二十八杯目
オヒサシブリデス(汗
長いこと書いていなかったおかげで、スランプに陥ったタチクラミでございます
リリムは依然、ベッドの上で駄々をこねてこねて、こねまくってそろそろ鬱陶しくなったオレの理性がフォローアウェイ。構えたスプーンがやつの口を狙ってる。だがしかし、実際に動く前にきゅぴんと何かを察知した孝に視線で制された。それを見ていたのかリリムが青い顔して起き上がったので、オレの目的は果たされたのである。
ところでフォローアウェイってどういう意味だろうか。
「で、じゃ。千里の精気がなぜか回復しておる件なんじゃが」
ベッドの端に座ったリリムが大義そうにコホンとせき込むと、やおら妄言を吐き始めた。
「何故かもなにも、オレの中でカレーと添い遂げる覚悟が完了している件」
「とりあえず千里にカレーを食わせておけばみんな幸せ俺も幸せハッピー計画を検討中なんだが」
「自惚れるでないわ! お主たち十数足らずしか生きておらぬ小童どもに妾の崇高なる考えを愚考できると思うたか!」
何故かリリムが幼女らしからぬ威圧感を出して脅してきた。だが幼女である。そこは幼女である。変態紳士たる孝にとりそれはご褒美でしかなく、自分が人間であるかすら怪しくなってきた俺にとってチビる程度の威圧感でしかない。ふむ、後でトイレに行こう。
「崇高もなにも、俺には自分の常識に囚われている頭の弱い老人にしか見えねえがな」
「孝、カッコイイ台詞の前に恍惚とした表情をやめたほうが良いと思われ」
「ばかな」
「うぬ……っ! 誰が老人じゃ! 妾のこの姿が見えぬのか!」
あ、そこなのね。淫魔的に気にするところ。
「清々しいほど幼女」
「いっそ驚くほどロリ」
「見紛うことなきエターナル」
「つまり合法ロリータ」
「「異論はないな」」
「ないけどあるのじゃ! わ、妾はこれでも傾国の悪女と呼ばれたこともあるのじゃぞ!」
「そんな……」
「なんだって……」
オレたちの反応に気をよくしたのか、リリムが胸を張る。そんな姿がより子供っぽさを強調しているのに気づいていないのか、はたまた身体の利点を生かすために全て計算尽くなのか。
……ないな。
「「過去の為政者がそんなロリペド野郎だったなんて……」」
「妾がすごいのじゃぁ! そやつの性癖など知ったことではないのじゃーー!」
なにかロリが叫んでいるが気にしない方針で。下手に構うと調子に乗って自慢を始めるので気をつけましょう。
それに、同情すると襲われるので近づかないようにしましょうだ。
オレは対面の孝に話しかける。
「孝、友達になれるな」
「見くびるな。Yesロリータ、Noタッチだ」
どうしてお前は誇らし気なんだ。
「流石変態紳士、格が違うぜ」
「ふっ……褒めるなよ」
「そろそろオレの視線が絶対零度になりそうなのに気づくべき」
「我々の業界ではご褒美です」
「ああ、すごいねすごいね、はいはい」
「…………」
「…………」
「……すまん。そういう反応が一番キツいんだ」
「知ってる」
最近では、下手にツッコムと孝がどんどん変な方向に暴走していくからスルースキルを身につけたよ! やったね! 豆腐メンタルの心も一発で粉砕できるんだ!
ロリリムは遠い目をしながら過去の栄光を思い出している。ぶつぶつと漏れ聞こえるのは、何人侍らせただの、何人を手玉に取っただの、どの口が淫魔と言うなとほざくのかという内容だ。ヒドいと言えばヒドい。
孝なんて顔を真っ赤にして喜んでいる。全力で死ねばいいのに。
「実際問題、オレはカレーで精気を吸収できるでFA?」
「状況証拠では、それ以外の要因は考えられないな」
「わ、妾は認めぬ。そんな戯けた方法があってたまるわけ……」
「なら、他に思いつくのか? 俺には全くその精気ってのが理解できないから、栄養素と同じに考えているが」
「だからカレーに含まれていておかしくないと? じゃが妾がカレーを無理矢理突っ込まれても、なにも感じぬぞ」「ならオレの特異体質かと。嬉しいね」
「じゃ、じゃが! その仮説が間違っていたときどうする! 妾は責任を取らぬぞ!」
なんと、リリムはまだ認めないと言い張るようだ。まぁ、考えずとも常識を覆すどころじゃない、突拍子もないことなのだろう。カレーで精気吸収なんて。
だが、それを認めて貰わないとリリムは頑なに多方面で協力を拒む気がする。それこそ、ギリギリになれば介入してくるだろうけど、きっとそれまで動かないと思う、たぶんね。
で、認めなければいけない状況を作ればいいわけで。
「ならオレは明日の朝からカレーを抜こう」
「なん……だと……!!」
「おい孝。なんだそのあり得ないものを見たという目は」
「む、むぐっ……じゃが妾はなにもせぬぞ!」
その言葉はわりかし認めてるようなものだと彼女は気づいているのだろうか。ドジッ娘というかアホッ娘なロリリムは気がついていなさそう。
なんにせよ。
「ヤンデレ状態のオレは孝に頼まれれば絶対に断らないはず。だから孝にカレーを食べさせてもらって回復すれば証明になる」
「ちょっ、まじかよ……」
孝が反論したそうにこちらを見ていたが、無言で制する。これが一番確実だと思うから。
「……もしも止まらなんだら……?」
「その時は、オレと孝の貞操はないと思え。そしてたぶんヤンデレ状態から帰ってこれないから、平穏を手にするためにも孝超頑張れ」
「俺頼みかよ……」
「だってお前しかいない。ま、断っても実行するから他の女の子と喋ってるだけで両方とも襲いかかってきそうな、銀髪美少女の幼なじみが生産されないようにがんばって」
「……ちなみに、あの時なにを考えていた?」
「両手両足を切断すればオレ無しでは生きられないよね、とか。他の女の子と喋るようなイケない舌ならいらないよね、とか。打ちつければ「もういい、もういい。わかった。全力で千里のヤンデレ化を阻止しよう」
「わかればよろしい」
ふにゃっと口元を綻ばせるように笑って見せれば孝の顔が赤くなる。よくわからないけど、それがとても嬉しかった。こう、心の奥がじわっと暖かくなるような。
「むむむ……も、もう知らぬ! 危ないと判断したら勝手に止めさせるからな!」
なんだかんだ言って、協力してくれると言ってくれたようだ。不貞腐れるようにベッドに寝転がって毛布にくるまったリリムは、ぴょこんと出ている耳が赤くなっていた。
「……ありがと」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして朝である。孝は当然のごとく帰宅済みだが、カレーを昨晩食べたばかりのオレに隙はなかった。つまるところ、孝が帰ると言っても取り乱さなかったということだ。
「……本当に実行するのじゃな」
「当たり前田のクラッカー」
「……古い」
「ロリ婆に古い言われるとか」
「……なんじゃその不愉快な言葉は」
「婆くらい年取ってるのに、見た目がロリなこと」
「そういうことを言っておるのではないわ!」
いやはは、そんな無理難題に挑むかのような面もちで話しかけられたら、からかいたくもなるでしょう。
ロリリムはベッドに腰掛けたまま、面白くないと天井を仰ぎ見ていた。こうやって見れば、ただ可愛いだけの幼女なのに。中身は痴女なんだもんな。詐欺に違いない。
それを横目で注視しながらオレは朝飯の準備に取りかかる。といっても、買い置きの食パンに牛乳を用意するだけなんだけれども。
「……本当にカレーをつけぬのか?」
「クドい。オレはハンダのような男と呼ばれていたのだ」
「なる……じゃない!? 簡単に曲がるのじゃ、むしろ溶けおる!」
さすがロリリム。痒いところ手が届く鋭いツッコミだ。
ギャーギャー騒ぐロリリムを尻目に、パンを牛乳で流し込むと朝の準備は終わった。あとは鞄を持って登校するだけ。
玄関で靴を履いていると、後ろから視線を感じた。振り向けばリリムが立ち上がってこちらを向いていた。
顔にはありありと不満ですよと書いてある。口はもごもごと何かを伝えようとしているようだ。
ややあって、リリムが口を開いた。
「……認める。認めようぞ。じゃから──」
……なんだそのことか。
「別にもうリリムに認めさせようとかは考えてない。自分が知りたいんだ。暴走してしまったのも突発的だったし、知っていればもしかしたら耐えられるかもしれない」
そこで言葉を区切る。リリムはなにも言ってこない。
「……いや、違うな。耐えられるとは思っていない。どれだけ耐えられるか、その限界点を知っておいたら、後で役に立ちそうじゃない?」
「じゃが、もしものことがあれば……」
まだリリムは不満なのか。それにしては雰囲気が違うような。
……ああそうか。この顔は、心配です、か。孝以外にそんな顔をされたのはいつ以来だっけ。お母さんやお父さんと、そんな顔。──親の顔。
ロリリムの癖に生意気だ。ロリリムの癖に。
ふいに恥ずかしくなってドアノブに手をかけた。
「……心配しすぎ。なにも心配いらない。オレだって危ないと感じれば自分でどうにかするし、孝だっているし、それに──」
ドアノブを回して、部屋の外にでる。閉まっていく扉の向こうに、リリムが見えた。
「──お母さんだって、見守ってくれるんでしょ?」
息をのむ音と、大きな瞳をこれでもかと見開くリリムを最後に扉を閉じた。




