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グリムリーパー  作者: 湖灯
*****Opération“Šahrzād”(シェーラザード作戦)*****

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34/273

【Bathroom(バスルーム)】

 部屋に戻って、エマに文句を言ってやろうと思っていた。

 いくらお腹が空いたからと言って、敵であるザリバンの肩を持つようなことを言うなんてありえない。

 本当は、街中で直ぐに注意しておきたいと思っていたけれど、潜入捜査で敵の真っただ中にいるので我慢した。

 部屋に入り、これから文句を言ってやろうとした瞬間、エマが人差し指で俺の口を押えて、シッと静かにするように合図を送る。

「あー疲れちゃったねー」

 今度はウィンクして見せて、同意を促す。

「ああ」

 エマはバッグから何かの機材を取り出して、辺りをくまなく調べ始めた。

 “盗聴器!”

 そして俺に向かって「歌って」と言ってきた。

 “歌?”

 歌なんて、俺は知らない。

 でもこれは、盗聴器を探し回っているエマのカモフラージュの為だろう。

 そう思い、子供だった頃、サオリに教えてもらった「大きな古時計」という曲を歌った。

 〽おおきなノッポの古時計、お爺さんの時計――。

 バスルーム、ベッド、ソファー、ベランダ……。

 部屋の中をくまなく探していたエマがOKのサインを出した。

 どうやら盗聴器は、なかったらしい。


「いいナトちゃん。諜報活動の時は出かけて戻った時は、必ず盗聴器が仕掛けられているものだと思いなさい。今回はなかったけれど、もっと資金力のある相手だったら確実に仕掛けてくるから」

 そう言うとエマが俺の顔を見てクスリと笑う。

 “ドキッ。もしかして歌のこと?”

 そう。

 サオリにも昔笑われたけれど、俺は音痴なのだ。

 “キャー!”

 緊急事態だったから歌ったけれど、平常心に戻ると、超恥ずかしい。

 みるみる頬が火照るのが分かり、慌ててバスルームに駆け込んだ。

 おっと、ひとこと言っておくのを忘れていた。

「エマ。不用心だから、チャンと見張ってて!」

「OK!」と、エマは快く返事をした。


 シャワーで体を洗ってバスタブに入る。

 子供だったら泳ぐマネが出来そうなくらい広い。

 スイッチが有ったので、押そうと思って手を伸ばすと、二つあった。

 何だろう?

 まあ、押したからと言ってドカンと爆発することもないだろう。

 そう思いながらでも、少しドキドキしてスイッチを押してみた。

 押した瞬間、お湯がパッと青く光った。

 “何!?”

 瞬間的にお風呂から飛び出た。

 ゆらゆらと光る青い光が、お湯を海の中から見上げた時のように幻想的に映し出す。

 湯舟に座り、足を浸けパチャパチャとお湯を蹴ってみると、青い光も揺れる。

 大きく蹴ると何故か分からないけれど、泡が立つ。

 面白くて、もっとバチャバチャ蹴ると、あっという間にお風呂が泡だらけ。

 夢中になっていると、いつの間にかエマが入ってきていて、慌てて泡の中に体を隠す。

「ごめーん。入ってきちゃった」


 服を着て居る時よりも、豊満な肉体美。

 大人の体。

「あら、折角明るい所でナトちゃんの体をじっくり見ようと思ったのに、何この泡」

「……」

「あー、それでバチャバチャお湯を蹴って、かき混ぜていたのね」

 “うんうん”と首を縦に振る。

「このボタンを押せばいいのに」

 そう言って、俺が押さなかった、もう一つのボタンを触った。

 その途端、何かが爆発したのか、ゴーッという凄い音がして何かの圧力が体を押す。

 俺は慌てて外に飛び出した。

 屹度エマは、そんなおれの姿を見て大笑いするに違いないと思っていた。

 しかし、エマの笑い声がしない。

 不思議に思って、エマの顔を見ると、何故かその眼はお風呂に出来た水平線の斜め上で丸く見開かれたまま止まっていた。

 ”もしかして……”

 慌てて前を隠す。

「ナトちゃん、それ毎日剃っているの?それとも」

 キャーッ!!

 後に続く言葉を掻き消すように、お風呂のお湯をエマに向けて飛ばした。


「分かった分かった!上半身は大人だけど、下半身は子供のままだなんて誰にも絶対言わないから」

「分かった分かったと2回も繰り返すのは、分かっていない証拠でしょ!」

「ハイハイ、分かりました」

「ハイも1回!」

「ハイッ!」

 エマがそう言って敬礼して笑わせた。

 お風呂のお湯を飛ばして遊んだせいで、お風呂は泡だらけ。

「まるで雲の上みたい」

 泡を救って、息を吹きかけると何個もの泡の中から分離した、いくつかのシャボン玉が飛んだ。

「ナトちゃん、もしかしてジェットバス初めて?」

 コクリと首を縦に振ると、手招きされ「これはマッサージ効果もあるから、チャンと浸かって疲れを取りなさい」って優しく言われ、お湯に浸かった。

 なるほど、これは本当に気持ちがいい。

 お湯の中で背伸びをするように長くなる。

 自然と体が浮く。

 横から押し出される空気の粒が肩を、そして底から出る粒が背中から足首までをまんべんなくマッサージしてくれて、疲れがスーッと抜けていく夢のような気分。

 このまま朝まで居られたら、どんなに幸せだろう……。

 ところで、エマが静かなのが気になって目を開けた。

 エマは俺の胸のあたりをジッと見ている。泡しか見えないはずなのに。

 そう思って、自分の胸に目を移すと、周囲は泡だらけなのにお湯から飛び出した部分には泡がなくて、プルンと2つのお山が飛び出していた。

「キャッ!なんで?!」

「張りが良いわねぇ~。まさか、その大きさで重力に逆らうとは、君たちは相当に手ごわいテロリストだね」

 私の問いには答えずに、感心したように俺の胸に話しかけるエマ。

「もーっ!エマのエッチ!」

 思わずエマにお湯パンチをお見舞いして、慌ててお風呂を後にした。


 バスルームから出て、ホテルのバスローブを纏いベランダの椅子に腰を下ろす。

 風が気持ちいい。

 地中海を貨物船が、悠々と海面を滑って行く。

 平和。

 この時間だけを切り取ってみれば、どこにキナ臭いにおいが隠れているのか分からないくらい平和だ。

 部屋がシーサイドなので道路は見えないけれど、時折車の音が聞こえるたびに、真新しい軽装甲機動車に乗った仲間たちを思い浮かべてしまう。

 ホテルに戻るときにすれちがったトーニとモンタナの顔を思い出す。

 もう一台の軽装甲機動車には屹度ハンスとブラームが乗っているだろう。

 あのとき、もしも出くわしたのがモンタナの班ではなくてハンスのほうだったら、ハンスは俺に気が付いてくれただろうか?

 なんとなくだけど、ハンスなら俺がどんな格好をしていても気が付いてくれそうな気がする。

 そして車を止めて「頑張れ」と一言だけ言ってくれる。

 そう思うと、なんだか今日一日遊びまわっていたことが後ろめたい。

 彼らは今、任務の真最中。

 俺のようにのんびりと、海を見ながら平和に浸ってはいない。


 不意に後ろから優しく抱きしめられた。

 一瞬ハンスかと思って振り向くと、案の定エマだった。

「ごめんね。愛しの君じゃなくて」

「別にいいけれど、断って置くが俺には “愛しの君” なんていない」

「そっか……ゴメンね」

「いや、いい」

 ほのかに火照ってしまった顔を見られたくなくて、振り向かないまま言葉を返した。

 夜の冷たい風が、優しく頬を撫で、熱を取ってくれる。

「そういえばエマ、この部屋にはベッドが一つしかないけれど」

「だって、カップル用のスィートだもの」

 任務中にカップル用の部屋を取るなんて、あり得ない。

 そう言えば、今日一日遊び呆けたことや、ザリバンの肩を持つ発言をしたことを注意するのを忘れていた。


 ベランダから部屋に入り、そのことについて抗議すると、エマにしては素直に謝った。

「ゴメンゴメン、だから私はソファーで寝るから、ナトちゃんはベッドで寝ていいよ」

「えっ本当に?」

「どうせ、一緒には寝てくれないんでしょ」

「だって、それはエマがエッチな事ばかり、しようとしてくるからでしょ」

「嫌なの?」

「ふつう、嫌でしょ!」

「他の子と、一緒に寝たことないの?」

 真っ直ぐに瞳を見つめられて困って目を逸らす。

 サオリとは、寝たことがある。

 それも、たいていは私のほうからサオリのベッドに潜り込んでキスをせがんでいた。

「知らない! もう眠たいから寝る」

 そう言って、シーツを頭から冠った。

 エマは「あらあら」と言って、電気を消してくれた。

 やっぱりエマは大人の女性で、俺は子供。

 無理やり話を打ち切って、シーツに潜り込んで、そう思った。


 夢を見た。


 サオリが戻ってきて、優しく、旅の話を聞かせてくれる夢。

 私がキスをせがむと、少し困った顔をして受け入れてくれた。

「じゃあ、目を瞑っていてね。いいって言うまで目を開けちゃ駄目だよ」

「うん、わかった」

 久し振りに味わう、とろけてしまいそうに温かい唇。

 重なり合った胸も、腕をまわした背中もすべすべして柔らかい。

 足を絡めようとすると、サオリの足が優しく私の足を受け止めて更に絡めてくれる。

 足の先から温められた幸せが、根元まで伝わり心を熱くさせる。

「ねえ、まだぁ」

「まだよ」

 我慢をするために、むさぼるようにサオリの唇を求める。

「ねえ、まだぁ」

「まだよ」

「いじわる」

 切なさに耐えきれずに、目を開けると、そこにサオリの顔は無くただ体だけがあった。

 私は、顔のないサオリの体を確りと抱きしめて泣いた。

 いつまでも、いつまでも――。

 顔のないサオリの手が、いつまでも私の頭を優しく撫でてくれていた。

挿絵(By みてみん)

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