夢のハイテク家電です
「むむむむ。」
帝都にある服屋、”クロスランプ”。浮遊大陸のケッタマンという国から衣類を輸入しており、数多の世界のファッションが集う店である。
その店の水着コーナーで、ミレイは真剣な表情で悩んでいた。
あくまでも、キララと2人で海に行くだけ。それもクエストのためである。人の多いプールや海水浴場に行くわけではない。
誰に見せるわけでもないが、それでもミレイは非常に悩んでいた。
「ミレイちゃん、こういうのが似合うと思うんだけど。」
「ん〜?」
キララの持ってきた水着を見ても、ミレイはしかめっ面のまま。
中々に、気に入った水着と出会えない。
「お客様なら、こちらはどうかしら?」
全身に金属プレートをくっつけた、前衛的な店員が水着を持ってくる。
「……いや、それは流石に。」
どこの世界の文化なのかは不明だが。流石のミレイも、まるで宇宙服のような水着を着る勇気はなかった。
どちらかと言えば、あれはマグマに入るための装備である。
「ミレイちゃん、これはどう?」
続いてキララが持ってきたのは、ちょっと大人っぽい白の水着。
デザイン的には、悪くないのだが。
「自分で、こんなこと言いたくないけど。それ着るの、”わたし”だぜ?」
それは、とても悲しいことである。
20歳であるミレイは、仲間内ではソルティアと同年代。しかしその見た目は、遥かに年下であるイーニアとどっこいどっこいであった。
まだ、キララやフェイトくらいの少女なら、ちょっと大人びた水着もいけるであろうが。
ミレイが着ようものなら、軽く”笑い”の要素が入りかねない。
「せめて、あと20cmはあれば。」
そうすれば、”同じ目線”で歩けるのに、と。
ミレイはため息を吐く。
「大丈夫だよ。ミレイちゃんも、すぐに大きくなるって。」
「いや、断言してもいいけど、わたしの身長は伸びないよ。この世界に来た拍子に、なぜか若干若返ってるけど。経験からして、5年後も絶対に変わってない。」
悲しいが、それが運命である。
「この先、イーニアにも抜かされて。バカにされるのが目に浮かぶ。」
近所の子供が、鬼のように身長を抜かしていくのは、もはや恒例行事であった。
しかし、キララは不思議そうな顔をする。
(……そうかな? 初めて会った時に比べて、”絶対に大きくなってる”と思うけど。)
毎日毎日、欠かさずにミレイのことを見ているため。キララはその微細な変化に気づいていた。
ミレイ本人も気づいていない、その確かな”成長”を。
「貴女たち可愛いから、お揃いコーデなんかどう?」
前衛的な店員が、可愛らしい水色の水着を持ってくる。
お揃いで、しかもフリル付きである。
「あっ、いいかも。」
「可愛い〜!」
小さな悩み事など、軽々と吹っ飛んで。
2人は、お揃いの水着を購入した。
◇ カード召喚 65日目
3つ星 『全自動医療ポッド』
軍用の医療ポッド。怪我の治療だけでなく、疲労回復効果も持つ。
ミレイとキララ、2人の部屋の片隅に。巨大な医療ポッドが置かれる。
宇宙船にありそうな、傷ついた戦士を癒やす的な。
まるで、SFのようなハイテク家電である。
「キララ、入ってみたら?」
「服は脱ぐの?」
「うん、たぶん。」
せっかくなので、キララは素っ裸になり、医療ポッドに入ってみる。
ポッドの中は、謎の治療液で満たされていたが。
その中でも呼吸が可能なのか、キララは平気そうであった。
「気持ちいい。ミレイちゃんの優しさを感じるよ。」
「……水の中だから、なに言ってんのか分かんないや。」
とはいえ、とても便利そうな機械なので。
医療ポッドは部屋に常設されることになった。
◆◇
水着を買った翌日、2人の部屋にイーニアが訪ねてくる。
「どったの?」
「……それ、こっちのセリフなんだけど。」
一体、何があったのか。
ミレイの部屋には無惨にも”大穴”が空いていた。
その大穴を塞ぐべく、キララと隣室のタマにゃんが作業を行っている。
「昨日ね、便利なカードを手に入れて、ここに置いてたんだけど。」
例の医療ポッドである。
「重すぎたの、かな? 夜中にバキバキって音がして、床を突き破っちゃって。」
「……バカなの?」
なんとも言えない事情に、イーニアは呆れた様子。
「まぁ良いわ。……聞いたわよ。貴女たち、内海に行くんでしょ?」
「うん、そうだけど。」
「ならついでに、ピエタに寄って欲しいのよ。」
そう言って、イーニアは1つの箱をミレイに差し出した。
例えるなら、小さな宝箱であろうか。
「なにこれ。」
箱を開けてみると、中に入っていたのは”緑色に輝く球体”であった。
球体の中では無数の光が蠢いており、まるで生きているようにも見える。
「名付けて、”グリーンスフィア”。サフラが世界中から集めた植物の種に、わたしが生命エネルギーを注ぎ込んだものよ。」
「へ?」
説明を聞いても、ミレイは理解ができない。
「サフラが集めた、たね?」
「そうよ。ギルドの仕事を手伝う合間に、サフラがクエストを依頼してたのよ。世界中に対して、帝都に植物の種を送って欲しいって。」
「……そうなの?」
ミレイが問いかけると。
その体から、にょっきりと白い触手が生えてくる。
『ああ。ずっと考えていたんだ、わたしなりの”贖罪”を。ピエタの森が消滅したのは、我々がこの世界に来たせいだからな。』
サフラは、とても賢い生き物である。
そして誰に似たのか、とても優しい心を持っていた。
「わたしの能力は物質に生命を与える力だし、ピエタも大切な故郷だから。わたしとサフラで、どうにかしようって計画してたのよ。」
『ああ、仕事の合間にな。』
「……わたし、知らなかった。」
全てのやり取りは、魔水晶を介して行われていた。それ故に、ミレイには気づきようもなかった。
「とにかく、これを更地の中心部に落としてくれれば、ある程度は森が回復する、……はずよ。」
イーニアとて、魔法のプロフェッショナルというわけではない。苦労して作り上げた、このグリーンスフィアも、どのような効果をもたらすのか不明である。
しかし、やらずにはいられなかった。
「……うん、分かった。わたしが責任持って、こいつを運ぶから、任せて。」
当然ながら、断る理由など存在しない。
イーニアとサフラ、2人の気持ちの詰まった箱を、ミレイは大切に抱えた。
◆
「にゃ〜にゃ〜」
イーニアから、とある配達依頼を受け。
その後も、ミレイの部屋では床の補修作業が行われている。
ただ単純に直すだけではなく。同じようなことが起きないよう、魔法による補強も忘れずに。
しかし、作業を行うのはキララとタマにゃんの2人だけ。
ミレイは、”危ないから”という理由で近寄らせてもらえなかった。
悲しくはない、もはや慣れっこである。
とはいえ、ずっと眺めているのも退屈なので。ミレイは黒のカードを起動し、今日のカードを召喚する。
3つ星 『DR10S−バーバック』
ミリオンテック社の開発した最高級執事ロボット。多種多様な機能を搭載しており、宇宙船の操縦も可能。
「……なんて、革命的な。」
どこの会社やねん、宇宙船の操縦ってどういうことや。
若干のツッコミどころはあるものの。
非常に便利そうなカードが手に入り、ミレイは気分が上がる。
「ねぇ、2人とも! 執事ロボットが手に入ったんだけど!」
そのままのテンションで、ミレイはカードを起動した。
しかし、執事”ロボット”という単語に、タマにゃんは目敏く反応する。
「ロボットにゃん!? 今それを召喚するのは――」
今現在、まだ床の補修は終わっていない。そして、ロボットは単純に”重い”はず。
よって引き起こされる最悪の結末が、タマにゃんの脳裏によぎる。
だが、しかし。
その場に出現したのは、漆黒のボディを持つ人型のロボット。
大きさは成人男性ほどであり、腕が4本も付いている。
中々に、重量感のある見た目であったが。
幸いにも、床が抜けることはなかった。
「どうかした?」
「にゃ〜ん?」
不思議そうに、タマにゃんは執事ロボットに近付いていき。興味深そうに、その様子を観察し始める。
そして、ロボットの足元を見て、タマにゃんは”仕組み”に気づいた。
「このロボット、地面から数ミリ浮いてるにゃん。」
「……未来のロボットじゃん。」
その後、床の補修は無事に完了し。
2人の部屋には、夢のハイテク家電がやって来た。




