【In Myan's room ...①(ミヤンの部屋で)】
近々LéMATに新しい隊員が入ると言う知らせが入り、戦死したミヤンの部屋を本格的に片付けることになった。
部屋の片づけは将校立会いの下に分隊長が行う事が決まりになっている。
その他の隊員は一切入れない。
だから今、部屋に居るのは俺とハンスの二人きり。
想像していたより物が無く、まるでいつの日にかこうなる事を覚悟していた様に整理整頓の行き届いた綺麗な部屋。
机の上にはノートパソコンが置いて有り、帰って来てスイッチを入れるはずのミヤンを待つように待機中のオレンジ色のランプが点いていた。
その奥の本棚には、読みかけでしおりの挟んである小説とアルバムが置いてある。
引き出しの中には、最小限の筆記用具とノートと日記があるだけ。
パソコンやノートと日記は検閲後に問題が無ければ家族のもとに返されるので、検閲用の段ボール箱にそのまま入れた。
アルバムについては、将校と確認し問題があるようなら検閲に回す事になっているので、ハンスと一緒に開いた。
1冊目のアルバムは特に問題ない。
ルーブル美術館やエッフェル塔、エトワール凱旋門にアンヴァリッド廃兵院やヴァンヴ蚤の市などのパリ郊外の風景やモンサンミッシェル、ヴェルサイユ宮殿、シャンボール城などの観光地で撮影された写真が貼られてあった。
2冊目のアルバムには花や動物、それにちょっとした街の風景などが貼られていて、どれも写真家を目指していただけあって構図や陰影など工夫を凝らした印象的なものばかり。
最後のアルバムには、飲み会など隊員と遊びに行ったときの写真が貼られていた。
ハバロフと二人でモンブランを見に行った写真。
男たちだけで海水浴に行った写真。
ハロウィンで仮装を楽しんでいる隊員たちの写真。
クリスマスで燥ぐトーニにサンタの格好をしたモンタナ。
皆でスキーを楽しんでいる写真。
休暇で故郷のベラルーシに帰った時の家族の写真。
家族の写真の裏に、もう一枚何かの写真が、まるで人目から避けるように隠されていた。
何だろうと思い、それを引き抜いて見て驚いた。
それはGパンにスモック姿の画学生に扮装した俺の写真。
珍しく、カメラに向かって愛想よく笑っている俺の顔。
これはパリのノートルダム大聖堂でメヒア達のテロを警戒して、配置についてまだ遊んでいたときの写真だ。
なんでこの写真が。と不思議に思った。
それは予めカメラをチェックしてカードを抜いて記録できないようにしていたし、作戦終了後は使ったカメラを検閲に出して記録が残っていないように調べたはずだったから。
1枚でも検閲の対象になる写真が発見されれば、その写真だけでなく全ての写真が検閲される。
そして検閲された物は全て検閲済みのスタンプが押されてしまう。
ハンスが気付く前に、そーっと写真を元の場所に隠そうとしたら、後ろからヒョイと摘まみ上げられてしまった。
「ハンス……」
俺が慌てて振り向くと、ハンスは「珍しいな」と写真を見て笑っていた。
「なにが」と聞くと「お前の笑っている写真」と言われた。
「どうして隠そうとした?」
「だって、これパリのテロ作戦の時の写真……」
「そうか?俺にはどこかの公園で絵を描こうとしているナトーのプライベート写真にしか見えないけれど」
「でも!」
「見たところ銃も持っていないように見えるし、どこにパリのテロ作戦の証拠があるのか俺には判断できない。それに折角のお前の神ショットに検閲のスタンプは似合わないだろう?」
「いいのか?」
「良いも悪いも、いくら機密保持と言えど、プライベートで撮影されたものまで検閲対象にすることはないだろう」
ハンスがそう言ってくれた。
検閲対象の段ボールと、そうでないものを詰めた段ボールに分けたあと、その2つの箱を廊下に置いていたカートに乗せて再び部屋に戻る。
なにも無くなった部屋は、あの日ミヤンの遺体を乗せたMi-8が飛び去った後の空のように限りなく広くガランとしていた。
もう2度と会えない。
人が亡くなると言う重みが、心にズッシリと圧し掛かる。
後は、検閲品はそのまま検閲に回され、そうでないものは簡易的な検査を受けて両方ともミヤンの両親の住んでいるベラルーシの家に送られる。
既に戦死通達書と遺骨は係りの者によって届けられているだろうが、遺品が届いた時の家族の悲しみを思うと、とても辛い。
「そう言えば、遺品の中にミヤンのカメラが無かったが、あれはどうした?」
「ああ、あのカメラは俺が持っている」
「どうして?バレたらヤバくないか」
「検閲対象になるが、ミヤンが大切にしていたものだから、そう言うことを知らない奴らの手に触れさせるのが忍びなくてカメラは現地で壊れて廃棄したと言ってデーターカードだけ渡した。……いけなかったか?」
ハンスの優しさに、言葉が詰まってしまい直ぐに何も言えなかった。
今、口を開くと泣いてしまう。
しばらくして「ありがとう。それでいい」と答えた。
もう大丈夫だと思っていたのに、やはり言葉に出すと耐え切れないほどの哀しみが襲ってきた。
「すまない……規則を破ってしまうが、目を閉じて見ないで貰えるか……」
嗚咽を抑えるために、かすれた声でそこまで言うのが精一杯だった。
ハンスは立ったまま目を瞑ると「いいぞ」と言ってくれた。
短い言葉が終わる前に、堪えられなくなった涙が堰を切って溢れ出す。
立っていられないほど、足がガクガクと震える。
急にハンスがその体を支えてくれた。
まるで凍えた体を暖かな毛布で包み込んで貰ったような感覚。
俺はハンスの腕に抱かれたまま、その胸に顔をうずめて泣いた。
いつまでも、いつまでも涙は流れ続けていた。




