九杯目
時刻は午後6時を過ぎたあたり。オレたちは家捜しを決行していた。
そしたら出るわ出るわオレが女だった証というか、なんというか。生理用品がトイレと救急箱から出てきた所で、二人して諦めた。というか、ちゃんと下着もあった。今日の朝、着ていたトランクスのみが男の時の名残だったようだ。
そもそも、スニーカーを履いたときに気づけよって話で。スニーカーだけはいくら男物でもぶかぶかじゃなくて、ちゃんとしたサイズだったからな。
「仕方がないね」
「……それで納得できるお前がすごすぎる」
「納得はしないけど、納得しないと話が進まない。それに」
「それに?」
「孝がいるなら大丈夫」
にへら、と警戒心など露ほどにもないだらしない笑顔を孝に向ける。
孝は不意打ちに顔を赤くしながら、見られないよう手で顔を覆った。
「……ま、た男殺しの言葉を」
「孝がきっと何とかしてくれるよね!」
「それただの他力本願ですよね!?」
良い笑顔でサムズアップ。
そう、孝がいるなら大丈夫。昔も今も、孝がいなくてどうにもならなかった問題はないんだ。
だからオレはいつも通り孝を信じていればいい。
助けてくれる。どんな時でも。孝だけはオレを見捨てない。一人にしない。
千里の言葉には言い表せないほどの信頼があるからこそなのだが、孝はそんなことは露知らず。ぶつぶつとこれからについて考えていた。
「──そうなると、お前の親父さんたちはどうなるんだ?」
「……それなら」
……うん、やっぱり孝も気になるよね。ここに俺がいなくて、オレがいるということは、どういうことなのか。
もしかしたら、オレの両親はまったくの別人になっているかもしれない。だって、二人とも日本人だ。オレみたいな銀の髪に緑の瞳は遺伝子的にありえない。
その考えは、オレに薄ら寒い思いをさせるとともに、少しだけ淡い期待を抱かせた。
すぐにそれが幻想に過ぎないことを知るけれど。
オレは間違いなくあの両親の娘だった。
家捜しの途中に見つけた古びたアルバムを本棚から抜き出した。それを壊れ物を扱うように大切に、机の上に置いた。
顎で、見ろとくいっと指す。
孝は真剣な顔で一枚目をめくる。そしてそれも──
「──1999年、信ヶ原 千里 推定年齢3歳。北欧にて保護。養子にもらう」
新たな出来事に塗りつぶされていた。思い出す。両親は海外旅行が趣味だったのだ。それにしても、これはあまりに突飛すぎる話だった。
一枚一枚めくっていく、千里はすぐに日本国籍を獲得すると共に、この町で育てられていった。保育園の写真、小学校の頃の写真、実の息子の時にも負けないほど、たくさんの写真がアルバムに閉じられていた。
義娘もちゃんと愛してくれていた。それがわかるだけで、オレは嬉しい。
悲しいかな、千里の写真は中学生の途中で終わる。これも、変わらない。
孝が苦虫を噛みしめたような顔でアルバムを閉じた。
「孝がそんな顔してどうするのさ」
「だけど……」
孝の方がオレよりよっぽど傷ついてる。優しすぎる。
「両親は死んだ。同じだよ」
「そんな言い方は、悲しいだろ……」
「他に言い方がないじゃないか。気になるのは、実の息子はどこに行ったんだよってことくらい」
「……書いてなかったな」
ああ、そうだと付け加えて。
「もう一つ気になることがある」
「なんだ?」
「このアルバムには──お前がいない」
「は?」
孝は再度アルバムを手に取った。たくさんある記念写真。うちの両親と孝の両親は親交があったから時々二家族で出かけていた。
けれど、
「──ない。本当だ。一度も旅行の写真がない」
「たぶん。それが女になった影響じゃないか?」
「それなら、この家は……?」
「わかんね。男の時は遺産目的の阿呆共をお前が蹴散らしてくれたが、女のオレはどうやってこの家を確保したんだろうな」
ああくそ。わからないことだらけだ。どうして祠はこんな七面倒な設定にしたんだよ。女ヴァージョンで過去を変えなくて良いじゃないか。
本当に自分はここにいるのか? 浮いているような酩酊感を覚える。部屋がぐるぐる回っているようだ。
そうだよ。過去のオレに孝がいなかったらどうなる? 人として詰むと思うんだけど。そこの所はどうなんでしょうね、女のオレよ。
「探すか?」
それはもう一回、手がかりになりそうな資料を探すか? という問いだった。
オレはその問いに首を振った。
「いんや。見つけたところで、だろ? 幸い、孝は記憶を残しているから、女のオレと友人関係だったとか好き合っていたとか、いまさらどうでもいいことだよ」
「好き合ってたっておま……」
「もののたとえを本気にするのは色々と残念」
「……変わらねえな」
「そう簡単に変わってやるもんか」
顔を見合わせて笑った。
大丈夫だ。オレはまだ大丈夫。頼れる人は孝以外いなくて、天涯孤独一歩手前、ほら男の時となにも変わらない。
それにさっさと男に戻ってしまえば過去とかどうでもいいじゃないか。
「さて考えごともしたし、お腹が減った。というわけで、カレーライス食べるぞカレーライス」
「……それ以外で」
「残念だったな。私の家にはカレーしかない」
「だよなぁ」
くくっと孝が笑った。
「ちょっと待ってくれ。流石に遅くなったから、一度親に連絡入れる」
孝はポケットから青い携帯電話を取り出すと、親にメールを打ち始めた。
そうだ。そう言えば、オレのケータイはどこだ? 最初からケータイを探せば全部分かったんじゃないのか?
立ち上がってケータイを探した。机の上には当然ない、本棚にも乗っていない、台所……ないな。洗面所も、ない。
……そういえば、今朝孝に突っ込んだあの歯ブラシは……よく考えれば今のオレが愛用していたってことになるんじゃ……か、考えるのはよそう。
ふむ、あとはどこを探していなかったっけ。
「なに探してるんだ?」
「オレのケータイが行方不明」
孝はメールを打ち終わったのか、わざわざ立ち上がってこっちにきた。
探した場所を教えると、口元に手をやって考え込む。
「鞄の中は?」
なるほど。そこは探していなかった。
そういえば、さっきの家捜しの時もなぜか鞄には触れなかったんだよな。
オレは学習机の横に置いてあるシンプルな黒のエナメルバッグを手に取ると手だけ突っ込んで中身をあさった。
「しかし、女のオレは男の俺とほとんど趣味が変わらない」
「……どうして男物の服しかないんだろうな」
「男装が趣味だったにファイナルアンサー」
っと、この感触はMyケータイ。取り出してみると、所々塗装の剥げた赤い開閉式のケータイ電話。相変わらず何世代も前の雰囲気を醸し出してるじゃないか。0円ケータイまんせー。
「見つかったか?」
「これが見えないと言うなら良い眼科をオススメするよ。取ってもらってきなさい」
「治すんじゃなくて取ること前提!?」
「はいはい静かにしなされ。今からアドレス確認するんだから」
「……元気になったことを喜ぶべきか、失礼な奴だと怒ればいいか……」
笑えばいいと思うよ。
こほん。
なんにせよ、これでいくらか謎は解けるだろう。とことこ座椅子に戻ってケータイを開くと、後ろから孝ものぞき込んだ。
「さてはてアドレスは、と……………………よし、見なかったことにしよう」
さーて、今日のオカズはチーズカレーかなぁ。
「おい待てこら」
孝に引き留められた。
「いや、だって、ねぇ?」
「ぅぐっ……ああまぁそうだが。まだなにか情報があるかもしれないだろ」
「ないと思うよ」
「あるかも知れない!」
「アドレス登録0件になにを求めろと」
「じゅ、受信記録は」
はぁ、仕方がないね。受信記録でも見ようか。少しくらいなにか情報があるかもしれないし。
…………ぱたん。
「福神漬けって余ってたかなぁ……」
「め、迷惑メール996件……だと……!」
「あとの4件はケータイ会社からだね」
「切なすぎる」
友達がいないにも程がある。ってか、確認してみたら全部出会い系だし。一千万ポイントとか、小学生が思いつく馬鹿な大金だよな。
「ま、まだなにか情報は……?」
「一番よく見るサイトは小説家になりました」
「そ、送信BOXに未送信のがあるけど」
「……メールの練習してる」
「……そ、そうか」
「拝啓○○様へって……手紙と勘違い」
「よく考えれば受信メールが全部既読になってる……」
「もしかしたら、その期待が透けて見えるよ……」
どうしよう、涙が止まらない。女のオレよ。これだけ容姿が整っているのに、男の影どころか女の友達すらいないってどういうことよ。
あまりにも残念過ぎて、フザケるにもフザケられないんだが。
「孝……」
「千里……」
「「メアド、交換しようか」」
いま、二人の気持ちが一つになった。
あ、また何か受信した。
さぁ、批判でもなんでも受け止めよう!
……あ、あのでも豆腐メンタル…




