五杯目
最初の少しは孝視点です
作者は喫茶店をよく知りません……
「……やけに時間かかるな」
孝はスタバにかれこれ二時間近くもいる。時刻は三時。いくらなんでも遅すぎやしないか。
頼んだコーヒーだけで粘るのもやぶさかではないが、心配になってきた。今の千里は顔を隠しているとはいえ、見られたら確実にDQNナンパ野郎に捕まるのは確実である。それでなくとも、油断してフェロモンを垂れ流して見ろ。千里ではないが、陵辱エンドまっしぐらだ。
「仕方がない。もう一度あのフロアに行くか」
そう思い、読んでいた本をぱんと閉じた。
手間がかかる奴だ。銀髪美少女になってしまった親友を思い出しながら、やおら立ち上がろうとした。
その時。
カランコロン。
親友に勝るとも劣らない、いや違う、あれを勝っている女性がここに入店してきたのだ。店中の店員含め、全員が言葉を失った。それほどまでの、美少女。
特徴は、腰を越えるほど長くなだらかな銀の髪と直射日光を受けたことがないんじゃないかと思えるほどの白露の肌。そして、エメラルドをより透過したような緑の瞳。
その子がいま、俺を見た。捉えられた。捕らえられた。視界に入れられるだけで、心臓が早鐘を打つ。動けない。
艶めかしい足を存分に魅せているホットパンツ、ノースリーブのシャツは真っ白な腕を脇を惜しみなく晒している。ボーイッシュのように見えるのに、とてもエロい。
それが俺のもとへぱたぱたと笑顔で駆けてくる。
知っている。俺はこいつを知っている。いや、当たり前だ。ほんの二時間前まで一緒にいたんだから。だとしても、この二時間で変わったなんてものじゃない。服装もだけど、薄く化粧までしている。
なにがあったか知らないが、とりあえず駆けてくるこいつから事情が聞けるだろう。
と、たかをくくって待っていると……とまらない!?
「うわっっっっぐふ!」
「たかし! たかし! たかしぃ!」
だき、だき、抱きついてきただとぅ!?
しかも正面からで柔らかい感触が顔の皮膚から直接感じて回された腕がさらさらで、ブラを確かにしているので目的は果たしたんだろうけど甘い匂いが理性を焦がすがすがすわばばばばばば。
「ま、待て! 落ち着け! なにがあった!」
孝は驚異の理性で千里の両肩を押した。
千里は不思議そうな顔で首をこてんと傾げた。
「ん? 別になかったよ? それよりも今は孝と会えたことが嬉しいんだ」
と、笑顔でのたまった。
うん、断言しよう。こいつは千里だが千里じゃない。もしくは離れていた二時間で何かがあったかの二択だ。
「孝?」
黙っている孝に不安になったのか、甘い匂いを出して千里がのぞき込む。その行為は他の男性客にも効くかと思われた。が、千里はなにが起きたのかその匂いを孝にのみ嗅がせるという、おかしな技さえ身につけていた。
そしてそれは孝の理性を直接焼ききろうとする。
耐えろ。耐えろよ俺。どうしたらいい。なにが起きている。襲ってもよくねってじゃない! 顔近い……すごくかわいい。不安げに揺れる瞳が、物欲しそうに少しだけ開いた唇が。あ、ああ、あああ……ひ、瞳?
「なんで黙ってるの?」
むぅ、と唇を尖らして不満げに千里が見やる。だが、孝にとってそれはどうでもいいこととなる。
……うん、なんというか。目が十割増しで死んでいる、な。ハイライトが存在しないと言うか、死んだ魚の目を煮て焼いたような目と言うか……ふぅ、一気に冷静になった。
冷静にさえなれば、千里を正気に返す方法は簡単だ。
「千里。カレーってゲロ不味だよな」
瞬間、千里の額に青筋が。
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「はあ!? お前はバカか!? カレーが美味しいのは最早世の理であって、それを否定するのは宇宙の真理を否定するのと同義。というか味覚が腐っているとしか思えない件。いくら親友でも言って良いことと言ってはいけないことがある。つまりお前はオレの逆さ鱗にタッチミー。さぁ、奥歯をがたがたさせる準備はかんりょーか? かんりょーだな。ふぃーぶっころす」
「落ち着け千里。さっきまでのことを思い出せるか?」
いまさら命乞いとは哀れな。だが許さぬ。
「さっきまでの記憶とか。そんなもの……そんな……?」
待て。ここはどこだ? どうして目の前に孝がいる?
オレはさっきまでランジェリーショップで買い物を……店員に囲まれて、捕まってその後……その後……かたかたかたかたかたかたかた。
「帰ろう、さぁ帰ろう孝。もうここに用はない」
「まぁ、待て。なにがあったか聞こうじゃないか」
「許してくだせぇお代官」
「店員さん。エスプレッソ二つお願いします」
「がっでむ」
孝が人でなしすぎてわろえない。嫌がる女の子の手を取って無理矢理イスに座らせるなんて。
あ、ソファーが気持ちいい。
感想を頂けたら千里が……




