七杯目
「さて、帰ってきました三谷町でっす」
「帰りの電車はほとんど人がいなくてラッキーだったな」
「四時って微妙な時間だもの」
三谷町の駅はちょうど坂の上に建っていて、町を一望できる。都会とも田舎ともつかないどっちつかずの中途半端な町。その雰囲気が二人は大好きだった。空気も排気ガスに埋もれているわけでなく、それなりに交通網も発達していて、友達を呼ぶと良い町だ、と好評価だ。
「いまさらだけど、商店街に行こうず」
「なにか買い忘れか?」
「いあいあ、事件は現場で起きているんだ、ってかとりま一度祠を見に行こう。何かが変わっていれば、真っ黒だし、でなくても、願い事をすればワンチャン解決おけになる可能性も捨てきれない」
千里は少しつまらなさそうに言う。戻りたいし、男という自覚を捨てた訳じゃないけどどうせならもう少し遊びたいというのが本音なのだ。
しかし、それは孝に迷惑をかけてまですることじゃない。千里は孝を見て、だろと笑った。
孝は正面からその顔を見ることが出来ずに、逃げるように帽子の端からこぼれる銀髪を眺めた。それは夕日に照らされて、赤い燐光を放っていた。その姿はひどく──
「──この町に銀髪は合わないな」
「突然なにを言うし」
「たぶん鏡を見れば同じことを言うと思うぜ」
──幻想的だ、とは口が裂けても言わない。孝にとって銀髪美少女が隣にいる時点でファンタジーなのだ。
千里にとってみれば、自分がなっているんだから、ファンタジーですまされないけれども。
「そんなことはとっくに知っている。ということで、商店街にいこう」
「そだな。俺も祠には興味がある」
「汚い祠を綺麗にしたのは私です。褒めれ」
「えらいえらい」
「ふへへ」
商店街までは駅から五分もかからない。坂を降りて、左折すればもう目の前だ。
「んで、祠はこっちか?」
ああ、そうだ。と、返そうとして、前方から見覚えのある親子、もとい幼女を発見した。
「ちょっと待たれよ」
試したいことがある。そうだよ、元々オレの願い事はあれだったじゃないか。オレはなけなしの残金を使ってカレールーを買い求めた。
「なにしてんだ?」
「ふっ、そこでお前は指をくわえて見ているがいい」
ふっ、この容姿は目立つからな。すでに親子の視線はオレにロックオン。ついでに商店街のじっちゃとばっちゃの視線もロックオン。うへぇ。
「カレールー、カレールー、うぇへへ……じゅるっ」
「ぶっ!!」
汚いな孝は。カレールーの箱にかかったらどうするんだ。
昨日のオレの願い事は、カレールーを見つめてても気持ち悪いって言われないようにして下さい!! だ。つまりオレがどれだけカレールーを愛でようと、あの幼女はオレを気にしないはず……!!
「お母さん、あの人カレールー見てにやにやしてて気持ちわるーい」
「しっ! あの子はきっと外国の子だからきっとカレールーが珍しいのよ」
「へー」
鬱だ、死のう。
「……強く生きろ」
うるさひ。
ああ、夕日が眩しいなぁ……
「孝、勘違いするな。これは逃亡ではない。勇ある撤退だ」
「御託はいいから、気が済んだならさっさと案内せい」
かちん。
「せっかちは嫌われる」
…………。
「もとい早漏は嫌われる」
「なんで言い直したの!? ねぇ!?」
「えー? 孝くん早漏なのー? きもーい」
「やめろ! その声で言うんじゃない!」
「さっきから腕とか足とか見すぎだよねーー?」
「うぐっ、い、いやそれは男として正常でしてな?」
おおふ。青い顔してわたわたと言い訳をする様は溜飲を下げるのに丁度良い。
まあ、これくらいでいいか。
「すべすべぷにぷにが目の前にあっても自前じゃ意味ない件」
「……親友だから生殺し」
「ん?」
「何でもねえ」
なにか聞こえた気がしたけど……まぁいいか。今は祠の方が優先度が高い。なによりもあの親子の目から逃れたい。
さて、祠はどこかいな。
「どこかいなったらどこかいなっとぉ♪」
「楽しそうだな」
「聞き流すこと推奨」
「その声で歌ってたらなんとなく上手く聞こえる」
「まるで意味なし。んあ?」
「どうした?」
「……いや、なんでも」
っかしぃなー。昨日はカレールーが帰るお店のすぐ近くに変な道があった気がしたんだけど……あった場所は存在しなかったように詰まっている。いや、そもそもここは商店街で、お店が詰まっているのは当たり前なんだけど……デッドスペースはどこにいったし。
おいおいおいおい。
「どうした!? なんで走ってるんだ!?」
「うるさい! 黙ってついてきて!」
「待てよ!」
「だが断る!」
「なぜに!?」
おかしい。おかしい。おかしい! ここにあったはずだ。ここに細い道があったはずだ! くそっ! 裏手に回ってみるか! ダメだ。店が建ち並んでいて、とてもスペースがない。なら、昨日見た祠はどこなんだよ! なかったなんて言わせない! 掃除をしたんだよ。絶対に。夢じゃないのに!
コンクリートの道を焦ったように首を振りながら道を探した。だけど、そんな所はどこにもなくて。
道行く人々に奇異の目で見られながら一心不乱に探した。
「待てって!」
腕を捕まれた。振り解こうとしても、力が足りない。
振り向くと、常以上に真剣な顔をした孝と目があった。
合わせていられず、ついとそらす。
「なにがあった」
「なにもなかった」
「嘘をつけ」
「嘘はついていない」
孝はなお逃げようとする、千里をぐいと寄せた。
「嘘──」
「──嘘じゃない! なにもなかったんだ! なにもなかったから、オレは!」
泣いていた。恥も外聞もなく、ぼろぼろと涙がこぼれる。綺麗な顔をくしゃくしゃにして、買ってもらった帽子を強く握りしめて、強引に振り向かせた千里は泣いていた。
「祠が、か?」
出来るだけ優しく言うと、こくんと、千里はなにも言わずに頷いた。
「そうか……」
暗雲が立ちこめる。そろそろ雨が降りそうだ。
一度家に帰ろう、と促すと千里は引っ張られるがままに孝の後を追っていった。
さっきまであんなにも晴れていたのに。
あともう一話今日中にうpします




