16.”元”おねショタ 〜チャラ男は友達を大事にする〜
私たちは事務局を出て、出入り口である洞窟をくぐった。
ザク君が「手ぇ繋ぐか?」とコッソリ聞いてきてくれたので、もう大丈夫だけど、と思いつつ有り難くお願いした。
ザク君は本当に癒し系だ。
来た道を戻り、守衛さんのところまで来た。
やはり来た時と同様、生真面目そうな”ソウちゃん”さんがいるのが見える。
行きはロキさんとのやり取りに面食らってしまって、表面的な様子しか見ていなかった彼を観察する。
服装から、規律に厳しそうな真面目さがにじみ出ている。
襟を正した制服の着方や、撫で付けられ整えられた髪型は、隊を取り仕切る隊長さんと言われればなるほどと頷いてしまう。
がっちりとはしていないが、相当鍛えられているのだろうと分かる立ち姿だ。
顔立ちは精悍で、やはり年齢は二十代前半だと思うが、若いながら貫禄というか、年齢よりもずっと大人びた近寄りがたい空気をまとっている。
雰囲気のある人だな、と改めて見て思う。
ロキさんの話通りならこの人が女の子のストーキングを、と私は苦々しい気持ちになってしまった。
ソウちゃんさんは、出てきた私達に気付いて、生真面目そうで、少し不愉快そうな視線を先頭を行くロキさんに向けてきている。
「ソウちゃん~」
長身のロキさんやケビンさんの影になっていたミレーヌさんが、ヒョコっと顔を出してソウちゃんさんに笑顔で手を振った。
瞬間、ソウちゃんさんの顔がみるみる赤くなり、「ミミミ! ミレ! ミレーヌ!?」と挙動不審になった。
その途端、年相応の”青い”青年の雰囲気が出て、ぐっと親しみやすい雰囲気になった。
薄々その可能性は考えていたが、これ、付き纏いの相手はミレーヌさんじゃないか?
そんなソウちゃんさんの様子は見慣れているのか、気にすることもなくミレーヌさんはタタタッと駆け寄った。
「ソウちゃん、久しぶりぃ。こんなところで守衛していていいのかしら? 隊長さんになったって聞いたわよ~」
にこにことミレーヌさんが話しかける。
ソウちゃんさんは「ミ、ミレーヌ。ひさ、ひさ、久しぶり」と言って、真っ赤な顔でぎゅっと強く目をつぶった。
背筋のピーンと伸びた”気をつけ”の姿勢でガチガチになっている。
「本当だぁ、記章たくさんだねぇ。ウフフ、格好いいわぁ。隊長さんの記章はどれかしら」
ソウちゃんさんの胸元に三つ並んだ勲章のような記章を指先で触り、細部まで見ようと顔を近づけるミレーヌさん。
「ひぃっ! ミ、ミレーヌ、ソウちゃんはもうやめてくれ。部下もいるんだ。きちんとソウキと呼んでくれ…っ!」
真っ赤な顔で目をつむったまま、近づいてくるミレーヌさんを避けるように顔を後方へ仰け反らせ、ソウキさんというらしい彼が訴える。
「そんな、お姉ちゃん淋しいわぁ。ソウちゃんにも前みたいに”れー姉ぇ”って呼んで欲しいのに……」
ミレーヌさんの怒涛の攻撃は止まらない。
胸元にやっていた指で、ソウキさんの胸をツンツンくるくると、いじけるように突っつき始めた。
「勘弁してくれ……。それはまだ舌も回らなかった頃の話だ……」
ソウキさんは限界まで喉を仰け反らせ、しかし抵抗することもできずに息も絶え絶えだ。
付き纏いなんて聞いて驚いたが、思ったより平和な関係っぽくてほっとしたような、不安が増したような。
やっぱり「あらあらウフフのお姉さん」の本物はすごいな、と憧憬の念すら抱いてしまう。
一人の狂わされた少年の成れの果てがこのソウキさんの姿か、なんて、私は失礼なことを考えていた。
+ + +
「あら、いけない」
そう言って、ミレーヌさんが両手を豊かな胸の前でポンと合わせると、すまなそうに眉を下げてこちらを振り返る。
「ごめんなさいねぇ。夢中になっちゃって。こちらが警備隊の隊長さんをやっているソウちゃ 「ソウキだ」
すかさずソウキさんが自己紹介する。
息もぴったりだ。
付き合っちゃえばいいのに。
ミレーヌさんは「ウフフ」とおかしそうにしながら、ソウキさんに私達を一人ずつ紹介してくれた。
ソウキさんがミレーヌさんから一定の距離(これが彼の対ミレーヌさん安全圏らしい)を取り、生真面目な隊長さんの姿を取り戻してきたところで、ミレーヌさんが話し始める。
「あのねソウちゃん、」
「ソウキだ」
「もう! 聞いてってば。ソウちゃん、大切な話なのよぉ」
ソウキさんは即、訂正を試みたが失敗に終わり、ミレーヌさんをぷんすこと怒らせてしまった。
敗北を悟った彼は「わかった、続けてくれ」と速攻で諦め、聞く体勢になる。
さすが隊長さん、戦況の把握が迅速だ。
「ソウちゃん、モルモティフ様が顕現されたわ」
「そうか」
「そうなの。って、知ってたの?」
あまりにすぐ返事をしたソウキさんに、ミレーヌさんがキョトンとする。
「いや、今知った。れーにぇ、ミレーヌが言うのだから本当なのだろう。前回は俺が生まれた年だから、二十四年ぶりだな」
おおっと。
愛が深いのか、妄信か。
疑うことを知らない真っ直ぐな瞳がちょっと怖い。
ていうか”れー姉ぇ”って呼びかけましたね。
それと、ソウキさん、二十四年ぶりとおっしゃいましたか?
たしかミレーヌさんは前回顕現を十二歳でご覧になったと──。
(わ、若……っ)
思い至ってついギョッとしてしまった私の方へ、ミレーヌさんが「あら、」と振り返る素振りを見せた。
微かに見えただけのその微笑みの横顔からはすごい圧を感じる。
(思考が…読めるのか!? まずい…!)
私は両手を口に当て、必死で気配を消した。
気配を消す魔法を発動させすらしていたかもしれない。
私は開けてはいけないパンドラの箱を勢いよく閉じ、鍵をかけ、全てを忘れる努力をした。
女性の年齢に触れるなんて、初めて行った彼女の実家で彼女の父親に自分の好きな野球チームを語って聞かせるくらいやってはいけないことだ。
場合によっては血を見る。
その後も、阿吽と見紛うテンポの良さで、ミレーヌさんの言葉を二つ返事で理解するソウキさん。
話が早い。助かる。
「わかった。総隊長へ相談の後、国へ奏上しておく。内密にと念を押すし、他機関に周知も終わっていると分かれば問題ないだろう。もしかすると何か動きがあるかもしれんが、あちらにはモルモティフ様のご意志を無碍にするような愚か者はいないだろうし、心配しなくてもいい。ミレーヌ達が呼ばれるくらいはするかもしれんがな」
確かに、神の顕現に居合わせた人なんて、国としても話くらいは聞きたいだろう。
しかし、仮に呼ばれるにしたって、モルモちゃん同伴では大変なことになるのは目に見えている。
モルモちゃんが家出に飽きた頃に召集されるのに賭けるしかない。
話も終わって、では次は組合に、と去り際、「ちょっといいか」とソウキさんがミレーヌさんを呼び止めた。
プライベートな話のような気がしたので、先に行っておこうかと問うとミレーヌさんは頷き、私達はゆっくりと冒険者組合への道を歩いた。
+ + +
歩きながらロキさんが、訳知り顔で「デートでも誘ってんのかな」と鼻歌まじりで言う。
人の噂話を聞くようで申し訳なくて、相槌せずにいたら、「あいつと昔一回だけ呑んだことあんの」とロキさんが続けた。
「守衛の兄ちゃんと?そらまた何で?」
ポポさんが意外そうに返した。
「ん? 結構昔だけどね。あいつもまだ町の巡回してた頃にさ、ヤサイ行きたいばっかり俺が言ってたら、なんか目ぇつけられちゃってて。説教だーとか言うから、じゃあ呑みながらねって」
すごいコミュニケーション能力だ。
お巡りさんに注意されて飲みに誘う。
私には真似できない。
「そしたらあいつ真面目な顔で終業時間告げてきてさ。で、その時間まで待ってあいつの家で飲んだの」
「まあ、ボクらは店で飲むなんて豪勢なことできんもんねぇ」
ポポさんが笑う。
「あいつだって給料少ないだろうに、酒提供してくれて。飲んでるうちに仲良くなったの。で、ヤサイに昔から慕っている女性がいるから、荒らされるようなことは看過できないんだって。その人がカッコイイって言ってたから警備隊に入ったって。偉くなって勤務地が選べるようになったらヤサイを見張る仕事をするとか言ってた」
実現するのがすごいよね、とロキさんが笑っている。
確かにすごい執念だ。
勤務地を選べるようになったというより、どこで勤務していても周りを黙らせられるだけの権力を手に入れた、というのが正しい気もするが。
「その相手がミレーヌさんやったんか」
「そうみたい。で、相手は旦那さんもお子さんもおるから、気持ちを伝えることは一生ないって。迷惑になりたくないとも言ってた」
ああ、そうなんだ。
ぎゅっと切ない気持ちになってしまった。
戻ってきたミレーヌさんを茶化したりすることがないよう、今ロキさんは私達にこの話をしたんだな、と分かった。
「あいつ良い奴なんだよ。俺がヤサイに行きたがるのは、俺が聖樹の林が大好きだからだって知ったら、特別な許可取って一度連れてってくれたこともあるんだ。────あいつには、幸せになってほしい」
少し辛そうに言ったロキさんの言葉は独り言のようだった。
+ + +
ややあって追いついてきたミレーヌさんが、「ソウちゃんに口説かれちゃったわ」とお茶目に言ったので、先ほどの話を聞いたばかりだった全員が驚いてしまった。
それをどう受け取ったのか、「びっくりよねぇ、こんなオバサンのどこがいいのかしらぁ」とミレーヌさんは困ったように頬に手を添えた。
ここは、女の私の出番だ、と直感的に悟った私は、すかさず口を開く。
「オバサンだなんて、お二人はお似合いですよ。あの、」
「私なんて、子どももいるようなオバサンよぅ。別れちゃったけど、旦那もいたのよぅ」
謙遜するように言ったミレーヌさんの言葉に、私達は状況を悟った。
堰を切ったように、口々にソウキさんを勧める私達に、ミレーヌさんは「あらあら」と困ったように笑う。
ザク君なんて、まるでソウキさん本人かのような必死さでソウキさんを推している。
「ソウちゃんはもう立派な隊長さんにまでなって、格好いいし、優しいし。私みたいなオバサンじゃなくて、もっといい子と幸せになるべきよぉ」
ずっとそう決めていたように微笑んだ顔のまま断言してみせるミレーヌさんに、彼女もずっと、ソウキさんの気持ちを知っていたのかもしれないと思った。
「好きな子ぉと一緒になるより幸せなことなんて、あるわけないやろ」
ポポさんの一言だった。
声量は大きくはないのに、強い一言だった。
ミレーヌさんは、微笑みの顔から目を見開き、本当に困ったという顔で「どうしましょう……」と俯いて、顔を赤らめさせた。
ロキさんがここが正念場とばかりに、「ミレーヌさん! 自信持って! あいつのこと幸せにしてやって!」と勢い込んでまくし立てるものだから、「あら、あらら」とその勢いに押されていたミレーヌさんは、やがておかしそうに笑い始めて、「……そうねぇ、そうしましょうかぁ」と楽しそうな笑顔を見せたのだった。




