【First Lieutenant Yulia Malychica①(ユリア・マリーチカ中尉)】
死傷者を乗せたMi-8を援護するため1機のMi-24が伴走して行った。そして残るもう1機は偵察の前に、一旦降りて打合せをしたいと申し出てくれた。
空から偵察してくれるだけでも嬉しいのに、こちらの意図を確認してもらえると言うのは、ありがたい。
Mi-24は先ず着陸と点を軸として、数回円を描くようにしてから、着陸態勢に入る。
12.7mm機銃弾をも通さない圧延鋼鈑で覆われた装甲を有するのに、周囲への警戒を怠らない所に好感が持てる。
強い風が舞い上がり、巨体が降りて来る。
下から見上げると、まるで生き物みたいに見える。
その生き物が、いま目の前に舞い降りて、羽を休めた。
舞い上がった土ぼこりが止み、周辺に静寂が訪れる。
一段高い所にある操縦席の扉が開き、ヘルメットを脱いだパイロットが首を振ると、まとめていた金髪の長い髪が解けて綺麗に広がった。
“女……”
雑談をしながら、あるいは何らかの作業をしながら、その光景を眺めていた兵士たちの時間が止まる。
女性パイロットが高い操縦席からジャンプして地上に降りると、兵士たちの時間もゆっくりと元に戻ろうとして行く。
「ウクライナ軍第14独立ヘリコプター部隊、ユリア・マリーチカ中尉である。現地責任者は誰か?!」
ブルーの目とスッと伸びた鼻がいかにも北欧系の美人と言う印象を与え、背は俺よりも低くて飛行兵だからか体つきも少し華奢に見える。
年齢は分からないけれど中尉と言う階級にしては、私服ならカレッジ……いやハイスクールに通う学生にも見えるほどのかなり幼い顔立ち。
ちょうどハンス宛てに無線が入り、丘の上に構築した無線室に行っていたので、物見遊山でヘリを見に来ていたソト少尉が鼻の下を伸ばしてイソイソと小走りに近付いて来た。
マリーチカ中尉はその顔をしかめ、厳しい眼差しを向けていた。
「小隊長のソト少尉であります。本日は御協力ありがとうございます」
「ご苦労。ナトー軍曹を呼んでくれ」
「ナトー……で、すか?」
「いないのか?」
「います」
ソト少尉が作業をしていた俺を呼ぶ。
「ナトーですが」
一応、国籍は違うが同じ目的でコンゴに来ている軍隊の将校に対してと、ミヤンたち死傷者の輸送を引き受けてくれたことに対して敬意を込めて敬礼した。
「もういいぞ」
「ナトー軍曹作業に戻り給え」
「はい」
ソト少尉に敬礼して背中を向けた俺に、マリーチカ中尉が「待て」と声を掛ける。
“もういい”と言ったと思ったら、今度は“待て”と言う。いったい何なのだ?
不審に思って振り返ると
「もういいのは、少尉。君だ」
と、相変わらず厳しい目をしたままソト少尉を睨んで言った。
困惑したソト少尉が
「しかし、私は小隊長――」
と、自分の立場を説明しようとするがマリーチカ中尉は苛立ったように
「私はナトー軍曹に話がある。君には何の話もないし、君と話をするだけの無駄な時間は持ち合わせていない。事の詳細は全て無線を傍聴して知っている。戦闘の判断を渋って無視するような小隊長には興味はない。さよならソト少尉」
たしかにマリーチカ中尉の言う通りだったけれど、あの時ソト少尉が俺の作戦を却下していたら、今がどうなっているのかなんて誰にも分からない。
そう思うと部外者から侮辱を受けたソト少尉が可哀そうに思えて、一言だけ言った。
「私の上官を侮辱する行為はやめて欲しい。ソト少尉は戦闘中に本来の小隊長であるケビン中尉を亡くされて、苦労されたのだ。隊長を侮辱されるのは部隊を侮辱されるのと同じことで、隊全体の士気にも影響する。無線を傍受しただけで現場を見ていない中尉には、誤解もあったかと思いますが、少尉に今の態度と言葉の謝罪を要求します」
「すまない。深夜の戦闘で少尉もよく戦かわれたのだろう。その中で犠牲になっていたかも知れなかったのに、軽率な感情論だけで侮辱したことを謝る」
と、素直に謝り少尉と握手を交わした上で、更にハグまでしてくれた。
「だ、大丈夫です。戦場に行き違いは良くあることです。僕は上に行って作戦司令部付きのハンス中尉を呼んできます」
美人将校にハグしてもらったソト少尉は、上機嫌でハンスを呼びに丘の方に歩いて行った。
ソト少尉の背中を追っていたマリーチカ中尉の顔が俺に向けられた。
「男なんてチョロいモノだな。そう思うでしょナトー軍曹」
今までの厳しい顔が、急に人懐っこい笑顔に変わり、手を両手で握られた。
「さあ……俺は部隊では女ではないので、いま中尉がしたようなことは出来ないし、そう言う気持ちも分からない」
「厳しいのね」
「?」
“厳しい”が、どこに向けられた言葉なのか分かりかねていると
「さすがフランス軍の行きたがらない修羅場を担当する外人部隊だけある」と中尉はまた笑った。




