【Warmth of the back and warmth of the chest⑥背中の温もりと胸の温かさ】
ホルスターから拳銃を抜き、用心深く近づこうとしたとき、何かの気配を感じて足を止めた。
“後ろか!?”
振り返って見るが、何もいない。
“キツネか……”
熊なら気配ですぐ分かるが、体のしなやかなオオカミやキツネは、気配を消したまま近づくのが上手い。
勿論、ネコ科の動物もそうだが、ここにはネコ科の動物はそう多くない。
まして自分より大きな人間に近づこうとするような奴は、生息していないはず。
キツネなら問題ないが、オオカミだと危険だ。
だが、その動物たちと争っている暇はないし、争いたくもない。
出来ることなら、今俺に構わないで欲しい。
俺はナトーを探すことに全力を投じたいのだ。
しかし後ろから急に襲われるわけにもいかないので用心深く後方の気配を探ると、そこには2メートルほどの高さにある木の枝に銀色の鷹が鋭い眼光を光らせて俺を見ていた。
全長70センチほどもある大きなやつ。
羽根を広げたら160~170センチはあるだろう。
鳥なら襲っては来ないだろうし、たとえ襲われたとしてもそうそう怪我をすることもない。
まして命を奪われることなど。
“なんだオオタカか……”
ふと頭に浮かんだ言葉に、言いようのない違和感を覚えた。
“……オオタカ!”
そう。オオタカの生息地域はもッと北のはず。
ここはまだイヌワシの縄張りだ!
慌てて振り返った時には、もう遅かった。
どこから現れたのか何者なのかも分からないうちに、右手に持っていたはずの拳銃は蹴り飛ばされ、宙に舞ったその拳銃をさっきまで目の前にいたオオタカが掴むとそのまま飛び去って行った。
敵の蹴りは、それだけでは止まらない。
左右上下と予測不可能な角度で次々に襲ってきて、ひとつひとつを捌くので精一杯。
この俺が防戦一方。
素早い蹴りの連続攻撃に苦戦していたが、直ぐにウェイトの軽さに気が付いた。
このまま全ての蹴りを捌いていたら、攻撃に転じることは難しい。
だがこのウェイトなら急所から外れたところは無視して、その分こっちからウェイトの効いたものをお見舞いしてやれば、直に相手を封じ込める事が出来るだろう。
右のハムストリングス(大腿二頭筋)を襲ってきた蹴りを無視して前に出る。
この程度のウェイトなら、この大きな筋肉なら数発程度当たってもビクともしない。
前に出ると今度は、おあつらえ向きに拳が飛んできた。
これを掴んで捻り上げれば、奴の体は簡単に宙に浮く。
そう思って敵の手を掴みかけた時、敵の手首が返ろうとしたことに気が付いて慌てて伸ばした手を引っ込めた。
“罠!”
俺の捻り上げる動作を利用して、逆に関節を取るつもりだ。
“こいつ、合気道の使い手だ!”
一旦距離をとるために、後ろに下がる。
その間に更に1発右足に蹴りを喰らったが、大した事はない。
相手を確認しようとしたが、俺が下がった途端、奴は直径50センチ程ある木の陰に隠れた。
“ふざけやがって”
俺はナトーを探しに来たわけで、お前と”かくれんぼ”をしに来たんじゃない。
“こんな奴に時間を取られて堪るか!”
俺は奴の隠れた木の幹から横に1メートルほど離れた場所にダッシュした。
ところが隠れているはずの所には奴はいない。
“一体、これは……”
急に背中から首の後ろに掛けて風を感じたかと思うと、後ろから俺の顔の前に足が突き出してきた。
“後ろ――忍者か!?”
振り向く間もなく、その足が首に巻き付いて頸動脈を締め上げる。
“女!”
巻き付いた足は、皮下脂肪が薄っすら乗って柔らかく、直ぐには頸動脈を絞められない。
皮下脂肪の少ない鍛え上げられた男の堅い筋肉で締め上げられていたら、俺は今頃地面に倒れていたかも知れない。
だけど、この柔らかい脚の肉なら、俺の首の筋肉の方が勝る。
俺は素早く腰を跳ね上げる様に跳ね、同時に敵の足を巻きつけられた首を、股の間を通すように思いっきり下方向に下げる。
これで奴は、この反動で地面に叩きつけられるはず。
そして俺は奴の足をホールドして、そのまま関節を決めれば、この勝負は俺のもの。
しかし、そう思惑通りにはいかなかった。
敵は俺の行動を読み、叩きつけられる前にホールドを解き、反動を利用して前転して逃げる。
だが、それも俺にとっては予想していた敵の行動のひとつ。
軽くなり、勢いの付いた体勢を利用して、俺も前転して敵との間合いを詰める。
とっさに受け身で前転して逃げた敵と、仕掛けた俺の前転とでは起き上がった時の攻撃のタイミングは俺の方が速い。
起き上がりざまに敵も俺に飛び掛かられることを予想していたのか、体を捻り今度はバク転をしながらキックを上げてきた。
ここでやっと敵の正体を見ることが出来た。
黒のタイトパンツに上着、頭全体に被り物をしていて、目さえもメッシュの生地で覆われて、まともに見ることが出来ない。
忍者!
いや、これはブルカの一種だ。
(※ブルカ:体全体を完全に隠し、目の部分もメッシュ越しにしか見ることのできないイスラム教の女性の服装の中で最も戒律が厳しい服装)
しかし身体つきは小柄で華奢な女。
ナカナカやる。
無理に間合いを詰めるために突っ込もうとすれば、その蹴りを顎に受けていた事だろうが、これも想定内で紙一重で、これをかわす。
バク転の起き上がりは一瞬無防備になる。
敵がその一瞬の隙を避けるには、延々とバク転を続けるしかなく、そうすると勝手に体力を消耗してくれる。
俺は攻撃の機会をうかがいながら、間合いを詰め続ければいい。
形勢は完全に逆転した。
敵が3度目のバク転をして立ち上がった時、一瞬間が開き隙が出来た。
“もらった!”
ヤツの脇腹を目掛けて蹴りを入れ、一瞬呼吸を止めてやれば合気道の達人であれ忍者であれ、どうにでもなる。
すべてのスポーツに共通して言えること、それは技でもなければ体力や筋力でもなく、体やそれを動かそうとする脳に規則正しく酸素を送り込む事。
呼吸のリズムを正確に守り続ける事こそがスポーツの基本。
足を振り上げようとしたとき、目の前から急降下してきたオオタカが見えた。
鷹の足には奴の最初の攻撃で蹴り飛ばされた俺の拳銃を握っていて、それを急降下しながら俺に向けて離す。
拳銃が俺の顔面を目掛けて、凄いスピードで襲ってくる。
こんなものを喰らうわけにはいかない。
蹴り上げようとした足を戻し降ってくる拳銃を避けるため横にステップを踏むと、痛めていた右足に激痛が走り、更にそこを見透かされたようにヤツの蹴りが襲ってきた。
すでに右足に重心を掛けてしまっていて、まともに受けてしまい俺の体は崩れる様にバランスを崩す。
“罠だった”




