6:熱灯すチキンカレー
「カレー……?」
聞き慣れない単語のせいか、イケメンは思考が空の彼方に飛んで行ったようなかのような顔をした――のも一瞬。すぐに取り繕い、「あぁ、アレね。カレーね。カレーでしょ? それくらい知ってるよ」と見苦しいしったかぶりを発動させた。
いや、絶対知らなかった顔でしょ? まぁ、よっぽどプライドを守りたいらしいので、大人な私が合わせてあげようじゃない。
「えぇ。カレーです。スパイスや具材によって味は様々ですけど、今夜は定番のチキンカレーにしてみました」
どこの定番だよ、と言わんばかりの視線をスルーして、私は食器棚から少し深さのある器を取り出した。
なんだか高級そうな食器やカトラリーばかり並んでいるので、割ってしまわないかドキドキしてしまう。新式のキッチンといい、いったい家主は何者なのだろう。
そして取り出した器にカレーをよそい、スプーンと一緒にソファ前のローテーブルの上にそっと置いた。長い脚を曲げて再びソファに座り直すイケメンは、無言で品定めをしているように見える。
(味に自信はあるけど、そういえば誰かにスパイス料理を振る舞うのって初めてかも……。ちょっと緊張する……)
私を疎ましがる家族はもちろん、不在のルゥインにも食べてもらったことがない。自分の舌がおかしくないことを祈りながら、私はイケメンがスプーンを手に取る様子を静かに見守った。
「毒は入ってなさそうだし、いただくよ」
あのスプーンは純銀製らしい。わざわざ疑わなくても、毒なんて入れませんけど!
ムッとする私をよそに、イケメンはカレーのソースをスプーンで控えめにすくうと、目を閉じてぱくっと口に運んだ。
「…………」
しばし、再びの無言。イケメンは目を閉じてカレーを味わい、何か感想を口にするかと思いきや、黙って二口目、三口目とスプーンを動かしている。彼の眉根はきゅっと寄せられ、表情は心なしか険しい。
(ど、どうなのよ⁉)
妙なプレッシャーかけられ、私がハラハラとしていると、ようやくイケメンが目を開き、「ふぅ……」と息を吐き足した。熱くてほかほかした息だ。あの謎の冷たい息ではないし、クールな表情は相変わらずだが、頬に赤みが差したような感じもする。
「熱い」
イケメンは煩わしそうに衣服の襟を緩めると、私が後からテーブルに置いた水のグラスを一気に傾けた。
「ぷはっ。体がこんなに熱くなったの、久々。何を入れたの? 言っとくけど、僕があげたもの以外の話だよ」
「それくらい分かりますよ!」
私が「鶏肉と玉ねぎと……」と言いそうになっていたことは秘密にするとして、いよいよ大好きなスパイスのターンだ!
私は嬉々としてスパイスボックスを取り出し、満面の笑みで彼の前に三つの小瓶を並べた。土色、黄色、濃いオレンジ色の粉末が美しく、私はうっとりしてしまう。
「左からクミン、コリアンダー、ターメリックです」
「南の方で採れる薬じゃないの?」
「はい。私の実家は薬屋だったので、比較的手に入れやすくて。クミンには体を温めて食欲を増進させ、消化を促進する効果が。コリアンダーには体を温めて胃の健康を保つ効果。ターメリックは色付けの他に肝機能強化や血液循環がありますね」
「料理に薬を混ぜたってこと?」
愛おしさ満点にスパイスの小瓶を持ち上げている私を見つめるイケメンの視線は、これまで家族に浴びせられてきたものとは少し違っていた。家族は私を哀れんでいたが、彼は興味深そうにこちらを見ている。長くて綺麗な指を顎に当てる仕草は、未知なるものを知ろうとするそれだった。
「薬じゃなくて、スパイスと呼んでください。王国や帝国では、薬草や香草を薬にすることが多いですが、海外ではその独特な香りと風味をスパイスとして使うことも多いんです」
「スパイスって、マスタードやチリペッパーみたいな辛くて刺激があるモノってイメージなんだけど」
うわぁ、いい質問来た~! と、私は心の中で小躍りした。一度言いたかった台詞チャンスの到来だ。
「ふっふっふっ。スパイスの本質は刺激にあらず。体をじんわりと労わることなんです‼」
決まった……!
イケメンがツッコミもせずに「へぇ。つまり?」と説明を求めてきたので、なんだか少し恥ずかしいが、取り敢えず言えた。
「馴染みのあるスパイスで説明するとですね――」
私は駆け足でキッチンに向かうと、ある野菜を持って舞い戻って来た。それはショウガだった。
「ジンジャー?」
さすがイケメンはお洒落な言い方をする。
「肉や魚の臭み消しだったり、甘い焼き菓子に使ったりするイメージが強いですけど、実は優れた効能がたくさんあるスパイスなんですよ! 血行促進、代謝促進、冷え性改善などなど! 今回はすりおろして入れています!」
私が語気強めに説明すると、イケメンは何かにハッと気づいたらしく、数秒間をおいてから伺うように口を開けた。
「……この熱さって、君のスパイスのおかげ⁉ ハハハッ! やるじゃないか! 魔法もなしにここまでできるなんて、驚きだよ!」
めちゃくちゃ爆笑するやん。
「スパイスの可能性は無限大ですから! 美味しいと健康を両立させるのがスパイスなんです!」
いい加減笑うのをやめろと言いたくなるのを我慢しながらそう言った。なんだか馬鹿にされているような気がして、やっぱりこのイケメンはいけ好かない。
しかし、イケメンはイケメンなりに褒めていたつもりらしく、彼は誠意を見せてくれた。
「いいよ。教えてあげる。僕の名前はアッシュ。魔術師兼帝国一の高級飲食店の経営者。そして、この家の主」
「!!!!」
家主、あなただったんですかと、私は割った窓ガラスを薄目で見つめた。




