【Farewell Grim Reaper⑦(さらばグリムリーパー)】
もう敵の狙撃兵が何所に潜んでいようと関係なかった。
ナトーが生きていたならどのような状態でも、このエンジン音を聞けば警告をするために銃を撃って知らせるはずで、万が一死んでいたなら俺も撃たれて本望だ。
ナトーが入隊の為に事務所を訪れた時、俺は偶然トライデント将軍に呼ばれてその場に居た。
正直その美貌よりも、とんでもない馬鹿が居たものだと呆れた。
なにしろ女性隊員など取らない外人部隊に、事も有ろうか偽造パスポートを使ってノコノコやって来たのだから。
ところが電話が入り、街で見張らせていたフランソワたち3人が病院送りになったことを知り驚いた。
3人には女の格好をした入隊希望者が来るから、その前に捕まえて追い返すようにと、これもまた将軍からの指示で配置させておいた。
正直、他に仲間がいて手引きしたのだと思っていた。
だが、トラックを使った2800m走では合格判断時間の12分内に7周という基準を2周も多く周り、そのあとの格闘技や射撃でも俺以外のどの隊員よりも優れていて驚かされた。
ナトーは、どんな困難な状況でも決して弱ごとを言わないし、他人に対して殆ど怒らないばかりか嫌な態度をとる事も無い。
常に前向きに考え、行動し、そして不可能と思える様なことを可能にしてきた。
入隊試験でも、リビア、パリ、そしてコンゴでも。
しかし……。
“なにが、ミイラ取りがミイラになるのは避けなければならん。だ……”
ユリアが一緒に行くと言ったとき、自分が言った言葉を思い出して急に可笑しくなる。
今、俺はミイラになろうとしている。
今にして思えば、初めて会った時から惹かれていた。
入隊試験の初日に用意した特別最難関メニューをクリアしてしまい思いがけず宿直室に泊めることになった時、メシの用意が出来ていなかったことを幸いに外へ連れ出して洋服や高級レストランに連れ出した。
初めて会った女に、こんなことをしたのは初めてだった。
コンゴに派遣が決まった時、行かせたくは無かった。
そして本部に分かれて居たときも、戦闘状態に陥っていたナトーの事を考えると居ても経っても居られなかった。
そのおかげで、他の司令部要員が敵に拘束される中、俺は脱出する事が出来た。
知らず知らずのうちに、俺はナトーが居ない世界なんて……ナトーが死んだ世界でこのまま生き続ける事なんて考えられなくなっていた。
兄にはすまないと思うし、決して兄を裏切るつもりではないが、例えそのナトーが本当に兄を殺したグリムリーパーだったとしても、俺はナトーの事が……。
「よーし、これから橋を渡る。先に5人渡って前方の安全を確保してからアサム様を中心にして橋を渡り、俺と5人は後方の警戒に当たる」
最初の5人が橋を渡り周囲の安全を確認して、アサム様を中心にした10人が橋を渡り始め、それが橋の真ん中に差し掛かった頃、遠くからバイクの音が聞こえて来た。
しかしそのバイクが届く頃にはもう俺たちは橋の向こう側に居て、橋は落とされる。
追手が誰かは分からないが、少し遅かったようだ。
この渓谷に架かる橋は、ここを除けば最も近い橋まで60キロ以上も離れた場所にある。
いかにバイクが速いと言えど、そこの橋を渡って再びここにたどり着くまでには優に4時間はかかるだろう。
4時間も有れば、俺たちは南にある村に辿り着いているから、逃亡は成功したも同然だ。
安心しきった所で突然銃声が鳴り、橋を渡っていた味方が倒れた。
“敵の待ち伏せか!?”
いや、敵にそんな余力はないはず。
瞬く間に2人、3人と倒される。
しかも3人共1発で頭を打ち抜かれ絶命した。
短時間にこの様な芸当が出来る狙撃手はナトーしかいない。
仲間が遣られていると言うのに、俺の心には何故か火が灯ったように暖かくなるのに気が付いていた。
不謹慎だ。
気持ちを切り替えて、ナトーを探す。
“居た!”
小高い崖の上から狙撃するナトーが見えた。
その姿は、まるでワザと俺に見つかるように陽を正面から受けて立っていた。
「崖の上だ!撃て!撃て!」
いつの間にか先に橋を渡った5人が倒されていて、アサム様を護衛している味方は怯えて橋の真ん中で立ち往生している。
「行け!行け!先に進め!」
しかし一旦足が竦んでしまった奴は、そう簡単に前には進めない。
俺は止まった味方を追い立てるように橋に向かって走り出す。
後ろで味方の倒れる音が聞こえ、一瞬崖を振り返ったが、そこにはもうナトーの姿は無かった。
ナトーなら走りながらでも、正確な狙撃が出来る。
ここに辿り着くのも、直ぐだ。
縄で出来た吊り橋を走ると、その勢いで橋が強烈に揺れる。
立ち尽くす味方を押すようにアサム様たちを橋の向こう側に渡し、4人をナトーの足止めのために置き、あとの5人に先を急がせた。
振り向いた時には既に渓谷の手前側の防御に当てていた5人全員が倒されていて、その真中をナトーが見た事も無い鬼のような形相で真直ぐにこっちに向けて走って来ていた。
俺は慌てて銃を構えようとしたがハンドガードにナトーの放った弾を喰らい、谷底に銃を落としてしまい、慌ててナイフを取り出し吊り橋を支えている縄を切ろうとした。
その間に俺の隣で銃を撃っていた仲間が倒され、まだ橋を渡りきっていない2人も倒されて、ついに残りは俺1人。
何としてもナトーを止めなければ!
そのためには、この縄を切らなければ――。
下の2本はもう切った。
そして上にあるもう2本のうち1本を切れば、橋はバランスを崩し、その重さに耐えかねて崩れるだろう。
俺はナイフを縄に掛けた。
あとはこの手を引けば、全てが終わる。
手に力を込めて引こうとするが、最後の力が入らない。
“やめろ!”
“やめなさい!”
死んだはずのバラクとハイファの声が、俺を止める。
「止めるな! 止めないでくれ。俺はアサム様を守らねばならない!」
“そのためにナトーを殺すと言うのか! ナトーはアンタの大切な娘だろう? 何のために姉さんが死んだあと、男の子の格好をさせてまでして育てたんだ? ナトーを守るためだったんじゃないのか?”
「だがバラク。ナトーはお前を殺した」
“ナトーが俺を?何言っているんだ義兄さん。ナトーは俺を守ってくれたんだよ”
「お前を守った? そんなこと聞いていないぞ……」
“ナトーは俺の部下たちを殺さずに、俺を生け捕りにしてくれた。だけど俺は捕らえられた後の事が怖くて、一緒に捕まった仲間が武器を隠し持っている事を隠して、その仲間に殺させた”
「本当なのか?!……でも、何故そんなことを」
“自殺は神様がお許しにならないだろ?”
「ハイファ!ハイファはどこだ?」




