【Hans's surprising determination(ハンスの意外な決意)】
「チョッと来い」
ハンスに呼び出されて、武道館の2階にある貴賓席に座る。
「後悔はしていないのか? まだ間に合うぞ」
「していない」
「どこまで調べた?」
「1960年ベルギーの植民地支配からの独立以来、今日まで治安が悪化し続け約6千万人の人口に対して、これまで20年間の紛争によって失われた人数は約600万人。レイプ被害者数も国連発表では年間1万5千名と発表されていたが、近年民間の調査機関が調査した結果年間の被害者数は少なくとも40万人を超えるだろうと発表された。ノーベル平和賞を受賞した婦人科医が訴えたように、もはやレイプは相手を服従させるための戦略的兵器として使われている。――そして、ハンス。君が俺を心配してくれる理由も、ここにあるんだろう?」
「さすがだな。現状把握に手いっぱいのどこかの少佐より出来がいい。だが一つだけ思い違いをしているようだから、指摘しておこう」
「思い違い?」
ハンスは身を乗り出して、俺に顔を近づけて睨みつけるように言った。
「俺は、お前のことを心配して言っているんじゃない。部隊の事を心配して言っているんだ」
「部隊のこと?」
「そうだ、部隊だ。 もしもお前が敵対勢力に捕まったとしたら、どうなる? トーニやモンタナやブラームにフランソワ、ジェイソン、ボッシュ、メントス、ハバロフ、ミヤン。部隊中がパニックに陥ってしまうだろう。そうなれば俺も平常心で居られるかどうか分からないし、たとえ平常心で居られたとしても、奴らの方が俺の命令に従うとも思えない。つまり、お前は俺たちLéMATにとって最大のアキレス腱になってしまうわけだ」
「アキレス腱……」
精一杯俺をお荷物扱いしながら、精一杯俺を心配してくれている事が嬉しかった。
けれども俺はお荷物でもなければ、ハンスの言うようなアキレス腱にもなりはしない。
むしろそのような地獄の戦場だからこそ、子供の頃から人を殺して生きて来た過去を持つ俺が部隊の連中を守らなければならないのだ。
狂った各組織の連中は手段を選ばない。
時には女や子供に爆弾を背負わせて、敵に向かって走らせたり、子供たちに銃を与えて攻撃させたりする。
一瞬の迷いが生死を分ける戦場で、容赦なく女や子供を撃てる奴などいくら外人部隊だと言えでもそうそう居やしない。
いや、そんな奴はいない方が良いに決まっている。俺たちは、あのメヒアのような悪党じゃない。
だが、俺は間違いなく撃てる。
子供であろうが女であろうが、そうやってイラクの戦場で生き延びるために撃って来た。
銃の弾が確実に当たると仮定するならば、必ず先に撃った奴が生き残る。
先に撃つためには、相手より先に気が付くことだが、この時撃つかどうか迷ってしまうと、先手を相手に受け渡すことになる。
だから、俺を愛してくれている部隊員のため。ハンスのために参加するのだ。
「話は、それだけか?」
つっけんどんに言った俺の言葉に、呆気にとられたようなハンスの顔が可愛い。
「部隊の規律では俺は列記とした男だ。いままでそれを捻じ曲げたことはない。そんな心配をする暇があるなら、どうすれば部隊全体を確実に守れるか考えておいた方が良いんじゃないのか?」
矢継ぎ早に捲し立てると、ハンスがニヤッと不敵な笑みを浮かべて笑った。
「心配? 誰がお前みたいな、じゃじゃ馬の心配なんかするかよ。ただ一つ、これだけは覚えておけ」
「……」
「もし敵に捕まったとしても、自ら命は絶つな」
「何故?」
俺は、もしもそうなった時は自爆して敵も道連れにして死ぬ気でいた。
「俺が、お前の命を奪ってやる!」
そう言うと、ハンスは席を立って下に降りて行った。
“何故? どう言うこと? なんで自爆は駄目なのに、ハンスは俺を撃とうと言うの?”
分からない。
いくら考えても、分からない。
2階から下を見ていると、階段を降りたハンスが乱暴に雑踏を掻き分けながら足早に遠ざかって行くのが見える。
その様子は明らかに怒っている。
しかし何故?
俺が、ハンスの忠告を聞かなかったから?
でも、そんなこと、言い出す前から分かっているだろう?
LéMATの隊長ハンス中尉はドイツ人です。
KSK(ドイツ連邦軍特殊部隊)の士官出身で頭脳も運動神経も抜群。
身長188㎝体重92㎏。
合気道と狙撃を得意とするハンスは、自分に対しても他人に対しても常にクールだけど、何かにつけてナトー軍曹を気に掛けている優しい隊長(しかし隊内では、厳しい訓練から、鬼の隊長と呼ばれています)




