人面獣 Ⅶ
「04!!! 今すぐ撃てえぇぇぇぇ!!!」
――Daboom!!!
カウントダウンも警告も無しに、84mm無反動砲が発射される。
ロケットブースターで二段加速されるFFV551の飛翔速度は300m/秒近い。
対爆姿勢を取る暇もなく風圧に引き倒された直後、甲高い爆発音がヘッドセットの防音機構を貫いた。
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『……こちら04……05を保護……心肺停止状態!!』
耳鳴りの中、骨伝導スピーカーを通して、嗚咽混じりの報告が直接頭蓋を叩く。
俺達の修羅場は去ってはいない。
対装甲砲弾であるFFV551の効果は今なお不明。
爆風を伴わないため視界悪化は随分とマシだが、それでも回廊には燃焼ガスと塵埃とFFV756に削られた石畳の細片が漂い、《人面獣》の大部分を覆い隠しているからだ。
「04は救命処置に専念!! 絶対に持たせろ!」
《02》だけでなく《05》まで倒れた今、この機に乗じて一目散に遁走する目論みは潰えたと言っていい。
回廊を半ば封鎖する輪郭を睨みつけても、焦燥が募るだけ。もどかしげにバックパックから弾薬ボックスを取り出そうと悪戦苦闘していると、不意に背後から声を掛けられた。
「手伝いますよ」 ―― 誰かと思えば、ベッタリと顔中を埃で汚した《03》だ。
なまじ《第三の腕》に加え、両下肢と左腕にまで《強化外骨格》を装着している所為でイマイチ器用さに欠ける俺に替わり、《03》が12.7mm弾100発が収まった重量14kgの弾薬ボックスを引っ張り出し、手際よく重機関銃に固定していく。
「02の容体はどうだ?」
「あの02が死ぬと思います?」
こんな状況だからこそ、身も蓋もない《03》の言い草に思わず口元が緩む。
「それでも、ボディアーマーに挿入されたセラミックプレートは粉々……被弾時の凄まじい衝撃を物語っています。《小治癒》を施しましたが、未だ昏倒中。文字通り戦力外です」
”《02》が生きてるだけでも御の字か……”
「分かった……次は05の治療に」と言いかけた所で、普段は糸目で柔和な笑みを浮かべている《03》が真剣な表情で、俺の顔を直視しながら訊ねる。
「01、貴方も気づいてますよね?」
「あぁ」そう短く返した俺は一旦間を置き、現状を招いた決定要因を口にする。
「人面獣は《魔術》を行使する」
《魔術》―― 非常に陳腐な響きだが、《迷宮》の出現以降、世界中で周知され始めた超常物理現象をそう呼ぶ。
その発現には《魔力》と仮称される観測不能のエネルギーが介在していると考えられ、実際《迷宮》内には任意に《魔術》を行使可能な連中が徘徊している。厄介なソイツらを相手取り、最も間近で《魔術》に接し、多数の死傷者を出しているというのが俺達《探索者》の日常であり現実だった。
「03と違って《魔力》を可視化できない身でも、流石に臭いで気づくさ」
俺は湧き上がる自虐心を抑えきれず、スンスンと鼻を鳴らす。
「《遣い手》はある程度の知性を有する人型 ―― そんな先入観に囚われ過ぎていた。俺こそ、《迷宮》を舐めていた。《指揮者》失格だよ……」
「で? 使われた術は《矢》に《障壁》ってトコか?」
「仰るとおりです! ですが、術に込められた魔力量が桁違いのせいか、矢ではなく《攻城弓》、障壁と言うよりは《装甲》と呼ぶべきでしょう!」
しきりに興奮しながら弾薬ベルトを引き出す《03》を尻目に、持ち上げた指先を回復しつつある視界に向ける。
「なら、上手くハマったかもな……見ろよ」
――《人面獣》の巨躯が再び倒れ込み、四肢が痙攣を繰り返していた。
背中と呼ぶべき胴部上面は炭化、嫌らしい笑みごと頭部は焼け落ちている――
どうやら軟標的には信管不発を起こすことが多いFFV551が《障壁》相手に正常起爆し、超高温・超高速・超高圧の流体金属を成形して貫通、そのまま3000℃を超える温度で魔獣に降り注いだのだろう。
アイデンティティと呼ぶべき頭部を失った《人面獣》のフォルムは、非現実的で何処か滑稽でさえあった。
次第に血と肉が焼ける臭いが漂い始め、周囲の悪臭が増大していく。
俺は魅入られた様に身動ぎしない《03》の手から弾薬ベルトをもぎ取り、機関部に押し込んで恐ろしく重いコッキングハンドルを二回引く。
「チャンスですよ! 詠唱無くば《魔術》は発動しない! その原則は変わらない筈!」
ようやく意識が帰還したらしい《03》の歓声をバックに給弾作業が完了するが、今度は一転して呻き声が聞こえ出した。
「あ……あッ……そんな!?……」
悪い予感を半ば確信しながら視線を戻せば ――
魔獣の黒く炭化した肌が、徐々に本来の皮膚へと修復されていく。まるでビデオの逆再生のように。しかも、頭部があった辺りには、頸部と思しき隆起すら発生しつつある。
「《再生》……相当な高位魔術……いや、ひょっとして?!」
「道理でな……おかしいと思ってたんだ。《障壁》を展開できるのに、大人しく機関銃や手榴弾を食らい続けた理由がコレかよ」
”もしかすると、最初から遊ばれていたのかもな……”
そう内心でうそぶいた俺の肩を、切羽詰まった口調の《03》が揺らす。
「聞いて下さい、01。アイツは只の《魔獣》なんかじゃありません! おそらくは◎◎◎や△△△や□□□といった邪神の類から《加護》を得た存在です!」
発語さえ覚束ない神々の名前を並べ立てられるが、知ったこっちゃない。
今、俺がこの場で知りたい事は一つだけだ。
「教えてくれ。どうすりゃアイツを殺し切れる」
「……心臓です。コチラの世界では違うかもしれませんが、心臓こそが生死を司どる唯一無二の器官。ソコを破壊できれば……」
「了解した。嫌な役を押し付けて悪いが、指揮権を移譲させてもらう」
スマートフォンサイズの《本部》直通無線機を《03》に押し付ける。
「まさか独りで?」
「あぁ、適材適所ってヤツだ。再生前にトドメが刺せれば俺達の勝ち、……そうでない場合は《本部》に撤退要請を出せ。法外な違約金を踏んだくられるが全滅よりはマシだろ?」
ゴチャゴチャ議論を尽くしている猶予は無い。最良ではない次善策であったとしても、とにかく行動を起こすべき局面なのは間違いなかった。
「05の事を頼んだ!」
「分かっています! 死なせませんよ!」
互いの目を覗き込んで意思確認し終わった俺達は素早く立ちがって、逆方向へと駆け出す。
「戦神の導きを!」 異界から来た《僧侶》の祝福を背に、後ろ腰に佩いた《小剣》を引き抜いて重機関銃の肉厚の銃身へと固定。即席の銃剣 ―― チーム内外から《聖ブローニングの槍》と揶揄される近接格闘武器を抱えて、俺は魔獣相手に突撃を敢行する。
”果たして、俺一人で殺し切れるか? 否か!”
恐怖や義務感や闘争心といった感情を抱えた身体に、武者震いが走った。
《本部》直通無線機
迷宮内での無線交信は階層を隔てた場合は勿論、同一階層であっても数百m程度で不通となってしまう。そんな環境下でも、地上の《本部》と交信可能な唯一の通信機器。




