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12:開店の夜

 当たり屋を追い払った後、私たちは常時ダッシュで帝都の中央市場で買い物を行った。店がまるでマラソンの給水ポイントだ。

 私はザクト王国よりもはるかに規模が大きく、活気のある帝国の市場をもっと見て回りたかったのだが、アッシュさんがそれを許してくれなかった。


「君を野放しにしたら、きっとぼったくりに遭う。さっきみたいな当たり屋にも目を付けられる。見た目が如何にも田舎から来たおのぼりさんだからね」


 相変わらずの毒舌だったが、こればかりは間違っていないと思ったので、私も素直に従うことにした。

見渡すと平民も商人も華やかな装いの人が多く、王国の田舎貴族の私とはまとう空気からして違う。ほわほわきょろきょろしている私は、おそらく悪党たちのかっこうのエモノ。というかカモ。そもそもアッシュさんなしでは道すら分からないので、大人しくタイムアタックショッピングをする以外の選択肢はなかった。


(ルゥインのこと、捜したかったのにな……)


 アッシュさんによって迷いの森の店に送り返された私は、マジックバッグから購入した品々を調理台に一つずつ取り出しながら、重たいため息をついていた。


 無謀を承知で帝国にやって来たものの、やはりそれでは見つかる者も見つからないと思い知らされた。次に帝都に行くときは、アッシュさんに聞き込みの時間も取ってもらおう。それに、だ。


(帝都って、思ってたよりずっと綺麗なとこだったし……。戦争の被害で荒れてる感じを想像してたのに、普通に大都会だった……。一部の治安は悪かったけど)


 さすがは大陸一の大国だ。めずらしいスパイスや料理もありそうだし、隅々まで見て回りたい……!

 私はルゥインに会うまでに料理のレパートリーを増やせるかもしれないなと、心を躍らせた。



◆◆◆

 午後からは掃除や洗濯、料理の仕込み、作りたいものリストや欲しいものリストを作り、忙しく過ごした。

 昼間のタイムアタックショッピングでは最低限の食材と調味料、使い勝手の良さそうな食器とカトラリーくらいしか買えなかったので、ゆくゆくは店を居心地よくするためのアイテムをもっと揃えていきたい。ただし、今日はアッシュさんが経費として財布の口を大開きにしてくれたが、次からは売上と相談になるだろう。お洒落なコースターやグラス、メニュー表も作りたいし、窓辺に花だって飾りたい。もちろん、珍しいスパイスだって。


 考え出したら脳がカッカしてきて、楽しくてたまらない。途中、昨晩の残りのカレーとアッシュさんに買ってもらった丸パンを食べ、「カレーとパンって合うなぁ」と大満足し、また作業に戻った。

 そうしていると、いつの間にか窓の外は真っ暗になっていた。時計を見上げると、夜の十時で、我ながら集中力がすごすぎて怖くなる。夕方に仮眠を取ろうと思っていたのに、開店予定の22時まで時間がない。


(急いで準備をしないと……!)


 アッシュさんが来る前に――……と、私が動き出そうとすると、ノックなしでバーンッと玄関のドアが開け放たれた。


「やぁ。支度はできたかい?」


 穏やかな口調の中にはいつも剥き出しの棘が見え隠れするオーナーこと、アッシュさんだ。綺麗でふわふわの白髪が謎の風にたなびき、今夜も絶好調にイケメンムーブをかましている。


「えぇっと、まだ途中で……」


 私がキマリ悪くもごもごしていると、アッシュさんは声には出さないが、「は?」と言わんばかりの目つきになった。気持ちは分かる。さすがに。


「い、今から急いでしますから!」


 ぱたぱたと店の通路を駆け足で移動し、私はカウンターテーブルの向こうのキッチンへと向かった。

 アッシュさんには疲労回復のお茶と、試作したスパイスクッキーを出してあげよう。それでお茶を濁そう。濁ってないけど。

 けれど、私が食器棚からティーポットを出そうとしていると、てっきりテーブル席に着くと思っていたアッシュさんがカウンターテーブルに近づき、キッチン内を興味深そうに覗いてきたではないか。


「僕になんて、かまわなくていいから。大事な営業初日だよ? 僕も手伝うし、何したらいいの?」


「意外……!」


 思わず心の声が大きめに出てしまうくらい、私は驚いてしまった。


「アッシュさんって、お金と口は出すけど手は出さないタイプの経営者さんかと思ってました」


「君って無礼だな」


「すみません。でも誤解だったんですよね?」


 私はアッシュさんの人間らしい気遣いが嬉しくて、顔をほころばせる。この人とならなんとかやっていけるかもしれない……、そう思った――けれど。


「いいや。他店ではそのスタンスだよ。シェフたちが優秀だからね。それに比べて君はどうにも頼りなくって。何しでかすか分からない家出令嬢だし、スパイスオタクだし。軌道に乗るまでは、僕が見ておかないと……」


(そんなことだと思った!)


 やれやれと肩を大袈裟に竦めるアッシュさんの無礼さも大概だ。これは実績を作って見返してやらなければ!


 むんっと胸を張り、やる気満々の私はお客さんの来店を今か今かと待ちわびて――……。


「閑古鳥も寝てますよ……。もう夜中の二時です……」


 私とアッシュさんは、二人そろってうとうとと舟をこいでいた。つまり……ド暇だ。


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