50年後の勝利
深夜、帝都ヨシュアの路地裏にて。
「夜分遅くにすみません。」
「いえいえ! 気にしないでください。これがわたしの仕事ですから。」
他の世界と繋がる、異界の門を前に。フェアリー族の受付嬢シャナと、彼女に呼ばれた陰陽師の”ユリカ”。そして、付き人の”シュラマル”がやって来る。
異界の門への対処法は、未だに帝都でも普及しておらず。専門家であるユリカが、直々に対処に当たっていた。
「ユリカちゃん、いけそう?」
「うん。門を閉じるだけなら、大きさ的にも問題は無さそうだけど。」
”今回の件”に関しては、そう単純に解決することが出来ない。
「向こう側に、人が居るんですよね?」
「はい。これを知らせてきた冒険者の方々によると、少なくとも3人、向こう側へ渡航しているとの話です。」
「ふーん。ならまずは、そっちの問題をどうにかしなきゃだけど。」
シュラマルが、異界の門へと腕を突っ込み。すぐに引っこ抜く。
その手には、向こう側の”砂”が握られていた。
「完全に”埋まってる”ね、向こう側。」
何故、そうなったのか。彼女たちには到底理解できないものの。向こう側が砂に埋もれて、渡航不可能なのは明らかであった。
「Sランクの、イーニアさんを呼びましょうか。」
この問題に対して、シャナはイーニアに解決を依頼しようと考えるも。
ユリカはそれに難色を示す。
「他の世界だと、アビリティカードの力が使えないので。”それ抜き”で、強い人を呼ばないと。」
「魔法使い、ですか?」
「……ううん。強いて言うなら――”氷使い”。」
◆◇
「ふぅ。」
砂漠の真っ只中、デラックスワゴンの車内から。”魔導式スナイパーライフル”を構えたミレイが、スコープ越しに遠方を見つめる。
遥か彼方、旧アメリカ空軍基地を。
「あれ、こいつら動かねぇぞ?」
半ば、廃墟と化した基地にて。
少年2人が入った檻を、1体のロボットが叩く。
檻の中の少年2人は、ぐったりと横たわっており。”犬の餌入れ”に入った食べ物も、手つかずで残っていた。
「ヤバいんじゃないか!?」
「おお、普通にヤベェ。このままじゃ死んじまうぜ。」
檻という、劣悪な環境で捕らえておきながら。不思議とロボットたちは、少年たちの状態を気にしている。
「どうするんだ! ”繁殖させて金儲け”じゃなかったんか?」
「知るかよ! 人間の飼育なんて初めてなんだからよ。」
彼らカーメルに、人間の命を尊ぶ感情など存在せず。
ただ単純に、”珍しい生き物”として扱っていた。
檻の周りで、2体のロボットが揉め合っていると。そこにもう2体、別のロボットが近づいてくる。
「スケアクロウの奴が、もう一匹を探しに行ってんだろ? 多少死んでも大丈夫だろう。」
「そうそう。活きの悪いのは捨てちゃおうよ。」
揃いも揃って、彼らは人間を下等動物扱いしていた。
「それもそうだな!」
「おう! あのクソが帰ってくるの待つか。」
そのスケアクロウが、砂漠で討ち取られたとも知らず。
少年たちの入った檻のそばで、彼らは笑っていた。
「……マズいな、普通に4体いる。」
スコープを覗きながら、ミレイがつぶやく。
「当てが外れたわね。」
1~2体ならまだしも。こちらと同数の敵を相手にするのは、流石に分が悪かった。
「でも、来て正解だったかも。」
「どういう意味?」
「ティファニーちゃんの友達、すぐに助けないとヤバそうだ。」
スコープ越しながらも。少年2人が危険な状態なのは明らかである。
命を最優先に考えて、奪還のタイミングは今しかない。
ライフルの実体化を解いて、ミレイは車から降りる。
「キララ、大丈夫?」
「うん。屋根でちょっと寝れたから、平気だよ。」
車の屋根の上で、キララは伸びをする。すでに戦闘準備は完了していた。
「行くわよみんな!」
「「「おおー!!」」」
子供たちを救うため、決死の作戦が始まる。
◆
「あ、そうだ。小さめの頭蓋骨が欲しかったから、どっちか解剖したいな。」
そうつぶやきながら、1体のロボットが、少年たちの入った檻に手を置く。
少年たちは、震えることしか出来ず。その仕草に、ロボットは更に愉快な気持ちになる。
「フフ。」
その暴挙を止めるものは、周囲にはおらず。より恐怖を与えるように、檻を指先で引っかく。
そんな、さなか。
空間が軋むような、刹那の音が聞こえ。
「――あっ。」
そのロボットの胸部に、”大きな穴”が空いた。
急所を射抜かれたことで、その瞳から光が消える。
「アーチがやられた! 狙撃手がいるぞ!」
襲撃を認識し、ロボットたちが戦闘行動に移行する。
――細い奴が射撃タイプだ。真っ先にそいつを狙ってくれ。
ブラスターボーイの言っていた言葉を頼りに、射撃タイプと思われる敵を狙撃し。
砂漠の丘の上で、キララは1人、静かに息を吐く。
「もう1発、いけるかな。」
攻撃の手は緩めずに。再度の射撃を行うため、キララは弓に魔力を込め始めた。
「どこの誰かは知らんが、ぶっ殺してやる!」
狙撃を行ったキララのもとへと、残る3体のロボットたちが向かっていく。
それにより、基地はもぬけの殻となり。
ミレイと九条の2人が、車を消して徒歩でやって来る。他のロボットたちに見つからないよう、あくまで慎重に。
「あそこの檻に入ってる!」
「ええ。」
少年たちの入れられた檻を見つけ出し。
九条が髪の毛を使い、檻を力ずくでひん曲げる。
すかさず、ミレイが少年たちのもとへと駆け寄るものの。
「か、体がめっちゃ熱いんだけど。」
「こんな環境で放置されてたんだもの、当然だわ。」
少年たちは、意識も朦朧としており。その体は、とても正常とは思えないほど熱を発していた。今すぐに、適切な治療を施さなければ危ないほどに。
「車に乗せて、逃げましょう。」
「うん。」
カードを起動し、再びデラックスワゴンを召喚する。
子供たちを後部座席に乗せて、シートベルトを締め。急いで離脱しようとする。
だが、
「――危ない!」
九条のみが、”それ”に気づき。
咄嗟に髪の毛を操作し、車を防御する。
「くッ。」
巨大な”弾丸”を、その髪の毛で受け止めるも。
衝撃を受け止めきれず、九条は吹き飛ばされる。
「瞳ちゃん!」
ミレイは、驚きをあらわにし。
そこへ不穏な影が飛来する。
「おとり作戦ってやつか〜?」
キララのもとへと向かったはずの1体が、基地へと戻ってきていた。
その左腕は、リボルバーのように変形しており、銃口からは硝煙が漂っている。
「俺の目を誤魔化そうったって、そうはいかねぇぜ?」
続いて、ミレイと車に向かって銃口を向けるも。
建物を足場に、跳躍したブラスターボーイの拳が、ロボットの顔面に突き刺さる。
渾身の一撃を受け、ロボットは地面に激突した。
髪の毛で、瓦礫をどかし。
立ち上がった九条は、体についたホコリを払う。
「ミレイ、運転をお願い! わたしはこっちに加勢するわ!!」
「……わかった!」
心配事は多々あるものの、何を優先するべきかを考え。
ミレイは車の運転席へと座る。
「サフラ、足元お願い!」
『了解した。』
しっかりと、前を見て運転するために。真っ白い触手が伸び、ミレイの代わりにアクセルを踏む。
デラックスワゴンが、基地より離脱した。
◆
こちらへ向かって飛んでくる、敵対する2体のロボット。
徐々に近づくそれを見つめながら。冷静に、キララは弓に魔力を込める。
(もう1体、倒せれば。)
迫りくる、凶悪な殺戮の機械たち。その脅威に臆することなく、ギリギリまで、魔力を溜め続け。
接近する直前に、解き放つ。
敵を貫くに足る、十分な魔力を込めた一撃であったが。僅かに、軌道をずらされ。
片方のロボットの、腕一本を切断するに留まった。
「くっ。」
狙いを外し、それでもキララは冷静に地面を蹴り。敵との距離を取る。
全力で宙を蹴り、出し得る最高速度で空を飛翔する。
仕留めきれないのなら、なるべく敵を基地から引き離すために。
だがしかし。ジェットによる推進力を持つロボット相手に、速度で対抗するのは分が悪く。
すぐさま、追いつかれてしまう。
「死んでしまえ!」
片腕をもがれたロボットは、残ったもう片方の腕を”剣状”に変形させ。キララを突き刺すべく振りかざす。
キララは超人的な反応速度を持って、その攻撃を危なげなく回避し。
そのまま、縦横無尽に飛び回る。
最高速度では敵わなくても、俊敏性と小回りを利用し。2体のロボットを相手に翻弄する。
「こいつ、本当に人間か!?」
片腕をもがれたロボットは、腕を剣に。もう一方のロボットは、拳を”ハンマー”のように変形させるも。キララの動きに、まるで反応することが出来ない。
それを、好機と考え。キララは宙を飛び回りながら、魔法の矢を2体のロボットに浴びせる。
だが、敵の装甲は非常に強度が高く。生半可な魔力では敵わない。
(わたしの速さじゃ逃げられないし。魔力を集中させないと、攻撃も通じない。なら――)
激しい攻防のさなか、キララはそれ以上の速さで思考を巡らせ。魔法の矢に細工を施す。
それを放つと。
命中した箇所が、瞬時に凍りつく。
だが、氷は表面に薄く張った程度であり。すぐに砕かれてしまう。
(氷はダメ。……ううん。わたしにも、フェイトちゃんくらいの力があれば。)
生半可な小細工は通用せず。キララは自身の実力不足を痛感する。
(もっと、考えないと。)
ただでさえ、ミレイの事が心配で仕方なく。焦りを感じながらも、キララは敵の倒し方を考える。
そんな中で、
(あれ、なんだろう。)
キララは、腕のもげたロボットに注目する。正確には、もげた腕の断面から生じる、微かな”放電”の輝きに。
(……光? 魔力じゃないよね。)
それは一体何なのか。彼らは、何をエネルギーにして稼働しているのか。機械に疎いながらも、キララは冷静に思考し。
それに、気づくと同時に。
「「――がああぁぁぁ!!」」
2体のロボットを貫くように、凄まじい量の”電撃”が放たれる。
それを成した張本人、キララは。
小悪魔のような笑みを浮かべていた。
「貴方たちって、”ビリビリ”が苦手なんだね。」
敵の構造を理解し。それに干渉するための手段を、瞬時に魔法で再現する。
何よりも速く、そして強く。”進化”していくように。
天性にして魔性の狩人は、弓を構えた。
◆
「俺の名前は、”ザンダーキリング”! 冥土の土産に覚えとけや!」
基地に残ったロボット、ザンダーキリングは空を飛びながら。左腕のリボルバーで、地上にいる九条たちに銃弾を浴びせる。
すでに崩壊している建物等を隠れ蓑に、九条とブラスターボーイはなんとか攻撃を回避し。
それでも、飛行能力を持つ相手に攻めあぐねていた。
「ブラスターボーイ、なんで貴方は飛べないのよ!」
「すまない、修理をする手段がなかったんだ。」
敵の銃弾から身を隠しながら、2人は対抗手段を考える。
「君は、魔法のような力で飛べないのか?」
「まだ”習ってない”のよ!」
ソルティアやキララなど、異世界の強者と接し。魔法の存在自体は認識しているものの。
九条はそれを教えて貰う前に、このような面倒事に首を突っ込んでしまった。
「貴方こそ、その残った左腕を武器に変えられないの?」
「”手術”が怖くて、武器に改造したのは右腕だけだったんだ。」
「貴方たち、そういう仕組みなの?」
そんな話をしながら。
2人は敵の攻撃を必死に耐える。
「あいつもスケアクロウと同じで、そのうち弾切れを起こすはずだ。」
「ええ。そうしたら、もう一度”砲丸作戦”で行きましょう。」
ただ、勝つために。
その機を待ち続け。
「――あぁ?」
ついに、ザンダーキリングのリボルバーが、全ての銃弾を撃ち尽くす。
「行くわよ!」
「ああ!」
銃声が鳴り止んだ隙きを見計らって。九条が自身の髪の毛を操作し、自分ごと”黄金の毛玉”へと姿を変える。
それを掴んだブラスターボーイは。ザンダーキリングへ向けて、思いっ切りぶん投げた。
――それは、スケアクロウにも存在した”油断”。
人類が滅びて50年。敵対するセルシアス達も大半が撤退し。”旧幹部クラス”であった彼らは、砂漠と化したこの星で退廃的な日々を送っていた。
娯楽と言えば、僅かに生き残った動物を狩ったり、スクラップを漁ったりなど。
そんな彼らが、武器のメンテナンスなどを行っているはずもなく。ましてや、他の存在に命を脅かされるなど、夢にも思わず。
その油断が、この戦いにおいては決定的となる。
だがしかし。
左腕のリボルバーが弾切れになっても、ザンダーキリングは動揺することなく。
「へへっ、一刀両断だぁ!!」
もう片方の腕を、”剣”の形に変形させ。迫りくる黄金の毛玉めがけて、刃を振り下ろす。
完全に、芯を捉え。
その中身ごと、黄金の毛玉を真っ二つに斬り裂くために。
だが、その刹那。
「――とんだ”なまくら刀”ね!」
髪の毛を変形させた九条が、ザンダーキリングの刃を受け止める。
50年も放置され、錆だらけになったサーベルなど。
”異世界のサムライガール”と比べれば、天と地ほどの差があった。
「わたしの髪の毛も、”変幻自在”なのよ!」
ザンダーキリングの体に絡みつきながら。九条は自らの髪の毛を、より強力な形へと。
高速回転する、2本のドリルへと変形させる。
正真正銘、”金髪ドリル”の完成である。
50年もの間。
ブラスターボーイは、敵の情報を片時も忘れることはなく。
武装をしっかりと把握し、厄介な射撃タイプも最初の狙撃で無力化した。
彼らの敗北要因が、油断だとしたら。
こちら側の勝利は、”堅実さ”によるもの。
「や、やめろおおお!!」
2本の金髪ドリルが、ザンダーキリングに襲いかかった。
◆◇
ザンダーキリングの体に風穴を開け。
見事に勝利を収めた九条と、彼女を肩に乗せたブラスターボーイが、砂漠の道を歩く。
彼らの向かう先には。白いワゴン車、デラックスワゴンが停まっており。
そのそばに立つミレイが、笑顔で手を振っていた。
「2人とも凄かったね〜。わたしも援護しようと思ったけど、全然必要なかったかも。」
彼らの勝利を、ミレイは素直に褒める。
「確かに、わたしたちは勝てたけど。キララのほうが心配だわ。」
「ああ。2体を相手に、上手く逃げ切れてればいいが。」
勝利の余韻に浸る間もなく。
彼らは、囮役を買ったキララのことを心配する。
だがしかし。
「え? キララなら、もう帰ってきてるよ?」
「……へ?」
ミレイの言葉を聞き、デラックスワゴンの車内に目を向けると。
涼しい顔で、少年2人に治癒魔法を施すキララの姿があった。
九条の視線に気づき、こちらに振り返る。
「あっ、ごめんね。1体そっちに行っちゃったかも。」
「……だ、大丈夫よ。」
こっちは、2人がかりがようやく1体を倒したというのに。
九条は苦笑し。
より強くなるため、自身も魔法を習おうと決心した。
ミレイたちのいる場所から、遥かに遠い場所。
そこに、キララによってズタボロにされた2体のロボットが打ち捨てられている。
体中の回路が焼き切れ。
命が途切れる、その間際。
どこかへ向かって、謎の信号を送っていた。




