも、彼の食べ方をマネるようにしながら口に入れた。
「「「うまい!」」」
揃って豆と海藻の和え物を口にした彼らは、同時に感嘆の声を上げた。
「めちゃくちゃうまいよこれ! 生きてきた中で一番うまい! ニーナさんすごいね!!」
ロキさんが行儀悪く席で箸を持ったまま後ろを振り返り、ニーナさんがいるであろうカウンターの奥に向かって叫ぶように言う。
カウンター内から微かに「あはは、そうかい」と、ニーナさんの笑う声が聞こえた。
「おいロキ。レックスすまない、俺たちはこういった場での食事に慣れていない」
「ザクは真似したらあかんよ」
ケビンさんが食事マナーのなっていないロキさんに対して、すかさず注意と謝罪をし、ポポさんが反面教師にしろとザク君に言い聞かせる。
ザク君は料理にすっかり夢中で、もぐもぐ、むぐむぐ、と一生懸命咀嚼しながら、料理を一心に見つめたままコクコクと頷くことで返事をした。
口の中の物を飲み込んだザク君は、なぜか私に期待のこもった目線を向ける。
少年、まさかその視線は。
嫌な予感がした私だったが、対策を講じる前に口を開かれてしまう。
「ヨウ、俺これもっと食べたい。作ってくれるか?」
あの甘え下手のザク君のおねだりである。
私に選択権などない。
「うん、また今度ね」
精一杯微笑み顔を作った私は、なんとかニーナさんに料理を教わる算段をつけなければ、と心の中で唸った。
+ + +
その後も一口食べてはうまい、うまいと言っていた兄ズだったが、話をしに来たのだということを思い出してくれたらしい。
「すっかり食べるのに夢中になってしもたわ。レックスさん、ニーナさん、ご馳走様です」
ニッコリと言ったポポさんに、カウンターの奥から「はいよー」と気持ちのいいニーナさんの返事がする。
レックスさんがあまり料理に手を付けていないのは、直前までここでもっとしっかり食事をしていたのか、貧困層である彼らへの思いやりか。
レックスさんなら後者なのだろう。さすがアニキ。
そのレックスさんは大層機嫌が良さそうだ。
「うまいだろ。俺はこれでもあちこち行ったし、高え飯の味も知ってるが、ニーナよりうまい飯を出す店は知らねえ」
レックスさんが言う”あちこち”が店を転々としたという意味ではなく、国中を冒険したことを指すのだろうということぐらいは察せた。
ニーナさんは国一番の料理上手だったりするのかもしれない。
この町にレックスのアニキが居てくれるのは、ニーナさんあっての事だったりするのかもと思い、しかし、レックスさんだからなあと思い直す。
妹さんがこの町にいるからという事情のほうが、レックスさん滞在の理由として、可能性が高すぎるのだ。
「さて、じゃあ相談に乗ろうか」
はみ出すように椅子に座ったまま、テーブルに豪快な頬杖をついたレックスのアニキは、仕切り直すようにそう言うと、ニヤリと私とザク君を見やる。
頼りにしてますアニキ!
「実は、組合長へお話ししなければならない事態が起きたんです。しかしそれが窓口で取り次いでもらうには、なかなか説明しづらい内容でして」
そう言う私にレックスのアニキは「一体なんだそりゃあ」と訝しげだ。
ムズムズ。
「レックスのアニキになら、詳しいお話をしても構わないと思っています。巻き込むことになりますが、頼ってもいいのでしょうか」
ムズムズ。
「構わねえよ。新人のフォローぐらいなんてことない」
ムズムズ。
まずい。
まずいよ。
もう少し耐えてくれ。
私は、先程から不穏な動きをするローブの右のポケットに手をやる。
そう、つまみながら食べようと、テーブルの中央には大皿に盛られた美味しい料理がまだ残っている。
まだ温かい料理からは美味しそうな匂いが漂い、ポポさんなんかは食べたいのをなんとか理性で耐え、話に集中しようとして失敗してよだれがはみ出している。
この状況で、美味しいものに飢えたプリティな神様が、我慢などできるはずがないのだ。
しかし、まずい。
せめて心の準備を。
前情報でもって、レックスさん(とケビンさん)に堪える準備をしてもらわないと。
「あの、アニキは可愛いものが突然目の前に現れても大丈夫 「プイ~」
間に合わなかった。




