【Court martial③(軍法会議)】
軍法会議の罪状は敵前逃亡と国家反逆罪。
しかし俺が犯した本当の罪は、仲間を欺いたこと。
敵対するザリバンに義父が居る事だけじゃなく、俺自身がかつてその組織に居て『グリムリーパー』と呼ばれ沢山の多国籍軍の兵士たちを殺戮した“お尋ね者”だったことを隠していた事。
知られたくなかった。
まだ子供だったから。
育った環境が、ザリバンの拠点だったからなどと、甘い言い訳は通用しない。
俺は確実に沢山の命を奪い、奪った命よりも更に沢山の人を悲しませ、恨まれた。
知られるくらいなら、死にたいと思って戦場に出たが、結局最後まで死ぬことは出来なかった。
軍法会議に掛けられると知った時、やっと俺の死ぬ順番が回って来たと思ったが、現実は違う。
敵前逃亡罪では死刑にならない。
フランス自体が死刑制度を廃止しているだけでなく。
第二次世界大戦の西側連合国の中でも、アメリカ軍がたった1人だけ同罪での死刑執行を行っているのみ。
もっとも狂った政治体制のナチスドイツ(15,000人)や旧ソビエト(158,000人)では、敵前逃亡イコール死刑と言う事になっていた。(※旧日本軍では、敵前逃亡での処刑事例に関しての資料が残っていないので不明)
知られたくないから何も話せない。
除隊を覚悟して、午後の法廷に向かう。
証言をするためにハンスをはじめLéMATの仲間たち、それにユリア、ゴードンにジム。
それに負傷して帰国したはずのレイにゴンザレス、車椅子に乗ったフジワラにキムたち輸送機の仲間たち。
リビア地区指令のアンドレ大佐にミラー少佐、DGSI(国内治安総局)のリズ、RIDO(フランス国家警察特殊部隊)のベルにパリ警察のミューレ、DGSEのレイラ……。
それに外人部隊の事務長、テシューブまでも、これまでの俺の功績を讃えてくれた。
皆が、俺の無実を証明してみせようと足を運んでくれている。
――それなのに俺は、何も喋らずに、この人たちの前から消え去ろうとしている。
アンドレ大佐とミラー少佐が証言台に立ちリビアでのザリバン無血開放の功績を話し、レイラが敵の立場から補足をして潜入捜査の状況と隠密性を説明し無実を訴えてくれた。
リズやベル、ミューレがパリでのテロ未遂での俺の活躍を話した。
輸送機で一緒に戦った仲間たちが、どんな困難にも負けずに戦った俺の活躍を訴えてくれた。
そして最後に証言台に立ったのは、戦場で捕虜にしたあのレスラーの男。
「私は彼女に戦場で多くの仲間を殺された。彼女の守る輸送機は……いや、彼女の守る仲間たちはいくら人数をかけても落とせずに我々の被害は増えるばかりだった。彼女が俺の目の前に現れた時、俺は彼女こそがあの輸送機を守っている隊長だと直感し、絶対にこいつを殺そうと思った。けれど彼女は違った。勿論捕虜として情報を得ようとして単身俺たちの陣地に偵察に来たことは知っていたが、彼女は俺を倒した後も俺を殺さずに輸送機に連れ帰ってくれた。家族に会わせてやると約束をして、俺たちが潜む森の中を危険も顧みず俺を担いで戻った。彼女の目を見て思った。彼女には誰にも負けない勇気がある。そして彼女は誰も憎んではいない。撃たれるから敵を撃つだけ。俺を捕虜にした後も彼女は負傷した仲間と何ら差別なく俺の傷を手当てしてくれただけではなく、情報を漏らした俺が捕虜になった仲間から差別や虐待を受けないように計ってくれた。捕虜になってつくづく思ったことがある。それは戦争の虚しさ。敵の輸送機を2機落としたとき俺たちは勝利に酔っていた。名前も顔も知らない多くの人々、そしてその亡くなった人々の家庭を壊したことも考えなかった。それは戦場だから当たり前。殺さなければこっちが殺され、俺や俺の家族や仲間が悲しむ。捕虜になり、俺たちが傷つけた兵士たちとヘリで救出され地上を離れた時、空の上で俺は思った。それは“お互い様”だと。俺たち兵士は敵味方に分かれてはいるが、戦争さえなければ友達にだってなれると。彼女に掛けられた容疑を知り、俺は居ても立っても居られなくて無理を言ってここに来させてもらった。決して彼女は敵前逃亡するような人間じゃないし、情報を漏らすスパイでもない。彼の行動に不可解な所があったとすれば、それは彼女個人が抱く何らかの問題ではないか。そしてアサム様とあったなら、ひょっとしたらアサム様の心をも動かしたのではないかと思った。それは彼が憎しみを持たないからだ」
法廷に居る全ての人が沈黙した。
しかし、彼の証言で動かされるのは戦争の悲惨さだけであって、俺に掛けられた容疑を全面的に晴らすものではない。
俺の容疑を晴らすには、俺自身が隠しているものを吐き出すしかないのだ。
ふと微かな風が頬を撫でる。
法廷の熱気に満ちた窮屈な空気を揺り動かす爽やかな風。
俯いていた顔を上げると、法廷の後ろのドアが開き、そこに1人の人物がいた。
エマだ。
“エマ!”
たった数日合わなかっただけなのに、思わず叫びそうになるのを堪えた。
久し振りに見るエマの顔は、笑っていた。
“愉快”と言う訳じゃない。
余裕と優しさ、それに困った表情の笑い。
「もう、ナトちゃん。いつまで強情を張るつもり? 貴女はもう気が付いているはずよ。ここに駆けつけて来てくれた人たちが、どんな思いでいるのか。そして彼等の証言が、どうにもならないかを。まったくいつまでたっても“ねんね”なんだから。この人たちのためにも……いいえ、ここに来られなかった人たちのためにも吐き出してしまいなさい。貴女の過去を。グリムリーパーと戦ってきた貴方の思いを」
「グリムリーパー!?」
法廷に居た多くの人達が、その最後の言葉を呟き、どよめいた。
裁判官も検察官も弁護士も。
「ナトーさん……」
弁護士が微笑んで、俺に証言を求めた。
その微笑みは優しさに満ちて溢れていた。
無能な弁護士だと思っていた彼は知っていたのだ。
俺が、ひたすら隠していたことを。
ここに駆けつけて来てくれた人たちのため、ここに来られなかった人たちのため……だが、それを言うと失望させてしまうかも知れない。
恨みを買うかも知れない。
嫌われるかも知れない。
ゆっくりと席を立ち、証言台に向かう。
俺の足音が静まり返った法廷に響く。
コツコツと、まるで時を逆戻しにしているみたいに。
思い背嚢を担いで何十キロも歩く訓練を続けて来たというのに、たった数メートルしかない証言台までの距離が数百キロの彼方に思える。
ようやく証言台に着いた時、もう体はクタクタに疲れ果てていた。
「水を……」
喉がカラカラに乾き、水を催促した。
突然の要求に誰かが慌てて水を持って来てくれたが、俺はそれが誰だったのかさえ分からず、ありがとうも言えないまま手にした水を飲みほした。
まるで砂漠の中に数日間放り出されていた様に。




